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雛祭ひな

 教室が半壊するなんてコトはよくあるらしく、あっという間に魔法で元通りになり、俺に対する説教もあっという間に終わった。もちろん、怒られるのは怒られたのだが。


「連絡は以上だ、本日はこれにて解散」


 鬼島先生はそう言い終えると、教室から出て行く。


 本日の予定、入学式、教科書の受け取り、今後についての面談、そして予定外の説教が終わり、放課後だ。ちなみに俺の今後については、契約した人外と共に戦うスタイルを選んだため、体術や剣術、それらをサポートする魔法薬学を重点的に学ぶことになった。


「さて、とっ」


 周囲に悟られぬよう小さく気合を入れつつ、あることを実行しようとしていた。


 そう……初日はクラスの人と昼食を取り、親睦を深めようと考えていたのだ。


「……あのさ」


 後ろの席、雨澄へと振り向きつつ声をかけると、彼女は丁度立ち上がったところで、目が合うと、なんとなく不機嫌そうな表情を浮かべた。


「……何?」


 声も、不機嫌そうだ。


「あ、えっと……この後、一緒に昼食でもどうかなぁ、と思って」


「……」


 俺の言葉に、雨澄は少しだけ目を細めた。そして一拍置いて、返事をする。


「今日は忙しいから、他をあたって」


「あっ……そう」


「それじゃ」


 感情が無い風にそう言い捨て、振り向くことなく教室から出て行く。そんな姿をぽかんと見送った後、ハッと気づいて視線を移すとすでに泡波の姿はなく、残っているのは隣の席の雛祭だけとなっていた。


「……」


 なんとなくだけど、心が少し折れたような、そんな音が聞こえた気がした。


「ちょっと、一人や二人失敗したからって、へこんでるんじゃないわよ」


 クラスメイトは三人しか居ないから、一人や二人で大半になるんだが……


「まだ一人残ってるじゃない。ほら、声をかける!」


 ルゥに後押しされ、俺は残っていた雛祭に声をかける。


「あのぉ……」


「はい♪」


 すると『待ってました』と言わんばかりに微笑みつつ返事をしてくれた。俺はそのリアクションに、これはいける、と思い、勇気を出して誘ってみる。


「その……用事がなかったら、昼食でもどうかな?」


「はい、喜んで」


「…………え、本当? やった!」


 思わず素でそうリアクションしてしまう。そしてその一秒後、しまった……と思っていると、彼女は愉快そうに笑っていた。


「あ、えっと……」


「それでは、学食でいいですか?」


「う、うん」


「では行きましょうか」


 雛祭は笑顔でスッと椅子から立ち上がり、教科書を手に持って教室の出入り口へと向かっていくので、俺もすぐさま後を追いかける。


「やったじゃない!」


「あぁ」


 そんなやり取りをルゥとしつつ教室を出ると、雛祭が立ち止まっている。


「……どうか、した?」


「あのー……学食って、どこにあるのでしょうか?」


 少しだけ頬染め、恥ずかしそうな表情を浮かべている。


 なんとなくだけど……可愛い子だなって、そう思った。




◆◆◆




 学食に到着し、互いに好きなメニューを注文し、空いていたテラス席に座る。


 それにしても、学食自体はどこにでもあるような学食なのに、ウッドデッキのテラス席があるのは感動ものだ。裏山に隣接しているから、作られたのだろうか?


「景色が素晴らしいですね」


「空気もおいしいし、気分を入れかえたりするのには丁度いいかもな」


 そんな話をしつつ、俺はこっそり、雛祭には見えないよう膝にサンドウィッチを置く。


 これはもちろん、ルゥが食べる分だ。


「えっと……それじゃあ、いただきます」


「いただきます」


 つい買ってしまったドネルケバブを食べつつ、今更ながら話題を考えている自分がいた。


 こ、こういう時って、どんな会話をすればいいんだろう……? 俺が誘ったんだから、話題を提供しないといけないよな……? えっと……何か……


「あの、式原さん?」


「っ……な、なに?」


「その……先ほどの竜? について、お聞きしてもいいですか?」


「う、うん……いいよ」


 うぅ……話題を提供されてしまった、という表情は見せず、心の中だけで思う。


「あの竜とはその、会話をされていたのですか?」


「え……? うん、普通に会話してたけど?」


「ふわぁ……召喚士さんって、竜の言葉がわかるんですね」


「……え?」


 竜の、言葉? あれ? カジェス、普通に日本語、しゃべってたような?


「あれ? 違うんですか?」


「いや……えっと、普通に、俺には日本語で聞こえてたんだけど……」


「そうなんですか? 私には唸ってるようにしか聞こえなかったもので……」


「そう、なんだ」


 確か、互いが使う言語で言葉が聞こえるようになる、って便利な魔法があるとは聞いたことはあるけど、ひょっとしてカジェスがそれを使っていたのだろうか?


「その……契約、されたんですか?」


「うん、まぁ一応ね」


「うわぁ……あの竜が呼び出せるだなんて、すごいですね。もしこの近くに魔王が攻めてきたとしても、なんだか勝っちゃいそうですね」


 そう言われ、俺は苦笑しながら『召喚できない理由』についてを話した。


 そうだよな、あの現場を見れば、普通は俺が竜を呼び出せる人間だと思うよなぁ。


「召喚というのも、色々と難しいものなのですね……」


「召喚契約と使い魔契約ってのもあって、初めて見る言葉ばかりだから覚えなくちゃいけないことがいっぱいだよ」


「私も……そう、ですね。覚えなくちゃいけないことが、いっぱいです」


 一瞬だが、雛祭の表情が曇ったように見えた。そして同時に先ほどの、俺がカジェスを召喚する前に見てしまった、鬼島先生との面談の様子が思い出される。


 聞いても……いいか? ……聞いて、みるか。


「あ、あのさ……」


「はい?」


「さっき……その、君が鬼島先生と面談してるの、ちょっとだけ見ちゃったんだ」


「え……?」


「その……なんだか、先生が怒ってるように見えたけど、何かあったの?」


 俺の問いに、彼女はここへきて初めてはっきりと笑顔を崩し、真顔になった。


「そ、そうですか……聞かれてしまいましたか」


 が、すぐに苦笑し、また『作ったような』笑顔に戻る。


「それは、私が攻撃魔法を使いたくないと言って、怒られていた時ですね」


「……えっ? 攻撃魔法を、使いたくない?」


「ならどうして魔法戦士育成のこの学園に入学したんだ? って今、思われてますよね」


「あっ……う、うん」


 まさにその通りだった。このオリオネスは魔法戦士育成の学園だ。攻撃魔法を使わないだなんて、それはちょっと『普通なら』考えられない発言だった。


「もしかして雛祭はさ、親に無理矢理入学させられた……とか?」


「……すごいです、正解です」


「あー……本当にあるんだね、そういうの」


「扉の主である雛祭の人間が、魔法戦士の称号ぐらい持たなくてどうする……と言われ、このオリオネスに入学することになったんです」


 彼女の名字『雛祭』は、世界的に有名だ。日本にも数箇所ある魔界へと繋がる扉、通称『魔界への扉』のすべてを管理していて、魔法戦士団体に莫大な資金援助もしているとか。


 名前を聞いた時、ひょっとしてとは思ったけど……やっぱりあの雛祭家の子なのか。


「まぁ、その……大変だね」


「そうですね……これからのことを考えると、大変かもしれません」


「でもどうして『攻撃魔法を使いたくない』になるんだ?」


「それは……その、人を傷つけるのが、嫌なんです」


「……なるほど、そういう理由なら仕方がないか」


 あれ? でも目的としては人じゃなくて、魔族を倒すための攻撃魔法……だよな?


 なんて思っていると、雛祭は意外そうな顔をして、こちらを見ていた。


「え、何?」


「あ、いえ……別に……」


「あぁ、そうそう、そういえば雛祭って何の属性だったの? 俺、聞いてなくてさ」


「私は光属性でした。兄や姉、両親もみんな光属性なんですよ」


「へぇー、やっぱ血ってあるのかなぁ」


 うちの家系は、そもそも魔法戦士ですらないからな……遺伝は無いけど。


「って、光属性って雛祭にはピッタリなんじゃないか?」


「え……?」


「だって、光属性の魔法って、盾とか癒しとか、そういうのじゃなかったっけ、確か? 人を傷つけたくないって雛祭にはピッタリじゃん」


「……」


「雛祭が人を傷つけたくないなら、それ以外の部分を極めればいい。自分の信念を曲げてまで『誰かを傷つけること』を頑張らなくてもいいと思うよ、俺はさ」


 雛祭が、何故人を傷つけたくないと思っているのか? それには何か背景があるような気がするけど、別に聞かなくちゃいけないことでもない。


 雛祭には信念があって、それが『普通じゃない』とわかっていても貫き通したいと思っているのなら、それだけで俺は応援したいと思う。


 『普通じゃない』って道を歩くのは、本当に大変なことだからな。


「でも、それでは……」


「まぁ、これから相当頑張らないといけないよな」


「……何を、頑張るんですか?」


「え……? いやだから『傷つけずに勝てる方法』を考えていかなきゃいけないだろ?」


「……」


「あれ? そういうことじゃ、ないのか?」


 あまりにも雛祭がぽかんとした顔をしたので、自信がなくなってしまう。


 おかしいな、そういう意味で言ってると思ってたんだけどな……


「あ、いえ……そ、そうですね」


「動きを封じる魔法とか、眠らせたりする魔法は光属性っぽいよな」


「……そう、ですね」


「誰も傷つけずに勝つ……うん、格好いいな、雛祭の考え方は」


「……そう、でしょうか」


「少なくとも俺は応援するよ。お互いにこれから大変だけどさ、一緒に頑張ろうな」


「……はいっ♪」


 雛祭に、優しい笑顔が戻っていた。


 少しは元気……出たかな?


 悩みを人に打ち明ければ、それだけで気分が晴れたりするよな、やっぱり。


「ま、いざとなれば俺の召喚符(しょうかんふ)をあげるから、戦いはそいつにまかせて逃げればいい」


「召喚符? なんですか、それ?」


「召喚士と人外だけが作れるスクロールで……ちょっと待ってね」


 先ほど貰ったばかりの教科書を取り出し、読みながら説明をする。


「えーっと、開けば詠唱等無しで即指定の人外を召喚出来るアイテム、かな? もちろん、俺が作るってことは、俺の契約した人外だけだけど」


「なるほど……でもそれを私が使うのは、反則ではないでしょうか?」


「実戦試験はアイテムの持ち込みOKだったから、召喚符は大丈夫だと思うよ? 多分」


「なんだかグレーゾーンな気もしますので、今度先生に聞いておきますね」


「それがいいかもな、もし使って失格とか言われてもアレだし」


「でも、それがOKになれば、式原くんのところに召喚符を譲って欲しいという方が、大勢いらっしゃるかもしれませんね」


「確かにその可能性はあるけど、譲る理由が無いからなぁ」


「……つまり、私にはあるんですか、理由?」


「はっ? 雛祭は友達じゃん、理由なんていらないだろ?」


「……」


 また、ぽかんとされてしまう。


 ……あ、しまった。


「ご、ごめん……いきなり友達だなんて、勝手な思い込みでした」


 うわぁ、馴れ馴れしいとか、気持ち悪いとか思われていたらどうしよぉ。


「……くすっ」


「……?」


 な、なんで笑ってるんだろう? やっぱり俺、失敗した?


「いいえ、思い込みじゃないですよ。私と式原くんは、お友達です」


「ほ、本当? それなら、よかった……ふぐっ!?」


 雛祭の言葉に安堵し、ため息を吐いていると、ルゥに思い切り腹を殴られる。


 な、なんで……?


「どうかしましたか? ふぐ?」


「い、いや……なんでも……」


「それでは式原くんには、これから頑張って頂かないといけませんね」


「……何を?」


「召喚符を作るためにも、強い人外との契約、お願いします」


「うっ……そ、そうか、まず戦える人外との契約を結ばないとな……」


 やっぱり竜がいいのだろうか? でも、教科書に竜は載ってなかったしな?


 それに、人を傷つけたくないって雛祭は言ってるわけだし、人を傷つけずに済む人外との契約も考えないといけないんだな……かく乱とか、防御に優れたタイプ……かな?


「頑張って下さいね、私のためにも」


「うっ……言った限りは、頑張ります」


「はい、頑張って下さい。応援してます」


「……雛祭も、頑張れよな」


「はいっ」


 笑顔でそう頷く雛祭を見て、改めて頑張らないといけないなと思った。


 雛祭のためにも……俺自身のためにも、な。


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