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契約への想い

2014/10/8 誤字修正しました。

「かっ……カレーが、しみる……」


 午後七時過ぎ頃、少し遅い夕飯を食べていると、カレーが口の中に大量の傷があるのだとわからせてくれていた。


 思い返してみれば、かなりの攻撃を顔にくらった気がするなぁ。


「あれだけの攻撃を受ければ、そりゃ痛いでしょうね」


「ったく、容赦なくボコりやがって、少しは手加減してくれればいいのに……」


「手加減してたら月曜に間に合わないでしょ? あんたディフェンスがダメすぎだし」


「そ、それは……組み手とかする相手、いなかったし」


 一応、一時期夜白ちゃんが稽古をつけてくれていたんだけど、もう一方的に投げられたりするばかりで、相手の攻撃をかわす、なんて練習にはならなかったからな。


「あの妖精はなんとかしてくれなかったの?」


「わたしにも出来ることと出来ないことがあるのよ、って言ってた」


「ま、そりゃそうか」


 その時に、ヨルカやミルカが居ればもっと違ったんだろうけどな。


「それで、ヨルカとミルカはどうなんだ?」


 なんと頼もしいことか、雨澄はヨルカやミルカにまで稽古をつけてくれていた。俺がボコボコにされて休んでいる間に、何度か組み手をしていたり、山の中へ行かせて何かをさせていたりと、色々と指示を出してくれていた。


「いい子たちよ。素直だし、努力家ってのが見てわかるし、教えがいがあるわ」


「そっか……」


「すー……すー……」


 そんな二人は疲れきっていたようで、夕飯もそこそこに眠ってしまった。


 まぁ、俺がカレーを作るのに手間取ったから、というのもあるのだが。


「月曜までに戦える使い魔にするのは無理だけど、ちょっとしたサポート役にはなれるよう進めてるところよ……お茶頂戴」


「ほいお茶……そっか、それは楽しみだな」


「問題はあんただけってことね……あむっ」


「それもそうだけど、あと戦える人外も一人は必要なんだよなぁ」


「必要? どうして?」


「それがさ……」


 一応というか、雛祭としている約束のことについてを雨澄に話す。


 まぁ、もちろんそれだけが理由じゃなくて、俺が召喚士として戦うためには、やっぱり一人くらい戦える人外が必要だと思っていることも伝えた。


 もう、妖精魔法も使えないわけだしな。


「ふーん……あんたも色々と大変なわけね。好感度稼ぎとか」


「そういう言い方はやめてくれって。雨澄だって召喚符が欲しいなら、無償で作るし」


「あたしの好感度を上げたところで、お願い事の数は減らさないわよ」


 だから、本当にそういうのじゃないんだけどな……


「ま、でも確かに『召喚士』として戦うためには必要ね」


「だろ? 俺はサポート魔法すら使えないわけで、完全に他人任せだけどさ」


 そう考えると本当にダメダメなんだな。誰かの力を借りないと戦うことすら出来ない、それが召喚士なわけだ。ルゥが魔王みたいだ、とか言ってたけど違うもんだな。


 出来ることと言えば、体術か剣術と駆使して一緒に肉弾戦か、魔法薬とか魔法アイテムを使ってのサポートってところか。後者はまぁ、お金次第だろうか。


「少なくとも、一人くらいは俺より強い人外と契約したいんだよな……」


「……そう」


「戦うことがものすごく好きで、戦場を探して歩いてるようなヤツで、戦場さえ提供すれば無条件で契約してやる、なーんて都合のいいのが居れば問題ないんだけど……」


「……ふーん……」


「……ん? どうかしたか?」


 なんだか心なし、雨澄の顔が赤いような?


「べ、別になんでも? さ、無駄話はこの辺りにして、さっさと寝るわよ」


 皿に残っていたカレーをささっと食べ終え、雨澄は立ち上がる。


「無駄話とはヒドイな……」


「時間はもう少ないんだから、睡眠時間だって少ないわよ?」


「それは覚悟してます」


「よろしい。ところであんた、寝袋とか持ってきたの?」


「いや、まさかこういうシチュエーションになるとは思ってなくて、念のためにヨルカミルカ用に持ってきてた、このブランケットが二つだけ……」


「まったく準備が悪いわね……じゃあ、一枚だけ毛布を貸してあげるわ」


 どんな場所で何をするのか、それを言わなかった雨澄にも問題があるのでは?


「そこに落ち葉が山盛りになってるから、それを敷いて寝れば背中も痛くないわよ」


「わかった」


「あたしはこの木の上で寝るから、近づかないように」


「お、おう」


 近づこうと思っても、登れないよ、こんなほとんど枝も無いような木。


 ってか、雨澄はこれどうやって登るつもりなんだ?


「それじゃああたしはもう寝るわ。一応言っておくけど、この焚き火、消すとちょっとした獣とか、はぐれ妖怪が集まってくるかもしれないから、気をつけてね」


「えっ、ちょっ、今さらっと重要なこと言わなかったかっ!?」


「ん? そんなに重要なこと? 一時間間隔くらいで起きて焚き火を消さないようにするか、あたしみたいに木の上で寝れば大丈夫なことじゃない」


「……」


「それじゃ、おやすみ」


 シュンと風を切るような音だけを残し、雨澄の姿は消える。どうやらただものすごい力でジャンプしたようで、目の前にある木の上からごそごそと音だけが聞こえていた。


「……俺は、どうすればいいんだ?」


 ガサガサっとどこかで音が聞こえるだけで、ビクッとしてしまう。


「き、木の上か? いや、登れないし、落ちるだろ……」


 しばらくキョロキョロした後、ぎゅっとヨルカとミルカを抱え込み、俺は決心した。


 今夜は……眠れない戦いになりそうだ! と。




◆◆◆




 雨澄が居なくなってから三十分は過ぎただろうか、ビクビクしつつカレーを食べ終え、教科書を見つつ焚き火に新しい薪をくべていると、突然にヨルカが目を覚ます。


 もう本当に突然だったので、心臓が止まるかと思うくらい、驚いていた。


「ご主人様、お風呂に入りましょう……」


 寝ぼけているのか、少し呂律が怪しい感じで、ふにゃっとした提案だった。


「ヨルカ、残念だけどここは山で、お風呂はないんだ」


「お昼にミルカと山の中を歩いている時に、温泉があったんです……」


「温泉?」


「はい……ほらミルカ、起きて?」


「にゅぅ……ん? どうしたの、ヨルちゃん?」


「汗いっぱいかいたし、お風呂に入ろうって……」


「……あの温泉?」


「うん……ご主人様、行きましょう」


 うとうとしつつも二人が立ち上がるので、俺は荷物の中から着替えとタオルを取り出し、焚き火に少し多くの薪をくべておいて、二人についていく。


 一応、雨澄に声をかけておこうと思ったのだが、声をかける方法が大声以外に思いつかなかったので、やめておいた。


「……」


 無言のまま、ヨルカの目の光を頼りに山の中を進んでいると、少しだけ気温が上がったような気がした。そしてそれが湯気のせいだと気づいた時には、それが見えていた。


「……温泉……」


 そこは急な崖の手前にあり、大きな岩や、誰かが作ったのだろう木で出来た柵で囲まれた、まさに天然の温泉だった。お湯の透明度は素晴らしく、くっきりと底が見えるほどだ。


「これなら、入っても大丈夫そうだな」


 ひょっとしたら獣や妖怪が入っているんじゃないだろうか、なんて思っていたけどそんなこともなく、ゆっくりと服を脱ぎ始めているヨルカとミルカを木の柵の横まで移動させて、俺も服を脱ぐ。


 シャンプーやボディソープ等はないけど、汗を流せるだけでありがたいか。


「お、丁度いいくらいの温度?」


 温度を確かめつつ、手でお湯を軽くすくって身体にかけ、ゆっくりと中へ浸かる。


「ふぅー……きもちいぃ……」


 丁度いい湯加減で、なんだか、疲れが溶け出していくような感覚だ……


「きもちいーですね、ご主人様……」


「身体中の力が、抜けていく感じがしますぅ……」


 いつもの二人だったら泳いだりしそうな展開だが、疲れきっているのと眠気で、ゆったりと浸かっているみたいだ。


「ふぅー……」


 この気持ちよさ、もうため息しか出てこない。月がとてもキレイで、その明かりのお陰で少しだけ見えているが紅葉たちもキレイで……まさに、極楽だ。


 これであとは可愛い女の子が隣に居れば文句なしだな、なんて、ルゥが聞いたら『失礼ね、わたしが居るじゃない』なんて言い出しそうだと妄想を浮かべる。


 ――ちゃんぷん。


「っ!?」


 不意に水音が聞こえ、その音の方へ顔を向ける。


 崖から石でも転がって落ちたんだろうか? なんて思っていると、大きな岩の陰から……


「んんぅー……今日もいい月夜ね……」


「っ……!」


 俺は声にならない声を上げた。そこにはなんと素っ裸で、どこも隠すことなく、見たこともないような優しい微笑で歩いてくる……雨澄の姿があった。


「もうすぐ満月かなぁ……あれ? 欠け始め、かな?」


 月を見上げていて俺という存在に気づかないのか、どんどんこちらへと近づいてくる。


 ささやかだと思っていたけど、しっかりと膨らみが感じられる胸。きゅっと引き締まったボディ。踏まれてもいいとまで思ってしまうほどの美脚。少し湯に浸かっていたのだろう、ほんのりと赤い肌、塗れた髪……すべてがハッキリ見えていて、言葉がなかった。


「明日は何か飲み物でも持って……ん?」


 ふと、雨澄と視線が合う。


 ここで黙り込むのもどうかと感じ、俺は、声をかけることにした。


「よ、よう……いい、月夜、だな」


「………………――――っっっ!?」


 状況がやっと飲み込めたのか、雨澄は一瞬の内に身体を反転させつつザブンとお湯へと浸かる。その音に驚いたのか、ヨルカとミルカがビクッとしていた。


「な、ななな、ななっ、なんで、あんたが!?」


「あー……いや、ヨルカとミルカがお風呂に入りたいと言い出してな……」


「あたしに声かけなさいよっ!」


「いや、その方法が思いつかなくてさ」


「……もぅ……しにたぃ……」


 雨澄が何や呟いているようだったが、よく聞こえない。


「えと……それじゃあ、俺は出るよ」


「えっ……いや別に、追い出すつもりはないけど……あんたが悪いわけじゃ、ないし」


「で、でも……」


「ここは元々混浴だし、あたしがいいって言ってるんだから、いいの」


「……そっか、じゃあ、遠慮なく……」


 もう少し浸かっていたい、という気持ちがあったので、本当に遠慮なく居座ることにする。一応念のため、身体を反転させておくけど。


「……」


「……」


 沈黙が、やけに辛い。何か、話題はないだろうか……


「な、なぁ、雨澄の妹って、どんな子なんだ?」


「え……? ど、どうしたの、いきなり?」


「いや、聞いた時から、ちょっと気になってて……」


「べ、別に? ちょっと残念な部分はあるけど、普通の子よ」


「そ、そっか……」


「う、うん……」


「お、俺はさ、兄弟いないからよくわからないけど、妹が居るって、どうなんだ?」


「どう、って言われても……」


「歳の近い家族がいるのって、どんな感覚なのかなぁって」


「……あの妖精は、どうだったの?」


「えっ、ルゥ?」


「あいつが、あんたにとってそんな感じだったんじゃないの?」


「…………ルゥは、ちょっと違う、と思う」


 あいつは姉とか妹とか、そんな感じじゃなくて……


「……やっぱり居なくなって、寂しい?」


「……そりゃあ、な」


 寂しくないわけが、なかった。ちょっとしたことですぐ思い出してしまうくらい、あいつの存在は大きかった。もう、日常だったんだ、ルゥが隣に居るのは……


「ルゥは……俺の、片割れだったからな」


「……そう」


「寂しいよ、やっぱりさ……」


「…………ねぇ?」


「ん……?」


 つい振り返りそうになるのを我慢しつつ、雨澄の言葉を待つ。


「さっきの話なんだけどさ……」


「なんのこと?」


「一人くらいは自分より強い人外と契約したい、って話」


「あぁ、うん」


「その……あたしなんて、どう?」


「……えっ?」


 どういう意味だろう?


「あ、あたしだったらその、別に試験とか無しに契約してあげるけど……」


「……雨澄と、契約?」


「い、一応あたし、妖怪だから……あんたとも契約出来るのよね……ほら、見て」


 声に振り向くと、ポンと、雨澄の手にスクロールが出現する。そしてそれを開いて見せてくれると、それはヨルカやミルカと契約した時に見た、契約書と似ているモノだった。


「ここにあんたの名前を書けば、あたしを呼び出すことが可能になるわ」


「……いや、でも……」


「あたしとしてもメリットがあるの。呼び出してもらえればあんたの魔力を借りて大きな魔法や術が使えるし、身体能力も上がったりして普段より強くなれるしね」


「教科書に『召喚士は魔力タンクのようなものだ』って冗談っぽく書かれてたけど、アレはそれほど冗談でもない、ってことか……」


 でもまぁ、一応召喚すれば召喚された側にもメリットがあるってのは、良い情報だ。


 ただ他人任せにして何もしてないヤツ……ってわけじゃなくなるからな、一応。


「だ、だから……その、あんたがどうしてもって言うなら……」


「……」


 それは、本当に嬉しい言葉だった。雨澄の全力を見たわけじゃないけど、今の時点でも十分に強いとわかるほどだ、申し分ないと言い切っていいだろう。


 それに、雨澄がそんなことを言ってくれているだけで、俺は……


「……どうする?」


 ……でも……


「ごめん、雨澄……」


「……え?」


 雨澄の悲しそうな声に、顔が見られなかった。


「そのさ……雨澄はすごいよ。強いし、頼りになるし、契約してもらえれば俺だってすっごく嬉しい……でも、今の俺に、その資格は無いんじゃないかって思うんだ」


「……どうして?」


「俺はまだ……何も成し遂げてない。ヨルカやミルカは本当に運が良かっただけで、試験を受けて契約した人外なんて、一人も居ない。カジェス……初日に契約した竜だってそうだ。あれこそ本当に運だ。だから俺は……そんな俺は、雨澄と契約するに値しない」


「でも、勝つためには手段を選ばないべきだと、あたしは思うけど?」


 その言葉に、つい苦笑いが浮かぶ。


「雨澄の言う通りかもしれない……けど、俺は『そこ』にこだわりたいんだ」


「……そう。うん、確かに、それはわかる気もするわ……」


「だから……ごめん。今の俺には、雨澄は勿体無すぎるよ」


「…………そう、わかったわ」


 その声は、少し笑っているように聞こえたので、俺は顔を上げる。


 すると、雨澄は柔らかい笑顔でこちらを見ていて……


「いつか、あたしとの契約を断ったこと、後悔すればいいわ」


 雨澄らしいその言葉に、つい笑ってしまう。


「俺がもし、雨澄と契約するに値する人間になれたら……その時は申し込ませて貰うよ」


「その時は試験、むちゃくちゃ厳しいものにしてあげるから、覚悟しておきなさい」


「お手柔らかに頼むよ」


 そんなことを言って、二人してくすくすと笑ってしまう。


 ルゥ……お前の選択は正しかったよ。雨澄はきっと、どんなことを相談しても真剣に聞いて答えてくれる、そういう人だ。ルゥが信じられると言った子は、真に信用できる、心の優しい子だったよ。まるで…………いや、そういうたとえは失礼か。


「あー……のぼせそう、あたしもう出るから、あっち向いてて」


「お、おう」


 再び背を向けると、ちゃぷん、と雨澄が立ち上がった音が聞こえ、少しずつ気配が遠ざかっていく感じがした。


「……」


 そして。


「……ばーか……」


「え……?」


 何かが聞こえたと思ったと同時に、雨澄の気配は消えた。


「……」


 もちろん振り返っても雨澄の姿はなく……


「……おーい、ヨルカ、ミルカ?」


「ふなっ!?」


 すっかりお湯の中で眠ってしまっていた二人を起こし、俺も温泉から上がるのだった。


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