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お風呂前の出来事

2014/10/31 誤記修正しました。

「にじゅはち、にじゅきゅうっ……さんじゅうっ!!」


 俺のカウントが終わると同時に、ヨルカとミルカが背中から飛び降りる。それを確認してからやっとその場に崩れ落ち、大きく呼吸を繰り返す。


「はい、五セット目終了~」


「はぁ、はぁ、かなり、慣れてきた、かな……」


 夜、風呂に入る前の日課である筋トレも、ここ三ヶ月でそれなりのコトが出来るようになっていた。地味なコトをコツコツとするのは、やはり意味があるらしい。


 と言っても、まさかヨルカとミルカの二人共を背負って腕立て伏せが出来るようになるとは思ってもなかったけどさ。


「それじゃ、明日からは一セット三十五回にしましょ」


「えっ……ま、まぁ、頑張るよ」


「はい次、腹筋」


 無理矢理仰向けにされ、足が半分くらい折りたたまれる。そしてその足を固定するようにルゥが乗っかり、なんだか嬉しそうな顔で俺のお腹を触ってきた。


「んふふ、いい感じになってきたわね」


「く、くすぐったいからやめてくれ……」


 ちなみに、筋肉の動きとかを確認するため、という理由で俺は上半身が裸だ。


「それじゃあ三十回を五セットよ」


「へーい」


 俺が腹筋を開始すると、ミルカが台所へと向かう。筋トレ後に飲む、特製プロテイン飲料(ケット・シー族の薬草汁)を作るためだ。


「まったく、暑苦しい限りですわね」


 エルトはすっかり環境に適応してくれたようで、食事も取ってくれるようになったし、俺、ヨルカとミルカとはちゃんとしゃべってもくれるようになっていた。


 今は冷たい麦茶を飲みながら、ルゥが最近気に入っているらしくてずっとループさせているアイドルのアニメを見ている。


「暑苦しいですか? わたしは見てるとやりたくてウズウズしちゃいます」


「そう思うのなら、やればいいでしょう?」


「うー、ダメなんです。ご主人様と泡波さんに筋トレは適度にって言われてるんです」


「ん? どうしてですの?」


「わたしもミルカも、可愛さが一つの武器なんだそうです」


 筋肉質でムキムキになったヨルカやミルカを抱っこするのは、ちょっとねぇ。


「エルトさんはしなくてもいいんですか?」


「この姿でやっても意味ありませんわ。九割近くの力は封印されてますし」


「へぇ、そうなんですか」


 よくわからなくても、とりあえず返事をするのがヨルカだ。これは悪い癖だと言ってもいいのだが、今は特に問題でもなさそうなので黙って腹筋を続ける。


「わたしも自分の力を封印するくらい強くなりたいなぁ」


 シュッシュッ、と口で言いながら、ヨルカがシャドーボクシングを始める。最近、軽そうに見えるそのパンチの威力が意外と強くて、たまに対人戦の相手をしてくれている雨澄が冷や汗をかいていたことがあった。


 見ている側としては頼もしいけど、やられる方はたまったもんじゃないんだろうなぁ、と思うばかりだ。


「ヨルカストップ。ダメだって言ってるでしょ?」


「あ、ご、ごめんなさいです……」


「まったく、カズトがこれ以上自信なくしちゃったらどうしてくれるのよ」


「別になくしてないけど……」


 セット合間の休憩だったので、一応ツッコミを入れておく。


「同じ時期に対人戦の訓練を始めたのに、ヨルカやミルカばっかり強くなって面白くなさそうにしてたくせに」


「そ、そうなんですかご主人様? ごめんなさいです……」


「いや、そこで謝られると何か違うし、そもそも面白くなさそうにだなんてしてないし。ヨルカとミルカが強くなってくれれば、頼もしいし嬉しいよ、俺は」


「本当、ですか?」


「あぁ」


 体勢上、パーッと笑顔を浮かべているヨルカの頭を撫でてやれないのが残念だ。


「はい休憩終わり……ま、属性魔法が使えないカズトじゃ、どうやってもヨルカやミルカについてけなくなるのは仕方のないことだけどね」


 やり合うまでもなく、きっとヨルカやミルカの方が俺より強いだろう。だろう、というのも、ヨルカとミルカは使い魔という立場上、俺と組み手をすることが出来ないのだ。


 なので、もっぱらそんなルールの無いルゥとやっているわけだが、ここ最近は攻めより避ける方向を重点的に訓練していた。それはきっと、俺の限界的な部分を見越してのことなのだろう。


「もっと強くなって、ご主人様が戦わなくてもいいようになりますね!」


 それはそれで、複雑だなぁ。


「……ねぇヨルカ? あなた、種族はなんですの?」


「ケット・シーですけど?」


「ふーん……なら、もう少しだけなら強くなれますわね」


 エルトの言葉に、ルゥがキッと鋭い視線を送る。


「ケット・シーにしては攻撃型に見えますし……って、なんですの?」


 ルゥの視線にエルトも気づき、睨み返す。


「その口、今すぐに開けないようにしてやってもいいのよ?」


「その程度の魔力でそこまで言える度胸だけは褒めて差し上げますわ」


「その程度の魔力ですって?」


 パシンッ! と音を立ててルゥの右腕にあったブレスレットが壊れ落ちる。


 あれは確か、ルゥが自分の魔力が回復しないよう封印をしてるモノの一つで、それが壊れてしまったら……!


「ルゥ、ストォップ」


「っ!? カズト!?」


 後ろから抱きつく形で、制止を図る。


「落ちつけ、ルゥ……」


「……え、えぇ……ごめんなさぃ……」


「それとエルト、もう少し言葉に――、」


「エルトさん、攻撃型に見えるし……なんですか?」


 俺の言葉に、割ってはいるようにヨルカが質問をしている。


「え? えぇ、だから、強くなれる、と……」


「そうですか! そっかぁ、攻撃の方向性もまだ強くなれるんだぁ」


「……」


 ヨルカはエルトの言葉を、俺たちのような受け取り方をしていないようで、もう少しだけでも強くなれるんだ、と純粋に喜んでいるみたいだった。


 やる気になっているところで『もう少しだけなら強くなれる』なんて言われたら、水を差されたような気分になるかと思ったけど……前向きなヨルカには杞憂だったか。


 と言っても、急に変な方向でマイナス思考になるから今後も注意は必要だけど。


「えっと、御主人様?」


 プロテイン飲料を手に、ミルカが戸惑いの表情を浮かべている。このなんとも言えない空気にどうすればいいのか迷っている、といったところだろうか。


「な、なんでもないよ」


「で、でも……ルゥ先輩、顔が真っ赤ですよ?」


「へ……?」


 ルゥの顔を覗き込むと、確かに真っ赤だった。


「カズトぉ……離れて……体温が……汗のにおいが……おかしく、なっちゃいそぅ……」


「うぉう!? すまん、忘れてた!」


 ずっと抱きしめたままだったみたいで、急いで距離を取る。


 上半身裸で筋トレ直後、半裸みたいな格好をしているルゥを抱きしめたままで、よく考えてみれば、俺、とんでもないことを……!


「おっけー、おちつこうわたし……だいじょうぶ、かずともそんなつもりじゃないから」


 何やらぶつぶつ言っているけど、大丈夫? かな?


「ミルカ、冷たい麦茶出してやってくれないか?」


「は、はい!」


 テーブルにプロテイン飲料を置き、再び台所へと戻っていく。


「と、とりあえず、腹筋も終了っと……」


「ルゥ先輩、麦茶です!」


「あ、ありがと……」


 俺もテーブルに置いてあったプロテイン飲料を飲み、一呼吸を置く。


「……」


「……」


 そして、なんとなくルゥと二人見つめ合ってしまい、なんとも言えない気持ちに。


 もうちょっと、じっくり抱きしめたかったなぁ、とか、まだ、ルゥのにおいが身体に残ってるなぁ、とか……


「御主人様? 美味しく、なかったですか?」


「えっ……あぁいや、美味しいよ? 今日の配合は今までで一番美味しいかもだな」


「本当ですか!? よかったぁ」


「ミルカ、今日はどの配合にしたの?」


「……さ、さてと! それじゃあ、お風呂に入ろうか」


 場の空気変えるためにも、そんなことを大きな声で言ってみる。


「そ、そうね、そうしましょ」


 ルゥも乗ってくれて、いそいそと着替えの準備を始める。


 水でもかぶって、少し頭を冷やさなければいけないな……


「お風呂……」


「…………ん?」


 エルトのつぶやきに、今更ながらにソレに気づく。


「エルトはお風呂、どうする?」


「どうすると言われましても、いつも身体を洗ってくれているミールィは居ませんし……」


「ね、念のため言っておくけど、俺たちは四人で入るぞ?」


「……」


 顔色が真っ青になり、ヨルカとミルカを見て、怯えた表情でこちらを見る。


「か、カズト……あなたまさか……」


「違う! 絶対違う! 俺だってな、本当は一人で入りたいんだよ!」


「「え……?」」


「あああああ! ち、違うんだよヨルカミルカ、一緒に入りたくないって言ってるんじゃなくて、ほ、ほら、たまには湯船に浸かりたいなぁ、とか言ってるだろ俺?」


 所詮、寮の個室についている簡易的な小さな風呂場であり、身体を洗うようなスペースはほぼないのだ。なので浴槽の中で身体を洗うのも普通になっている。


 寮にはもちろん大浴場があるのだが、当然全生徒が利用するため、ヨルカとミルカを連れて入るわけにはいかない。故に、どうやっても今の状態になってしまうわけだ。


「お風呂の時間だけ、ヨルカとミルカをわたしの使い魔にして大浴場に連れて行けばいいんだけど、そうなるとカズトと入れなくなっちゃうから黙ってるのよねー」


「え? 何? 今、何か重要なこと言わなかったか?」


「べーつにー?」


「それではご主人様、今日は湯船に浸かりましょう!」


「へ? いや、さすがに俺一人だけ浸かるのは、ちょっとなぁ?」


「大丈夫です! ご主人様がこう寝そべるように入って、その上にわたし、ミルカ、ルゥ先輩がこう縦に並んで座って入れば、きっといけます!」


 手で形を説明してくれているのだが、あの浴槽の大きさからいって不可能な気が?


「……ふぅ、とりあえず任せますわ」


 俺たちのやり取りを見ていて、エルトはため息を吐くようにそう言った。


「何を、任せるって?」


「あなたたちが納得して四人で入っているなら、私から特に言うことはありませんわ」


「そ、そう……」


「雰囲気からして、カズトがミルカたちの身体を洗うこともあるのでしょう?」


「ま、まぁ、そりゃ毎日、交代制だからな?」


「ならあなたの身体を洗う技術も問題ないでしょうし、一緒に入りますわ」


「へ……?」


 エルトも、一緒に、入る?


「いやいや!? さすがにそれくらいのお胸の方と一緒に入るのは、ちょっと……」


 エルトの胸は、大きいなと思っていた雛祭よりも大きい。


「胸? 胸の大きさが身体を洗うコトにおいて何か関係ありますの?」


「関係あるに決まってるじゃない。そんな邪魔くさい脂肪の塊があったら、洗いにくいったらないわ」


 本来の姿でもそんなに胸がないルゥの僻みかな、とか思ったり。


「とにかく、お風呂に入らないなんて考えられませんし、行きますわよ」


 どこへ行くのかわかってるのかなぁ、と思いつつどうしようかと考えていると、ルゥが俺に手のひらを差し出した。


「カズト、携帯電話出して」


「携帯? なんで?」


「雛祭ひなにでも頼んで大浴場に入らせればいいじゃない。あいつ、それなりに距離が取れるんでしょ? あっちに行けばいいのよっ」


「いや、さすがにそんなことで雛祭たちに迷惑かけるのは、ちょっと……」


「そんなことで!? へぇ、あんた、あいつとお風呂入るコトが『そんなこと』なんだ?」


「え、えっと、それは……」


「あいつの大きな胸、洗いたいんだ? 結局、カズトも胸なんだ?」


「誰もそんなこと言ってないだろ!?」


「ご主人様、大きなお胸が好きなんですか?」


「よ、ヨルちゃん……」


「カズト? 行きますわよ?」


「うっ……あああああああ! お前らちょっと待て! 考えさせてくれ!!」


 その後、たっぷり五分は考えた結果、エルトが俺のことを少しは信頼してくれているのか、もしくは男として見ていないのかわからないけど、一緒にお風呂に入っても構わないと言っているので、誰にも迷惑をかけないそちらを選ぶことにした。


 俺も健全な年頃の男の子で、当然ちょっとした欲望もありつつも、不機嫌になってしまったルゥと、何故か怖い笑みを浮かべているミルカに、肝を冷やす結果となるのだった。


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