はじめての召喚
「……」
「ねぇ、カズト? そろそろ頭を切りかえてさ、召喚、試してみようよ?」
学園長が教室から去り、数分が経過していた。今はこれからどういう方向性で物事を学んでいくかについて、担任との面談をする時間だった。と言っても、俺たちはほとんど教科書を見つつ独学で勉強する以外に方法がないらしいので、戦士としての方向性を話し合うことになっていた。
今は雛祭が面談中で、残された俺たちは教科書を見つつ自習中だ。
「召喚士……か」
教科書の最初には、召喚士についてが大まかに書かれていた。特殊な魔法陣を使い、人外を呼び出すことが出来て、会話をしたり、契約をしたり、使い魔にしたりすることの出来る者なのだそうだ。
ポイントなのは、召喚士の才能がある人間以外はその魔法陣が扱えないことと、その逆として、魔法陣を扱うことの出来る者、つまり召喚士は通常の魔法が使えないという部分だ。そう……俺は、通常の魔法が使えない人間だ、ということだ。
「魔法戦士が夢なのに……魔法が、使えないなんて……」
「で、でもカズトは召喚魔法が使えるんでしょ? それも魔法じゃない」
「そう、だけどさ……」
「……もう、カズトは『みんなを守れる人』を目指してるんでしょ? ちょっと自分が想像していた魔法戦士と違うからって、落ち込むのは違うんじゃない?」
「……っ」
そ、そうだ。さっきだってそう思ったじゃないか。俺の夢は変わらない。落ち込んでいる暇があるなら、少しでも召喚士について勉強して、強くなるべきじゃないのか、俺?
「そうだな……うん、目が覚めた。ありがとう、ルゥ」
「お礼はいいから、さ、早く召喚してみよっ」
「……おう」
教科書の最初の見開きには、召喚士とはなんたるかが書かれてあると同時に、召喚についての説明と、一つの魔法陣があった。召喚士にはそれぞれ契約しやすい種族があるらしく、それを特性種族と呼び、このページの魔法陣はソレを調べるためのモノらしい。
「この魔法陣を書いて、魔力を込めつつ詠唱すれば俺の特性種族が出てくるわけか」
「たとえば、何が出てくるの?」
そう訊かれ、ページをめくってみる。すると、次のページからは過去、召喚士たちが召喚し、契約したことのある人外の容姿や強さ、召喚に必要な魔力量などが書かれていた。
「うわっ……魔族も居るな。俺の特性、魔族だったらどうしよう?」
ってか、人類の敵である魔族との契約なんて……出来るのか?
「特性種族って、契約しやすいだけじゃなくて、呼び出す魔力も少ないみたいね」
「そうなのか?」
「えっと……ほら、その『ケルベロス』っていうの? 必要な魔力量の目安のとこ見て」
見ると、召喚に必要な魔力の目安が二つあり、片方には『特性』と書いてあって、特性種族の場合は通常の召喚魔力の半分くらいで済むというのがわかる。つまり、特性は相当重要だ。種族によっては、戦闘のスタイルがかなり変わってくるだろうからな。
「それにしても……」
「……ん? どうした、ルゥ?」
パラパラとページをめくっていると、それを見ながらルゥはやけに真剣な表情で呟く。
「かなりの数の種族がいるんだな、って思って……」
確かに、いろんな種族が見て取れた。実際に見たこともあるモノから、見たことも聞いたこともないようなモノ、物語の中にだけ登場すると思っていたようなモノまで、本当に様々だ。
今まで考えてもみなかったけど、魔族だけではなく、こういった種族も『魔界への扉』の向こう側に存在しているのだろうか?
「まぁいいわ。それより、早く特性を調べてみましょ?」
「……そうだな」
ルゥの様子が少し気にはなったが、俺は返事をしつつ立ち上がる。そして壇上にある黒板の前へ移動すると、教科書を見つつチョークで魔法陣を書き始めた。
「……こんなもん、かな」
約十分はかかっただろうか、なんとか魔法陣を書き終え、教室内に居るクラスメイト二人へと振り向く。一応、声をかけておかないとな。
「あ、あのー」
「……」
二人は無言のまま教科書から視線を上げ、こちらを見る。
「これからちょっと、召喚魔法するから……その、一応報告」
「……」
あっそう、という感じで二人はまた視線を教科書へ戻す。
あの二人はきっと、俺にまったく興味がないんだろうな。まぁ、いいけど。
「あとは鬼島先生に……っと」
廊下に出てすぐ隣は教員室となっており、現在、雛祭と鬼島先生が面談をしている最中のはずだ。ノックをして教員室に入ろうかと思っていると、何故か扉が開いていたので、そっと中の様子を伺うと、二人の姿が見えたのでそのまま声をかけることにした。
「あの――、」
「雛祭っ、お前はなんのためにここへ入学したんだっ」
「すみません……」
「……」
な、なんとなく、今、声をかけちゃいけない気がした。
俺はすぐさま回れ右をし、そそくさと教室へ引き返す。
うん……別に召喚士が召喚するのに、いちいち担任の許可なんていらないよな。
べ、別にびびったとか、そんなんじゃないぞ?
「びびったの?」
「違う」
そう返事をしつつ教室に戻り、一度深呼吸をし……改めて黒板の前に立つ。
「うし、じゃあ魔力を込めつつ詠唱っと……」
黒板に書いた魔法陣へと手をかざし、体内をめぐる魔力と、大気にある魔力を混ぜつつ、それを放つ。すると、身体中の力が抜けていく感覚があり、今、まさに魔力が消費されているのだとわかった。そして同時に、魔法陣がぼんやりと光り始める。
「あとは詠唱をするだけで何か出てくるわけね……」
ルゥの言葉に不安と期待の両方が過ぎる。魔族だけはやめて欲しいという不安と、ひょっとしたら火を統べる種族が出てくるんじゃないかという期待だ。
「……ふぅ」
一度だけため息を吐き、頭をからっぽにしつつ、詠唱を呟いた。
「我が特性の者よ、姿を現さんっ……!」
そこから起きた出来事は、間違いなく一瞬だった。
「……へ?」
その出来事から遅れること数秒後、真横に雷でも落ちたかのような音が鳴り響き、身体を押し倒さんばかりの凄まじい衝撃波が襲う。衝撃波のお陰か、辺りに舞い上がっていたほこりがキレイになくなり、改めて、その悲惨な現状が見て取れるようになった。
「う、うそ、だろ?」
教室の天井は姿を消し、太陽の光が差し込んでいた。その天井だったであろうモノなどの瓦礫が辺りには散在しており、魔法陣を書いた黒板は影も形も存在せず、説明では隣にあったらしい訓練室らしきものが見えている。
そう……俺の詠唱一つで、たった一瞬で、教室は廃墟のような様相へと変貌していた。
「……」
さてと、そろそろ状況説明はいいかな?
うん、そうだな、いい加減、現実を見るとしようか。
「ふむ……ここは、人間界か……?」
先ほどから、俺の視界の大半を奪っていたそれが、言葉を発する。
教室を廃墟へと変えた、張本人が。
「ん? ……そうか、お主か」
その低い声に、鋭い視線に、身体が震え上がる。
それは見上げるほどの巨体で、圧倒的な存在感を持つ、物語の中だけの存在のはずと思っていた生き物、『竜』そのものだった。
「お主が、我を呼び出したのか?」
「いいえ違います」
「ん? はっはっは……偽らぬともよい。とって喰うわけではない」
「は、はぁ……」
次の瞬間には喰われそうで、マジで怖い。
「お主は契約をした者ではないな、となると……なるほど、特性者か」
なんだか一人でわかった風に進めているのだが、もうまさしく『竜』という名に相応しい風貌だ。美しいほどの緑色をした外皮に、鋭い爪と牙を持ち、その巨体を持ち上げるのだろう大きな翼が背後に見えていた。俺を見下ろす瞳は金色をしていて、威圧感も、迫力もあるのに……何故か優しさを感じる、そんな瞳だった。
「お主、名をなんという?」
「し、式原、カズトです……」
「カズトか……ではカズト、コレを」
俺の位置からでは見えなかった尻尾らしきものが、目の前までやってくる。その動きに身体が強張り、しばらく動けずにいたのだが、よく見れば尾の先に一冊の本があり、やっと動くようになった身体で、それを手にした。
「こ、これは……?」
「契約書だ」
「……契約書?」
「うむ。それを人間に渡す日がくるとは、思ってもいなかったがな」
契約書ってことは……えっ? 俺、この竜と、契約出来るってことか?
「我は竜族の王、カジェス・ロイア。歓迎するぞ、同胞よ」
竜族の王? 歓迎?
「さぁ、竜の血を持つ者よ、書を開き、我と契約を……」
「……竜の血? 契約……?」
な、なんだ? この竜と……竜の王と、契約……?
「ちょっ、ちょっと待った!」
「ん……?」
竜が、首をかしげる。
「は、話が急すぎてよくわからない……ちょっと、待って貰えませんか?」
「待つ? 何を待つのだ?」
「だ、だから、契約とか、そういうのを……」
「何故契約を待つ必要がある? それに名を刻むだけだぞ?」
「い、いや、えっと……その……あっ、け、契約する場合、何か、することがあるんですよね? 対価というか、契約して貰うための、試練とか」
「無い」
「無いのっ!? えっ……あれぇ?」
「お主は我等が同胞だ。それだけで十分、契約に値する」
「で、でも……」
こんな上手い話、あるか? この竜……カジェスだっけ? と契約して、召喚出来るようになるんなら、もう、ほぼ最強じゃないか? 話が、出来すぎてる……よな?
「な、何故我を疑いの眼差しで見ておる?」
「いや……だって、何か裏がありそうじゃないですか」
「むぅ……そういうことは、思っていても口に出すものではないぞ?」
「あ、あぁ……す、すみません」
「我は、そんなに怪しいか?」
「はい」
「むぅぅ……そ、即答か」
「だ、だって……いきなり竜が登場して、契約するって……さすがに出来すぎかなぁ、って。い、いんちきみたいじゃないですか、最初の契約が、竜の王だなんて……」
「……ふむ、カズトよ、言っておくが、お主が今我と契約を交わしたところで、呼び出すことはまず不可能だぞ?」
「え……? 呼び出すのは、不可能?」
「我を呼び出すには膨大な魔力と特殊な神酒が必要だ。神酒の用意はまだしも、今のお主の魔力量では到底呼び出すことは叶わぬ」
「……呼び出せないのに、契約をするんですか?」
「そうだ。これは古より受け継がれる、同胞との絆を繋ぐ特別な儀式だからな」
「……」
嘘を言っているようには、見えなかった。大人が子供へ、それはそうあるべきだと、教えてくれているような、そんな感覚だった。
「……わかりました」
「うむ。ならばその書を開き、白紙のページへ魔力を使い、名を刻め」
言われるがまま契約書を開き、白紙のページを探し、右手人差し指に魔力を込め、自分の名を刻む。ページいっぱいに、開けばすぐ俺の名前だとわかるくらい、大きく……
「書きました」
「うむ、これで契約完了だ」
「……」
「カズトよ、我がお主と契約をしたのは、特性者であるからという理由だけではない。我がお主を気に入ったというのもあるのだ」
「……俺を、気に入った?」
「人間は我等竜を、空想上の生き物と認識していると聞く。その『空想上の生き物』であるはずのモノ、常識外と行き合ったところ、お主は驚きはしても怖気づきはしなかった。それどころか、思っていることを言いたい放題言う始末……我は気に入ったのだ、その勇気と、胆のでかさをな」
「あ、あぁ……えっと……」
今思い出してみると、相当命知らずな発言だったと思う。
でもまぁ、そんな風に出来たのは……きっと、ルゥのお陰だろう。
ルゥも空想上の生き物だったはずの、『妖精』なのだから。
「いつの日か我を呼び出してみせろ、カズト。この契約が『運ではなかった』とな」
「……はいっ、いつか、必ず!」
「はっはっは、またお主とは会話をしてみたいものだ」
そう言い終えると、バサッと音を立て、大きく翼を広げる。
すごいな……俺が思っていたこと、わかったんだな……本当に、すごい。
「我を呼ぶに必要なモノは『雪の涙』と呼ばれる神酒だ。必ず探し出し、そして魔力を手に入れ、名を呼べ。もう一度名乗ろう、我は竜族の王、カジェス・ロイアだ」
「……うん『また会おう』、カジェス・ロイア」
「はっはっは……あぁ、必ずまた会おう、式原カズト」
にやりと笑い、カジェスの姿はスッと消えていった。
手にあった契約書も消えていて……まるで、夢でも見ていたかのようだ。
「……」
契約書のあった手のひらを見つめながら、ぼーっと考えてしまう。
俺……本当に竜と、契約したのか? ってか、竜は本当に存在したのか? やっぱ夢?
「す、すごかったわね……竜って、実在したんだ……」
「ルゥ……」
俺の服にもぐりこみ、がたがた震えていたルゥが、そんなことを呟いた。
俺だけじゃない、ルゥにまで見えていたのなら……やっぱり……
「し、式原カズトっ!」
声に、横を向くと……教室の出入り口に鬼島先生……だけじゃなく、ものすごい人数の
教師や魔法戦士まで見えて、あぁ、きっとこれから俺は怒られるんだとなんとなく思った。