主としての務め
人形使いが灰になった後、花菱にこっそり抜け穴を作って貰い、逃げるように校舎から脱出したのだが、案の定、結界を壊して地下への入り口付近へ侵入した辺りは教師陣に知られており、証拠写真みたいなモノも突きつけられ、俺は処罰されることになった。
とは言っても、人形使いについてやら地下の存在についての件があり、ルゥがうまく教師陣を言いくるめ、それ等を秘密にする代わりに処罰の内容も軽くはなったのだが。
まぁコトの発端は俺だし、二週間の校舎清掃くらい、甘んじて受け入れようか。
「はい、薬草茶」
「サンキュウ」
熱々の湯飲みをルゥから受け取り、一口飲んでみる。
尋常じゃないくらい苦い。
「寝るなら、それを全部飲んでからよ」
「お、おう……」
ぐいっと飲めるくらいの温度になったら、一気に飲み干そう。
「それで、そろそろあの人形使いについて、聞いてもいいのか?」
「……そうね」
自分だけは緑茶を飲みつつ、ルゥはベッドで寝ているヨルカとミルカを見る。二人も今の俺のように包帯や絆創膏でいっぱいで傷だらけだ。
「……」
そして次はベッドの二階部分を見て、微かにまゆを下げる。エルトもかなりの魔力を使ったらしく、昼食を食べた後、ヨルカたちのように眠ってしまった。
ちなみに花菱は多少ダメージがあったらしい畑へと戻り修復作業中で、雛祭たちとはまた明日、ちゃんと説明をすると約束をし、別れている。
「ま、簡単に説明するなら、あの子はわたしの右腕よ。一緒に人間がどんな生き物なのか調べようってこの人間界にやってきて、たぶんあの後、地下に捕まっていたんだと思う」
「……あの後って?」
「わたしがこの人間界への扉を開けた場所がたまたまあの地下で、こっそりお忍びのつもりで二人だけ来てたのに、すぐに人間に見つかっちゃって捕まりそうになったの。なんかむちゃくちゃ強いヤツが居たのよね、あの時」
「へぇ……」
元の姿のルゥとあの人形使いを相手に出来る人間が、この世に存在するとは考えにくいのだが、居たらしいので、居るのだろう。
「あれ? でも捕まってたんだよな?」
「わたしは捕まってないわ。逃げ切れないと思ったから、強力な結界を張って身体を隠してただけ。まぁ、見つかっちゃったんだけど」
「それを捕まったって言うんじゃないのか?」
「だから捕まってないって、指一本この身体には触れさせてないし……まぁ、その代わり、あの子が捕まって、ひどい目に遭ってたみたいだけど」
「……」
地下にあった施設を思い出してみれば、その様子は容易に想像出来た。
「本当はね、わたしが部下たちを呼びに戻るはずだったの。あの子の力は器から魂を抜くことと入れることだから、わたしの魂を身体から抜いて貰って、その姿で魔界に戻る予定だったんだけど……どうしてか、記憶を身体に忘れちゃったみたいで……」
「……あ、それがあの、妖精の姿?」
「そ。あの子が居ない今、何があったのかはわからないけどね。あの姿になった時のこと思い返してみれば、そうだったのかなぁ、って思う程度よ」
そういえば昔ルゥが、研究室みたいなところに居た気がする、とか言ってたような?
「身体に戻った時、あの子の魔力も感じなかったし、無事にあっちに帰ったんだと思ってたんだけど、城には誰も居なかったから聞くことも出来なくて、で、この様よ……」
「……そっか」
「楽観視し過ぎてたのか、自分の力を過信し過ぎてたのか、もしくはあの子の強さを信じすぎていたのか……どれにせよ、全部わたしのせいね。わたしが人間界に行こうだなんて言わなかったら、きっと……」
「……言わなかったら、俺はルゥと出会えてなかったんだろうな」
「……そうね、そう考えると、複雑ね」
殺されかけたけど、あの子のお陰で、今があるわけか。
「俺は、ルゥと出会えて、幸せだ」
「うん……わたしも、カズトと出会えて幸せだわ」
ルゥの悲しそうな笑顔に、そっと手を重ねる。その小さな手は冷たくて、思わずぎゅっと握ってしまう。
「そうね、そっか……」
何かを納得したのか、ルゥは手をひっくり返し、握り返してくれる。
「あの子のお陰でカズトに会えたんだから、感謝の気持ちを忘れないようにしないとね」
「そうだな、俺も、忘れないよ……」
「……殺されかけたし?」
「それはまぁ、もういいよ」
まだ内臓やら足腰やらが色々と痛いけど、ルゥの方がもっと『痛い』だろうし、その想いを少しでも俺が背負えるなら、それでいいと思う。
「ところで、なんであの子は俺を殺そうとしてたんだ?」
「……」
ぷいっ、とルゥが顔を背ける。
「その様子、何か知ってるんだな? もうこの際だし、全部言っちゃえよ? な?」
「む、むむぅ……」
「ルーゥ?」
「……」
どんなことをしてでも俺は吐かせようとするだろうと察したのか、諦めた様子でルゥはぼそぼそと白状し始める。
「あの子の力は、器から魂を抜いたり入れたり出来ること、って言ったでしょ?」
「うん」
「あの子の場合、入れる時って、その器に魂が存在しようとしまいと自分の魂の欠片も混ぜて入れるの。で、それで操ったり出来るようになる、と」
「なるほど、そういう力のせいでトリカは操られていたわけか」
「でね? あの子の魂の欠片が混ざってるってことは、その器もあの子みたいなもので、器が見たり聞いたりしたものも全部共有されるわけなの」
「へぇ、すごいな」
「あの子はたぶん地下に捕まってて、でもその力を使って器を増やしたり、外の様子を見聞きして情報を集めたりしてて……たぶん、わたしたちのことも見てたと思うの」
「そう、なのか?」
「で……まぁ、そのぉ……」
えっと、ルゥはなんで顔を真っ赤にしてるんだろう?
「これは可能性よ? あの子に訊いたわけじゃないからただの憶測だし、わたしがそう思ってたわけでもないんだからね?」
「お、おう」
「その……わたしは、カズトのことが好きなのに、カズトは他の女の子とばっかり仲良くしてて、だから、わたしは苦しんでて、そんな様子を見て、怒ってたのかなぁ、って……」
「……」
可愛く唇を尖らせて、恥ずかしそうな顔をしているルゥに、萌えざるを得ない。
「ち、違うからね!? 憶測よ、憶測! わたしがそう思ってたわけじゃないんだからね!?」
「そ、そうか、うん、わ、わかった」
「……むむぅ」
「……」
そんな、睨まれても困るんだけど……
「か、カズトは結局、どう思ってるわけ?」
「ど、どうって、何が?」
「だ、だから、そのぉ……」
「こほん」
「「っ!?」」
そのわざとらしい咳払いに、俺もルゥもビクッと身体を震わせる。
「うるさくて、眠れないのですけれど?」
「え、エルト……」
かなーり不機嫌そうな顔で、二段ベッドの上から降りてくる。
「……」
そして、俺の手をじーっと見てて、慌ててルゥと繋いでいた手を離す。
「何よ、盗み聞きだなんていい趣味してるじゃない」
「別に聞いてませんわ。あなたのキンキンした不愉快な声に、眠りを妨げられただけです」
「へぇ~、よく言うわね」
「あなたこそ、よく言えたものですわね」
にらみ合う、二人。
「……え、えっと……」
その言い方だと、ルゥはエルトが起きてるって気づいてて話してて、エルトもルゥがわざと話してたってわかってて聞いてたってことになるんだけど……
「まぁいいですわ、あなたの思惑なんでどうでもいいですし」
「奇遇ね、わたしもあんたのことなんてどうでもいいわ」
「あ、あのさ、どうして二人はそんなに仲が悪いんだ? 何かあったの?」
「「別に」」
「……そ、そうですか」
お互いに何か、嫌ってる理由があるんだろうなぁ。
「それで、もう二人の無駄話は終わりですの?」
「そうよ、だからさっさと巣に帰って寝れば? 眠りを妨げてどうもすみませんでした、安心してお眠りください、出来れば永遠にっ」
「ではカズト、話がありますわ」
「へ? 俺?」
「カズトは今からわたしと一緒に寝るの!」
「まったくうるさいですわね、カズトに主としての最後の務めを果たさせようとしてるのですから、しばらく……いいえ、永遠に黙っていてくれます?」
「ぐぬぬぅ……さ、最後の、務め?」
こういう時、多少は大人の対応が出来るところが、ルゥの美徳の一つだ。
「そうです、もう私はカズトを見限りましたし」
「っ……」
「……そっ、じゃあわたしは夕飯のための野菜でも収穫してくるわ」
そう言うと、ルゥはお茶を飲み干して、お湯呑みを台所まで持っていき、靴を履く。
「言っておくけど、ヨルカとミルカを起こすようなこと、するんじゃないわよ」
「花菱様によろしく」
「……ふん」
バタン! と音が聞こえそうな勢いでドアを閉めつつ、最後の方だけはゆっくりと、無音で出ていく。さすがだ。
「それではカズト、一つだけ訊きたいことがあります」
「は、はい……」
「嘘偽りなく答えるんですのよ?」
「か、かしこまりました……」
ルゥが二人きりの会話を許したってことは、首を刎ねられるような展開にはならないんだと思うけど……心して、返事をしなくてはっ。
「単刀直入に訊きます」
「……ごくり」
微かに緊張したかのような面持ちのエルトに、つい生唾を飲み込んでしまう。
「この私の部下になる気は、ありまして?」
「……部下?」
と言うと、エルトが俺のご主人様になるってこと?
「私は明日には国へ戻ろうと思っています。もし、あなたにその気があるのなら、私の下で働くことを許して差し上げますわ」
「え、えっと、どうしてそういう話になってるのか、説明して貰ってもいいか?」
「カズトは『みんなを守れる人』を目指しているのでしょう?」
「うん……」
「なら、王道を行くこの私と日々を過ごせば、学ぶことも多いでしょう。人間が竜族の、しかも王族のしもべとして働くなんてことは過去一度もないですけれど、ここ数日世話になった気もしなくもないですし、特別に許可しましょう」
「俺が、竜の国で……」
「あなたを、遙か高みへと導いて差し上げますわ」
「……」
どうしてだろうか、俺には『その景色』が見えたような気がした。
王となったエルトのそばで、傷だらけになりながらも日々鍛錬を続けていて、強くなった自分。ヨルカやミルカも楽しそうで、ルゥだけがちょっと不服そうで、でも笑っている。
竜族の友達もいっぱい出来てて、幸せそうな光景だ。
「……それも、いいかもしれないな」
俺の返事に、エルトの表情が柔らかくなる。
だから、胸が痛かった。
「で、では明日、お母様に――、」
「でも……やめとくよ」
「……え?」
今のような、悲しそう顔をさせてしまうのが、わかったから。
「エルトと一緒に行けば、俺は夢を叶えられる可能性はすごく高いと思う。幸せにもなれるんだろうなぁって、わかる。でも『それ』は何か、ちょっと違うんだ」
「……違う?」
「俺はさ、『今』が割と、好きなんだ。ヨルカやミルカと一緒に強くなろうって頑張ってて、雛祭が応援してくれて、雨澄に嫌味を言われて、泡波にフォローして貰ったり、鬼島先生に叱られたり……そんな『今』が好きなんだ」
「……」
「それに、大嫌いだけど、毎月生活費をくれる両親にご飯食べてる時にありがとうって思ったり、死ぬほど嫌いだけど炎道兄弟が必至になって特訓とかしてる姿みたら負けられないってやる気になったり、廊下ですれ違う時に夜白ちゃんに冷たい目で見られてゾクッってしたり……そういう全部で俺なんだ」
「そういう『今』を捨ててこそ、強くなるとは思わないんですの?」
「その道は、俺の目指したい道じゃないんだ」
「……そう、ですの」
なんだか、前に雨澄とも似たような話をした気がするなぁ。
「王道を行くチャンスが目の前にあるのに、いばらの道を進むのですね……」
「俺は今の繋がりを全部持って、強くなりたい……いや、強くなるんだ」
エルトはしばらくの間、何も言わずに見つめてきた。
「……はぁ、まったくどこまでも救えない、残念な男ですわね」
「……ごめん」
初めからわかってたけど、俺はエルトの主には、これっぽっちも相応しくないよ。
「でも、それがきっと『あなた』なのでしょうね」
「……あぁ」
エルトの優しい微笑みに、なんだか嬉しくなった。
「ま、そういう理由なら、仕方がないですわね」
「あー……まぁ、もう一つ理由があるにはあるんだけど……」
「……? なんですの?」
「たぶん、ルゥは竜の国に行くのは嫌だって言うと思うから、まぁ、そのぉ……ひぃ!?」
それは、今にも俺の首を刎ねそうな睨みだった。
「結局それですのね……」
「え、エルト? 落ちつけ、その日傘はそこに戻そうな? な?」
「私よりあの子の方が……ルゥイールトの方がいいってことですわね!」
「いやいや、そういう話じゃなくて……って、あれ? ルゥの名前なんで知ってるんだ?」
「そんなこと、些細なことですわ」
「全然些細なことじゃないんですけど!?」
「話には聞いてましたけど、結局カズトはロリコンということですのね……」
「なんの話!? ってか誰から聞いた話!?」
「この私の誘いを断るだなんて変だと思ってましたけど、そういうことですの……」
「あのぉ、何か勘違いしてませんか? 俺ただ――、」
「それじゃあロリコンじゃないんですのね?」
「ひぃ!? 首に、剣がぁ!?」
俺はただ、毎日ルゥが不機嫌だったら胃がどうにかなりそうだなぁって思って、それでそんな毎日は嫌だなって思っただけなのにっ!
「どうなんですの?」
「お、俺は、雛祭やエルトみたいな大きな胸も大好きですけど!」
「……」
苦し紛れのアホみたいな言葉に、エルトは剣を収めてくれる。
「それでは、私とルゥイールト、どっちが好きですの?」
「……」
や、やめて欲しいなぁ、そういうどちらを選んでも死にそうな質問。エルトの大きな声でヨルカとミルカが起きてこっち見てるし、微かに開いた玄関のドアの隙間から、鬼のような形相のルゥがこっち睨んでるし……
「答えなさい、カズト」
「お、俺は……エルトもルゥも、ヨルカもミルカも、大好きだけど?」
「本当ですか!? わたしもご主人様大好きです!」
予想通り、ヨルカがピョンとベッドから飛び降りて、抱きついてくる。
「んふふぅ、ご主人様ぁ♪」
「…………はぁ」
そんな様子を見て、色々と諦めてくれたのか、エルトは大きなため息を吐きながら首を振る。
「ただいま……あれ? なんでみんな起きてるの?」
そして今が入り時だと思ったのか、とぼけた顔でルゥが部屋へと入ってくる。
「もう無駄話は終わったの、エルトローネ?」
「ふん……」
「……ふぅ」
こっそりとため息を吐きつつ、頬を摺り寄せてくるヨルカの頭を撫でてみたり。
「はいカズト、花菱がこれを食べてくれって。栄養満点で傷の治りが早くなるって」
「お、おう、サンキュウ……なんだこれ? 青色の人参?」
「御主人様、それは『雪の涙』と呼ばれるお酒の元になる、貴重な人参です。煮るととっても甘くて、高級なお菓子に使われることもあるんです」
「へぇ……ん? 『雪の涙』? どこかで聞いたような……?」
「ご主人様、お腹空いたんで、ソレをおやつにしませんか?」
「さっき昼飯食べたばかり……のはずだけど、確かにお腹が空いたような?」
「それじゃあお茶にしましょ。ミルカ、手伝って」
「はい」
「わたしも手伝います」
ルゥ、ヨルカ、ミルカは台所へと向かい、さっそくおやつ作りを開始する。なんだかとても楽しそうで、見ているこちらまでも笑顔になってしまう。
「……これが、あなたの幸せなのですね」
「……あぁ」
こうして、長いようで短かった、竜族の姫エルトローネ・ロイアの主としての生活は、幕を閉じるのだった。




