主
昼食の後、ルゥと属性試験の結果と総評を踏まえ、さらなる反省会を行っていた。俺が一方的にダメ出しをされるという、反省会が。
「で、青い炎っていうのは炎すら焼き尽くす力を持ってて、さらに火に対する耐性がものすごく強いヌルヌルもスイは持っていた。そんな人魚を相手に、あの炎の化身は互角に戦ってたんだから、かなりの強さだったって思ってもいいわね」
「んー、なんでネィミー先生はスイに対して、有利な人外を召喚しなかったんだろ? それが召喚士だって、試験開始時に言ってたような気がするんだけど?」
「ちーがぁーう。ヨルカとミルカに対する有利な人外だったの。ケット・シーとラプラスの魔じゃ、対火属性武器を持ってない限り、炎の化身に触れることすら出来ないでしょ」
「なるほど。でも、どうしてヨルカとミルカに有利で、スイには不利な人外を出したのかがわからない……二人には悪いけど、スイの方があからさまにヤバいと思うんだけど?」
「はぁ……まだわからないの? 最初からぜーんぶいいようにされてたの。ヨルカとミルカじゃ炎の化身は殴れない。となれば必然的にスイが戦うことになって、カズトの一番の武器は分断される可能性が高くなる、って計算しての召喚だったってこと」
「あー、俺の武器を削る作戦で、まんまとハマったわけだ……って、もしかして、先生とフレイムマンの距離が出来たのって、スイが上手くやったんじゃなく、て……?」
「そういうこと」
「……」
もう、ため息すら出てこない。
「あんたが作戦成功とか思ってる状況こそ、あの金髪白衣の思惑通りだったってことよ」
「……最初の展開から、まったく勝てる要素がなかったんだな」
「召喚士としてのレベルが違いすぎるのは確かだし、勝てる確率は限りなくゼロだったとは思うけど、要素がなかったってことはないと思うけど? カズトの場合手持ちのカードがもう無いってことも試験開始前にバレてたわけだし、そこを逆手に取るとか……」
そもそもそういう発想が出てこない時点で、俺は終わってたんだなぁ。
「ま、わたしが戦ってれば数秒で終わったと思うけど、それじゃあ試験にならないしね」
「先生の言った通り、何もかもが俺には足りないんだな……本物の召喚士ってすごいな」
入学してから四ヶ月が過ぎようとしているのに、俺は何をやっていたんだろうかとすら思えてしまう結果に、愕然としてしまう。
契約数だけ増やしても意味がない……か。その契約数がルゥを入れても五人と仮が一人だけで、知識も武器もなくて、何から手を付けていいやらだなぁ。
「……もう、反省は終わりですの?」
声にベッドへと視線を送ると、寝てしまったヨルカとミルカにタオルケットをかけつつ、二人の頭を撫でているエルトの姿があった。
「ま、まぁ反省はこれくらいで、そろそろ先のことを考えようかなぁ、って具合?」
「では私から一つ質問を」
「……何?」
ベッドから降り、ルゥの横を通り過ぎ、俺も通り過ぎた辺りで、座る。ルゥの近くにはどうあっても居たくないようだ。
「どうして途中、降参を為さらなかったの? いくらでもタイミングはあったでしょう?」
目が、とても真剣だった。
「いや、だってまだ勝てる方法があったかもしれないだろ?」
「ふぅ……残念な人ですのね。力量差があれほど圧倒的でも、わからないだなんて」
「試験だからあれでいいのよ」
俺が思っていたことを、ルゥが代弁してくれる。
「そう思っていたならどうして最後、あなたは割って入ったんでしょうね……私の後に」
「ぐぬぬ……」
「身体もボロボロ、魔力も使い果たして、これでは今日すぐに反省を生かすコトは出来ませんわね。さっさと降参していれば、今頃もっと有意義な時間を過ごせていたでしょうに」
「うっ……」
それは、その通りだけども……
「カズト、あなたは主なのでしょう? もう少し、上に立つ者の自覚を持った方がいいですわよ」
「……ご、ごめん」
「っ……!」
スッと、エルトが立ち上がる。
怒りと苛立ちが混じったような、そんな表情を浮かべていた。
「……エルト?」
そしてそのまま何も言わず、彼女は部屋を出ていく。
「えっと……俺、何か怒らせるようなこと、言ったかな?」
「……さぁ、ね」
返事を、間違えたのだろうか。
エルトがあんな表情をするだなんて、よっぽどのことを言ってしまったのか……?
「……」
ふと気づくと、うさぎのぬいぐるみが、エルトの座っていた場所に残されていた。
◆◆◆
夕飯の時間、予想通りではあるけど、エルトは戻ってこなかった。ヨルカとミルカのことは一時的にルゥに任せ、一人で探し回ったのだが、見つかってはいない。
「ただいま……エルト、戻ってる?」
「御主人様……」
心配そうなヨルカとミルカの顔を見れば、答えは一目瞭然だった。一度自室に上がり、麦茶を飲む。試験と暑さで疲れ切った身体が、少しだけ生き返った気がした。
「次は街へ行ってくる。八時までに戻らないようなら、夕飯食べててくれ」
「ちょっと待ちなさい」
靴を履こうとしたところで、ルゥに呼び止められる。
「何を間違えたのか、わかってるの?」
「……え?」
「どうしてあの竜が怒って出ていったのか、わかってるのかって訊いてるの」
「……」
ルゥは、エルトが竜だと気づいて……って、今はそんなことはいいか。
「それがわかってないのなら、探しても無駄よ」
「……ルゥは、わかってるのか?」
俺の言葉に、ジッとこちらをみつめた後、視線を外す。
「ま、これでも魔王やってたからね……今はあなたのパートナーだけど」
長年の付き合いだから、だろうか、ルゥが『パートナー』という部分を強調している気がして、それはまるで、問いかけのように感じた。
「そう、だな……ルゥは、俺の使い魔じゃ、ないよな」
「そ。わたしはカズトのモノで、カズトはわたしのモノ……そういう関係よ」
きっと、ルゥはヒントを出してくれているのだ。そしてそれはつまり、俺自身で答えを見つけなきゃ意味がないことなのだろう。当然だけども。
ルゥは、俺の使い魔じゃ、ない……
「わたしはご主人様の使い魔ですね」
「わ、ワタシもそうです」
「ヨルカ、ミルカ……」
ルゥは大切なパートナーで、ヨルカとミルカも大切で、でも使い魔で……エルトは?
「……」
あれ? エルトは、どのタイミングで怒ったんだっけ?
確か、俺に……
「そのまま、なのか? そっか……それじゃ、探してくる」
「そっ、お腹空いたから早く見つけてくるのよ、『ご主人様』」
◆◆◆
辺りはもう、暗闇に包まれようとしていた。完全な夜になってしまえばエルトを見つけ出すことは不可能に近くなるだろう。真っ暗になれば、ヨルカの眼を頼るしか……と思いつつ、そうなる前に見つけてやると思い直す。
でもやっぱり見つからなくて、呼吸を整えるために立ち止まった樹にいた野鳥に、つい愚痴みたいなものを呟いてしまう始末だ。
「あれ、お前登下校の時によく見る鳥だな……いいよな、お前らは飛べてさ」
スズメとツバメを合体させたような外見のその鳥は、首を傾げたかと思うと、俺の肩へと飛び移ってくる。
「うぉっ……びっくりしたぁ、ヨルカとミルカがパンの耳を上げたりしてるから、懐いちゃったのか? ごめんな、今、持ってないんだ」
また首を傾げている。
「また明日の朝にでも持ってくるからさ、今はちょっと協力してくれないか? エルトって日傘差してる女の子、見なかったか?」
そう語りかけつつ、次はどこを探そうかなと考えていると、パンの耳が貰えないとわかったのか、鳥は肩から地面へと飛び移る。
そして、こちらをじーっと見つめていた。
「だから、パンの耳はないんだって。また明日な」
ピョンと一度跳ねて、またこちらを見つめる。
「ん……? もしかして、ついてこいって言ってるのか?」
そう問うと、またちょっとだけ跳ねて、こちらを見つめ続ける。もしかしたら鳥の形をした妖精か何かで、言葉を理解してたりするのか? と付いていくと、本当に案内するかのようにピョンピョンと跳ねていく。
当てもないのでそのまま付いていくと、学園の裏山へと入り、雨澄のお気に入りの場所を通り過ぎ、その先で……
「……居た……」
鳥の案内がなかったら確実にたどり着けなかっただろうと思う、裏山の奥の奥、見渡す限り木々しかないその場所に、エルトは日傘を差して座っていた。
「……ありがとな、鳥。明日の朝、必ずお礼をするよ」
礼を言うと、鳥は飛んで空へと消えていく。小さく手を振りながら見送って、俺は気配を消しつつ、こっそりとエルトの背後へと移動を開始する。
ここで見つかって逃げられたら寮へ帰る自信すらないし、バレないように……
「なにをしに来ましたの?」
「……」
あっさり、バレてしまった。
まぁいいか。逃げないのなら、このまま話し始めればいいだけだ。
「えっと、謝りにきたんだ……いや、違うか、訂正にきたんだ」
「……訂正?」
「『ごめん』って言ったこと、訂正する」
「……」
やっと、エルトが振り向いてくれる。どうやらルゥにヒントを貰いまくって気づけた答えは、合っているのだろうと感じた。
まぁ、出がけのルゥの最後の言葉で、確信めいたものはあったけどさ。
「俺、エルトの言うように、本当に『主』としての自覚がなさ過ぎた」
そもそも召喚士としての自覚とか、知識みたいなものがうすっぺらに表面だけしかわかってなくて、それ以上も知ろうとしていなかった。考えが甘かった。
これからはそういうわけにはいかないと、それをネィミー先生に教えてもらったばかりだったのに、俺はまだ、ソレを自覚していなかった。
それを……エルトが、教えてくれた。
「俺はお前たちの『主』として、これからは後悔しない選択をしていくよ」
本当の闘いなら、一度の失敗で命を落とすのだから。
そしてそれが俺じゃなくて、ヨルカたちかもしれないのだから……
「考えて考えて考えて、間違えないように、やっていくよ」
「……」
「約束するから……戻ってきて、くれないか?」
「……私は、あなたを主だなんて思っておりませんわ」
怒っている風の口調なのに、優しいと感じてしまう声色だった。
「たとえそうだとしても、仮にでも使い魔として契約をしたからには、責任は果たす」
「……そうですの」
「あぁ……だから一緒に帰って、夕飯を食べないか?」
「……ふぅ」
小さくため息を吐き、エルトは立ち上がる。
「次、たったの一度でも主として相応しくない行動を取ったら、許しませんわよ」
暗闇に光る、金色の瞳から感じる圧力に、身が引き締まる思いだ。
「必ず、期待に応えてみせるよ」
「期待なんてしてませんわ」
急に『いつもの』とも思える、エルトの感じに戻っていた。
まるでスイッチでもあるかのような変貌っぷりに、ホッとしつつも驚きを隠せない。
「私はただ、お母様を信じているだけです」
「そっか……」
カジェスがどれほど偉大な王なのかはわからないけど、そういうこともこれからは知っていって、召喚士として、自分についてをもっと深く考えていなかいといけないな。
「あぁそれと、一つだけ忠告ですわ」
そばまでやってきたエルトは日傘を閉じ、俺に手渡す。
「……忠告?」
「後悔をしない選択をするだなんて、無理ですわよ」
「……え?」
「選択をした後、後悔をしない未来を作っていくのですわ」
「……おう」
俺の頼りないとも思えるだろう返事に、エルトは優しい笑みを浮かべてくれるのだった。




