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エルトローネ・ロイア

2014/10/8 誤字脱字修正しました。

「ふぅ、さっぱりした」


 それはもう、日常と言っていい風景になっていた。


「御主人様、もう少し時間がかかりますので、髪、乾かしててください」


 朝のランニングを終え、シャワーを浴び終えた俺たちに、今日の朝食当番であるエプロン姿のミルカが、フライパンで何かを焼きつつ声をかけてくれる。


「ほーい。じゃあ先にヨルカの髪を乾かそうか」


「はい、お願いします」


 返事と一緒にエアコンの設定温度を一度下げつつ、下着姿のままヨルカがマイ座布団に座るので、俺はドライヤーを準備し、彼女の髪を乾かし始めた。


 夏の風呂上りにドライヤーをかけるのは暑いなぁと改めて思いつつ、さわり心地の良いくせっ毛に、熱を加えていく。


「んぅぅ……ちゃんと、さぼらず走ったの?」


 振り向くと、眠たげに眼をこすっているルゥの姿があった。こちらもいつものごとく、ドライヤーの音で目覚めたようだ。


「ちゃんと一時間、走ったよ。ヨルカを乗っけて腕立ても百回やったし」


 返事をしつつ、すぐにヨルカへと視線を戻す。


 ルゥはいつも裸で寝ているので、こういう時は本当に困る。


「えらいえらい、よく頑張ってるわね」


「……早く服を着ろ」


「裸の方が嬉しいくせに」


「嬉しい嬉しくないの話はしてない」


「いつもこの格好で一緒に寝てるし、お風呂にだって入ってるのに、なんで気にしてるのか未だにわからないのよね……」


 何やらぶつぶつ言っているのだが、ドライヤーの音でよく聞こえない。


 まったく、恥じらいくらいもって欲しいものだ。


 ……でも、これが俺の、俺たちの日常だった。


「えっと……あ、スープがない」


 ヨルカの髪、そして自分の髪を乾かし終わった辺りで、ミルカが配膳を始める。ヨルカもそれを手伝い、着々と朝食の準備が整っていく。


「今日はフレンチトーストか」


「焼き加減もいい具合だし、期待出来そうね……ん? ミルカ、ひょっとしてこれで食パン終わり?」


「はい、これで最後です」


「そっか、値引きセールで買った大量の食パンが、ついになくなるわけね……」


 ここ最近、朝食はずっと食パンだったので、嬉しいやら寂しいやらだな。


「このスープで、全部です」


「よし、それじゃあ食べようか」


 ルゥの『いただきます』にみんなで手を合わせ、さっそく食べ始める。


「ん、美味い。味も焼き加減もちょうどいい感じだ」


「えへへ、ありがとうございます」


 洋風なモノはミルカ、和風なモノはヨルカが得意で、特にここ最近は二人とも料理の腕をぐんと上げていた。約三ヶ月前の残念な食事が懐かしいくらいだ。


「もぐもぐ……そういえばヨルカ、ソレ、暑くないのか?」


「いえ、大丈夫ですけど?」


 ソレとは、ランキング戦の後、せがまれて買ってあげたトリカという名前の青いインコのぬいぐるみだ。買ってあげた日以降、いつも持ち歩いている。


 お出かけの時や、ランニング時にでもポシェットに入れてるし、今も膝の上に乗っけていて、冬なら温かそうだけど、真夏の今はなぁ?


「カズトだってわたしを抱っこしながら食べるんだし、一緒でしょ?」


「俺は別に好き好んでお前を抱っこしながら食事してるわけじゃないんだけどな」


 こちらもランキング戦以降、食事のたびに強引に膝の中へ入るようになり、困った限りである。思い返してみれば、妖精の姿だった時も肩やら膝で食べていた気がするし、これはもうルゥの癖みたいなものなのかもしれない。


「はいカズト、あーん」


「……あむっ」


 まぁ、悪い気がしないから、さらに困りものでもあるのだが……


「もぐもぐ……あ、あのぉ、御主人様?」


「ん……?」


 小声でそう言ったのは、ミルカだ。見ると、なんとなく落ち着かない雰囲気で、視線を泳がせているようなそぶりを見せていた。


「どうか、したか?」


「えっと……」


 口元に手を当て、こっそりと俺だけに伝えるように、ミルカは言う。


「このままで、いいんでしょうか?」


「んー……よくはない、かな?」


 ミルカの言いたいコトを理解した俺は、つい苦笑いを浮かべてしまう。


 すると、そんな俺たちに反応するかのように『彼女』が声を上げた。


「わ、(わたくし)のことを仰ってるんですの?」


 ビクッ、とミルカが跳ね上がる。振り向くと、部屋の隅に座っていた女の子が、ジト目でこちらを見ていた。


 キラキラと輝く翡翠色の短髪からは、後ろ向きに生えている特徴的な角が見えている。可愛らしくて小さな王冠を被っており、親に似た金色の瞳で、とても整った顔立ちだ。


 名前はエルトローネ・ロイア。竜族の王、カジェスの娘であり、つまりはお姫様で……出会いは約十二時間ほど前にさかのぼる。


「極秘の、頼みごと?」


 昨晩の食事中、竜の国に呼び出された俺は、カジェスと再会していた。


「うむ……娘を、しばらく使い魔にして欲しいのだ」


「……へ? 娘さんを?」


「いずれ我の跡を継ぎ、王となるであろう子なのだが……少し、世間知らずでな」


「……はあ。まぁ頼みごとはわかりましたけど、俺のところでいいんですか?」


「お主は召喚士であろう? 幾多の者を統べるという意味では、王と同じと言ってもいい」


「でも、俺はただの人間ですし、学生ですし、おもてなしとかはちょっと……」


「それでよいのだ。エルトローネ……我が娘は、力こそがすべてだと思っているところがあってな、人間であるカズトだからこそ、教えられることもあると思うのだ」


「そう、ですか?」


 人間だからこそ、ねぇ?


「あ、でも俺が住んでるところ、狭いですよ?」


「問題ない。人間界に行かせるのだ、人間の恰好をさせる」


 へぇ、そんなことが出来るのか。


「わかりました。とりあえず、こちらはOKです」


「すまぬな、恩に着る」


 というわけで、さっそく娘さんと会うことになったのだが、ちょっと隠れて見ていて欲しいとのことで、近くにあった岩の背後に身を潜ませる。


 しばらく待っていると、カジェスに似た竜が飛んできた。


「お母様、お呼びでしょうか?」


「お母様!?」


 と、心の中で叫ぶ。


 カジェスって、女性だったの!?


「エルト、プレゼントがあるのだが、受け取って貰えるか?」


「腕輪……ですか? まぁ、嬉しい」


 俺が未だに驚いている中、娘さんがカジェスから腕輪を貰い、身に着けると……


「きゃっ!? ……え? ま、まさか、これは人化の腕輪?」


 娘さんが、人間の姿へと変化する。どうやら、そういう効果のある腕輪だったようだ。


「お母様、どういうことですか!?」


「落ち着けエルト。そして、契約の書を出すのだ」


「どうしてですか!? まずはこの状況を説明してください!」


「契約の書を出すのだ」


「っ……」


 押しに弱いのか、それとも親には逆らえないのか、ポンと手の中に本を召喚する。それは俺がカジェスと契約を結んだ時の本と、よく似ていた。


「ふむ……真っ白だな」


 強引に取り上げた本を開き、カジェスがつぶやく。


「当然ですわ。私より弱い者に貸す力も、借りる力もありませんもの」


「相変わらずだな……ではカズト、このページにすぐ名を刻むのだ」


「は……? かずと?」


 娘さんがポカンとしている中、契約の書なるモノがポイッと投げ渡され、受け取った俺は言われるがまま、開かれていたページにすぐ名前を刻んだ。


 よく見れば、そのページには使い魔契約がどうのこうのと書いてあって……


「に、人間が、どうしてここに居ますの?」


「えっと、カジェス? 名前、刻みましたけども?」


「うむ……では、契約成立だな」


「……えっ、どういうことですかお母様!?」


 というわけで、エルトローネことエルトは、俺の使い魔になったのだった。


 いやー、まったく意味がわからないよねぇ……


 で、その後なんだかんだとカジェスに言いくるめられたエルトは、仕方がなく俺についてきて、そのまま二段ベッドの上に引きこもり、今に至るというわけである。


 ランニングから帰ってきたら、部屋の隅に座ってて驚いたのなんのって。


「えっと、本当に朝食、食べなくていいのか?」


 一応、ヨルカの髪を乾かし終えた辺りで声はかけていた。拒まれたけど。


「いらないと言っているんです」


 微かに目が赤くて、クマも薄ら見えるし、あまり眠れなかったんだろうなと感じるし、昨晩から何も食べていない、何も飲んでいないで、体調が心配だ。


「そう言わないでさ、一緒に食べよう?」


「どうしてこの私が人間や妖精と食卓を囲まなきゃいけないんですの?」


 ちなみにこの発言は、人間や妖精は竜よりすべてにおいて劣っている種族である、という考えの下に出ているらしい。お姫様らしいと言うべきか、そういう考え方に内心ではため息を吐きつつも、笑顔を絶やさず言葉をかけ続ける。


「でも、せっかくエルトにも美味しいモノを食べて欲しいって、張り切って作った料理なんだけどな……な、ミルカ?」


「えっ……あ、はい、そうです、頑張って作りましたっ」


 俺の想いを察してくれたみたいで、ミルカのナイスな返しにホッとする。


「むっ……そんなこと、言われましても……」


「竜族のお姫様に人間界の美味しいモノ食べてもらうんだって、頑張ったのにな?」


「はい。昨晩も何を作ろうかって考えていると、なかなか眠れませんでした」


「む、むむぅ……」


「……別に、食べたくないなら食べなくていいのよ」


 微かに俺にだけ聞こえるくらいの声量で、不機嫌そうにルゥがつぶやく。昨晩からそうだったけど、ルゥはエルトの存在が相当気に入らないらしい。


「こ、このオレンジジュース、一生懸命搾ったんです……い、いかがですか?」


「……そこまで言われると、仕方がありませんわね」


 ミルカの精一杯な言葉に、少しだけ唇を尖らせつつ、エルトが立ち上がる。そして無音で近づいてきて、コップを受け取った。


「……オレンジとは、果実の名前でしたわよね……」


 何やらぶつぶつと言いつつ、まずは香りをかいでいる。良い香りだったのか、ちょっとだけ笑みを浮かべ、そのまま口へと運んだ。


「んっ……おいしぃ」


「そりゃよかった。それじゃあこっちの野菜と豆のスープも飲んでみないか?」


「む……むぅ……」


 俺の提案に、エルトが躊躇するそぶりを見せた時だった。


 ぐぅぅ……と、彼女のお腹の辺りから、ベタな音が聞こえる。


「っ……」


 俺もヨルカもミルカもルゥも、みんな顔を真っ赤にしたエルトをつい見てしまう。けれど、もちろん誰もがソレについては何も言わない。


「こ、これがスプーンです」


 ミルカに強引にスプーンを手渡され、持っていたコップをテーブルに置くと、俺の手にあったスープのお皿を受け取る。


 先ほどと同じように香りをかいで、エルトはスープを口にする。


「っ……あむっ……あむっ」


 一口味わった途端、また一口、また一口と食べ始める。どうやら、お姫様のお口に合ったご様子だ。


「ふん……ま、味だけはわかるようね」


 ホッとしたのも束の間、エルトが食べようと食べまいと不機嫌なルゥに、ちょっとだけため息を吐く。何をやっても気に入らないみたいだ。


「こっちは、フレンチトーストです。今、切り分けますね」


「パン……ですわよね?」


 ミルカの横に座り、このまま食事を続けてくれるみたいで安心する。今後ともすんなり食べてくれるとありがたいのだが。


「ふぅ……」


 今回はミルカのお陰でなんとかなったけど、このお姫様の考え方を、俺なんかが変えたり出来るのだろうかと、不安が募る朝食となるのだった。

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