終業式のあとで
2014/11/22 誤字脱字修正しました
終業式も終わり、ついに夏休みだヤッホウ! と心を躍らせながらのホームルームになるはずだったのだが、教室にはどんよりとした空気が漂っていた。
鬼島先生ですらその空気に、複雑そうな表情を浮かべているくらいだ。
「どこ、いったんだろぉ……」
「ヨルちゃん……」
どんより空気の中心は、ヨルカだった。
なんでもトリカをなくしてしまったらしく、終業式の時に『あああああ!』と大きな声を上げた瞬間は、心臓が飛び出る思いをした。
先ほど、ひょっとしたらと思って畑に行ってみたけどなくて、もちろん花菱も知らないとのことで、ご覧の有様である。
「えー、だからだな、夏休みだといって浮かれて、羽目を外さないようにだな……」
「わたしのこと、嫌いになっちゃったのかな……ぐすん」
「あぁー……ホームルームはこれまでとする、雨澄っ」
「は、はい、起立……礼」
空気に耐えられなくなったのか、早くぬいぐるみを探しに行けという気遣いなのか、鬼島先生はそのまま教室から出ていく。
「式原、ヨルカちゃん、いつまではぬいぐるみ持ってたの?」
「登校してる時には、持ってた気がするんだけど……なぁ、ヨルカ?」
「はぃ……」
すんと鼻をすすりながら、エルトのうさぎのぬいぐるみをギュッと抱きしめている。
「わたしも朝は見た覚えがある。ヨルカちゃんを抱っこした時に持っていた」
「私も、朝のホームルームの前に、ヨルカちゃんが抱っこしていたのを見た気がします」
つまり、終業式の前にはあったわけだな。
「教室には……ないよな」
一応鞄の中から机の中まで見てみたけど、トリカはいない。
「落し物として届けられてもなかったし、畑にもなかったしなぁ」
あとは……どこへ行ったかな。
「カズト、あとでもう一度、落し物として届けられてないか職員室へ行ってみましょ。終業式の前に誰かが拾って、ホームルームの後に持って行く可能性だってあるわけだし」
「そうだな、そうしよう」
「もし誰かが嫌がらせに盗んだりしてたとしたら血祭りにする準備は出来てる」
「おいおい泡波さん、その物騒な小刀、とりあえずは懐にしまってくれ」
「でも朝にはあったわけだし、その線が濃厚そうよね」
「雨澄まで、やめろよ」
「だって、モノは勝手に消えないのよ?」
「…………あれ?」
雛祭の声に、皆の視線が集まる。
「そういえば、人形やぬいぐるみが無くなる事件が最近頻発してるって聞いたような……」
「あ」
今度は、泡波から声が上がった。
「確かにそんな情報があった。いつの間にか部屋から消えたりしてるって」
「それって、誰かが意図的に集めたりしてるってことか?」
「でも、人形やぬいぐるみを集めて、どうされるんでしょうか?」
もしそうなのだとすれば、嫌がらせ、というだけではなさそうな気配が……
「……人形や、ぬいぐるみ?」
いつもより、かなり低めの声でルゥがつぶやいた。
「もしかして……」
「……ルゥ?」
「カズト、わたしちょっと散歩してくるわ」
「へ? 散歩?」
「トリカについてはわたしも探すけど、別行動にしましょ」
「えっと、ルゥは一人で探すってこと?」
「えぇ。二時間くらい……そうね、十二時に一度部屋で集まって、昼食にするってことで、それじゃあね」
「お、おい……」
そのまま何も言わず、ルゥは教室から出ていく。
「あれ? ルゥちゃんは式原君から離れられるの?」
「あぁ、あいつはちょっと特別なんだ」
ルゥのことだ、きっと何か考えがあるのだろう。となれば、俺たちは俺たちで探せばいいってことだな。
「よし、まずは職員室に行って、落し物として届けられてないかもう一度聞いてみよう」
ぽんぽんとヨルカの頭を撫でると、こくりと頷いてくれる。
「あたしたちも手伝うわよ」
仕方がないわね、と言った表情の雨澄に、笑顔の雛祭。
「わたしはもうちょっと情報を集めてみる」
泡波はそう言うと音もなく姿を消す。
みんな、ヨルカのために動いてくれるみたいで、つい笑顔になってしまう。
「それじゃあ雨澄と雛祭は、体育館を探してみてくれないか?」
「おっけー」
「体育館になければ、ここまでの道筋をたどってみますね」
「おう。それじゃあ逆で、俺たちは職員室に行った後、ここから体育館へ向かう」
何かあったら携帯電話で連絡を取ることにし、二人を見送る。
「では御主人様、参りましょう」
いつもよりキリッとした表情のミルカが、なんとも頼もしかった。
◆◆◆
「ぬいぐるみ探し、ねぇ」
ため息のようなエルトのつぶやきを無視しつつ、廊下の隅々まで目を光らせる。結局落し物としての届はなくて、俺たちの教室から体育館に向かっている最中だ。
「無いなぁ……」
これで雨澄たちと合流してしまったら、あとは泡波の情報とルゥだけが頼りになる。
ヨルカのコトを考えると、盗まれたみたいなことは勘弁なのだが……
「……ん?」
ふと、視界の端を青い何かが通り過ぎた気がした。
「……あっ、あった!」
廊下の隅に、見覚えのある青いインコのぬいぐるみが!
パーッと笑顔を浮かべているヨルカと一緒に、トリカの下へと駆け寄る。
「こんな所に落としてた……の、か?」
手に取ろうとした瞬間、ぬいぐるみがピョンと跳ねて避けた。
「……?」
隣に視線をやると、ヨルカも首を傾げている。
「どうかしましたか?」
遅れてミルカがやってきた辺りで、またピョンとトリカは跳ねた。
「えっ……トリカちゃん、なんで動いてるんですか?」
「ど、どうしてだろうな?」
紐か何かで引っ付いていて、誰かにからかわれている、という感じでもなさそうだ。
しかしもう一度手を伸ばしても、また避けられる。そして今度はピョンピョンと何度も跳ねて遠ざかっていき、しばらくしたらこちらを振り向くようなそぶりをしつつ、止まる。
「……あれ? こんなことが最近あったような……あっ」
そうだ、エルトが怒って出て行っちゃった時、野鳥がこうやって彼女の居場所へと案内をしてくれたんだった。
「ということは、トリカもついてこいって言ってるのか?」
「そ、そうなんですか?」
とりあえず、後をつけてみることにする。
するとやはりトリカは案内するかのようにピョンピョン跳ねながら廊下を進んでいき、階段を下り、とある突き当りで壁をツンツンと突き始めた。
「んん? トリカちゃん、ここに何かあるの?」
「んー……なんだろ?」
「結界ですわね」
振り向くと、エルトがつまらなさそうな顔でこちらへと歩み寄ってくる。
「結界?」
「えぇ」
返事をしつつ、持っていた日傘でコツンと壁を突く。すると、壁は消えてなくなり、その先には更なる廊下が浮かび上がった。
「ま、まさか……ココってひょっとして、あそこなんじゃ……」
思い出されるのはもちろん、ルゥの身体を探していた時のことだ。あの時、地下への入り口を見つけたのはココじゃないけど、騒動の後に場所が変わっていたって不思議でもなんでもない。
「あ、ちょっ……」
どうしようかと思っていると、トリカはピョンピョンと奥へと跳ねていく。
やばいな、こんな場所だ、なんらかのセンサーがあったりしていてもおかしくないし、すでに俺たちの行動が誰かに筒抜けという可能性も十分にあるだろう。
入り口の結界を壊しただけならまだ許して貰えるかもだけど、この先へ行ってしまったらさすがに問題なような……
「って、こうなるよな」
「……? カズト、どうしましたの?」
俺が一人頭を悩ませている中、ヨルカとミルカはトリカについていく。
仕方がない、早めに誰かが来てくれることを祈ろうか、まだ言い訳出来るかもだし。
「トリカちゃん、また何かあるの?」
「また結界ですわね、しかもコレはかなり強力ですわ」
廊下を進み、一度角を曲がると、その先でトリカがまた何かを、今度は壁も何もない、宙をツンツン突く仕草を始め、エルトがそれを見て解説をしてくれる。
「ビンゴ、だな」
そこは見覚えのある場所で、ルゥの身体探しの時にも、その場所に強力な結界があったと記憶している。先には小さなドアが一つあるだけだし、あの時と同一の場所と考えて間違いないだろう。
「コレを壊すには、少し時間がかかりますわね」
「いや、エルト、ちょっと待ってくれ」
また日傘で突こうとしているエルトを静止する。
ココだとわかった以上、もう進むべきではない。こんな状況になっているのに誰もきやしないし、まぁそれは学園長が留守な件と関係しているかもだけど、トリカの目的も見えない上、こういう時に一番頼りになるルゥもいない。
「トリカを捕まえて、さっさと帰ろう」
このまま進んでもデメリットしかないように感じられるし、そうしよう。
と、決断した瞬間だった。
「っ!? 何かきますわ」
エルトが振り向くので、俺もつられるように身体を反転させる。
先生たちがきたのか……と思ったら、現れたのは――、
「ひぃっ!?」
大量のぬいぐるみと人形が、こちらへと向かって飛んでくる。思わず姿勢を低くしつつ、両手で顔をガードしてしまう……が、何もぶつかってこない。
ちらりと前方を見ると、まだまだたくさんの数のぬいぐるみたちが飛んできているが、俺を避けるように通り抜けていく。振り向くと、そいつ等はみんな結界へと突撃しているようで、薄らと浮かび上がった魔法陣に、うじゃうじゃと張り付いていた。
「結界が、壊れますわ……」
その言葉を最後に、ガラスが割れるかのような音が聞こえ、ぬいぐるみたちがなだれるように奥にあったドアの向こう側へと突き進んでいく。
続いて、大きなサイレンが鳴り始めると同時に周囲の壁がすべて真っ黒になり、この場所から逃がさないと言わんばかりに、廊下を塞ぐようにいくつもの鎖が網目状に発生し、退路を断つ。
「鎖の壁……あれ、ちょっと待てよ、今の結界壊したの、俺ってことになるの?」
あからさまに閉じ込められている感じがするし、嫌な予感しかしない。
「いや、待てよ?」
状況的には閉じ込められている、で間違いはないけど、これは学園側としては当然の措置じゃないか? 以前、ここを訪れた時にはルゥの身体のことばかりで他は何も調べなかったけど、魔王が封印されていたんだ、他にもまだ何か居る可能性は十分にある。
それに、ひょっとしたら、魔界への扉までもが存在して……
「っ……ヨルカ、ミルカ、下がりなさいっ!」
突然、エルトが大きな声を上げる。
ビクンと身体を震わせた二人は、俺の方へと急いで戻ってくる。
その約一秒後、ぬいぐるみたちがなだれ込んでいった先が爆発し、爆音と爆風が襲い掛かってきて、辺りが煙に包まれた。
「けほっ、けほっ……エルト、大丈夫か?」
ヨルカとミルカは抱きしめることに成功したが、エルトの姿が見えない。
「大丈夫に決まっているでしょう?」
声に、やっとエルトの姿を発見でき、ホッとする。俺を盾にするように、背後に居た。
「何が起こってるんだよ一体……煙で何も見えないし」
「カズトはもう少し、索敵能力を高めた方がいいですわね」
「……と、言うと?」
「目の前に敵が居るのが、わかりませんの?」
煙が吸い込まれるように、スーッと引いていく。
奥にあった小さなドア周辺は壊れ、ぽっかりと穴が開いていて、少しだけ外の景色も見えていて、煙は外へ……そして、地下へと消えていっているようだった。
「て、敵?」
ぞくりと身体に震えが走る。
煙が晴れると、幾百ものぬいぐるみや人形がこちらを向いて浮かんでいた。
そしてその中心に、一際目立つ少女であろう姿があった。
「しき、はら……かずと……」
腹の底まで響く、低く、暗い声。
身長より長いと思われる黒髪が顔を隠しているが、隙間から、血走った眼がこちらを睨み付けている。その眼には、たぶん、今日まで生きてきた中で一番の殺意が含まれていた。
「式、原、カズト……っ」
限りなく黒に近い、赤色の魔力が少女の身体からあふれ出す。
「お前を、殺すっ」




