一つ向こうの世界へ
元々持っていた荷物に加え、コンビニで買った大量のモノまで全部俺が一人で持ち運んでいたため、予想外に早くやってきた限界に、そろそろ弱音を吐こうと思い始めていた頃、やっと雨澄の足は止まる。歩き始めて、もう二十分は経っていた。
「ここ、なのか?」
そこは、とある神社の入り口だった。長い階段の果ては遠くに小さく見えており、これを上るなら相当時間がかかるんだろうなと予想される。
「さ、上るわよ」
「マジか、ちょっと休ませてくれない?」
「……そうね、少し休みましょうか」
許しを貰い、俺は階段の一段目に腰を下ろしつつ、荷物を下ろす。
すると、じーんと手に痺れが走った。
「ふぅ、疲れたぁ」
「御主人様、やっぱりワタシも持ちます」
「いや、さすがにこの重さを持たすわけにはいかないって」
「で、でもぉ……」
「ありがとな、ミルカ。でもな、ここからは階段だし、ちょっと危ないからな」
「……」
ふと、雨澄の視線を感じる。
「ねぇ式原、鞄くらいは持たせてあげたら?」
「えっ、鞄?」
ってか、持たせてあげたら、ってどういう意味だ?
「それなら一人でも持てるし、なんならヨルカちゃんと二人で持てばいいじゃない?」
「も、持たせて下さいっ! 頑張りますからっ!」
「……わかった。じゃあこの鞄持って三十段ほと数えて上ってみようか。一応テストな」
「は、はいっ!」
「ミルカ、鞄だし交代で背負わない?」
「うんっ」
鞄を渡すと、ミルカがそれを重そうに背負い、助けるようにヨルカもそれを支えた。
「うっ……あ、あがれない……」
「やっぱり、二人で持とうか?」
背負ってでは無理だと判断したらしく、二人で持ち鞄を持ち、階段を上っていく。
そんな二人をハラハラしながら見ていると、雨澄が小声で声をかけてくる。
「過保護は、あの子たちのためにならないわよ」
「いや、でも危ないだろ?」
「やりたいって言ってるんだから、これくらいはやらせてあげないとダメ」
「う、うん……そう、かも?」
「あたしは妹が居たからわかるけど、全部やってあげてるとダメな子になるわよ」
「……もしかして雨澄の妹、ダメな子なのか?」
「うっ……まぁ、いろんな意味でね」
なんだかちょっと、会ってみたくなった。いつか、会えるかな?
「御主人様~! 三十、上りました~!」
「大丈夫そうか~?」
「はい~! 頑張りま~す!」
そうだな。二人がやりたいって言ってるんだ……ここは、やらせるべきだな。
「二人を先に上らせて、後ろから注意して見てれば大丈夫か」
「そうね、それがいいと思うわ」
「……その、ありがとな」
「な、何よ……別に、感謝されるようなことはしてないけど」
いや、本当に感謝だ。俺ももう少し、二人のことを考えて行動していかないといけないな。雨澄のお陰で、それに気づけた。それは、本当にありがたいことだ。
「なんか、教育方針で言い合った夫婦みたいだよな」
思い切り、殴られた。
◆◆◆
階段を上り終えると、そこは本当にどこにでもあるような神社だった。宮司さんがきっちりとした人なのか、ものすごくキレイだと思う他は、実家の近所にあった夜白ちゃんの家の神社とほとんど変わらない、ごく普通の様相だ。
「ほら、行くわよ」
狛犬ではなく、お狐様が居るということは……稲荷神社だろうか?
「もしかしてここ、雨澄の家なのか?」
「知り合いの家よ」
すたすたと歩いていく雨澄をよそに、俺はキョロキョロしながらついていく。
特に何か変わったものがあるわけじゃないんだけど、何か視線を感じるというか……
「って、なんで裏側に?」
「ここに入り口があるのよ」
そこはこの神社の一番奥、本殿の裏にあたる所で、それ以上進めば山の中に入っていくという、そういう場所だった。
「えっ? 入り口って、まさか本当に山の中へ入るのか?」
「違う……まぁ、ちょっと見てて」
と言うと、目を瞑り、静かに深呼吸をして……スッと瞼を持ち上げる。
すると、雨澄の身体から青い湯気のようなモノが立ち上り始め、同時にあの狐耳と尻尾が姿を現し、髪が金色へと変わっていく。
「あぁ、ここね」
数歩進み、左手を横に払ったと思うと、それは現れる。
「なっ……えっ?」
「さ、入るわよ」
次元の断層、とでも言えばいいんだろうか? 宙に切れ目が入り、その中には別の景色が見えていた。今は春なのに、その向こうには、紅葉が見えている。
「入るって、その切れ目に?」
「他に何があるのよ……ほら、行くわよ」
まったく躊躇することなく、雨澄はその切れ目の中に入っていく。まぁ、それが雨澄にとってはごく当たり前にことなんだろうけど……そこがどこなのかがわかっていない俺からすると、ものすごく勇気がいる行為だ。
「まさか、あの世とか魔界とか言わないよな?」
「御主人様、行かないんですか?」
足を止めて躊躇している俺をよそに、ヨルカとミルカは入り口でこちらを見ていた。
「いや……行くよ」
決心した俺の言葉を聞き、先にヨルカとミルカが切れ目の中へと入っていく。
そして俺は一度だけ深く深呼吸をして、その中へ向けて歩みだした。
「……んっ」
切れ目に入った瞬間、小さく身体が揺れたような感覚はあったが、それ以外は特に違和感はなく、そこへ辿り着いた。紅葉が赤く燃え盛り、イチョウ舞うその場所へ。
「ようこそ、幽界へ」
「ゆうかい?」
「あの世とか霊界とか、そういう風にも呼ばれている場所よ」
「俺、死んだのかっ!?」
いや、正確には殺されたのかっ!?
「死んでないって。言えば魔界と同じ『一つ向こうの世界』ってヤツね」
「一つ向こうの、世界」
「そ。出入りの方法を知らないと、まずお目にかかれない場所よ。まぁ、たまに迷い込んで帰れなくなる人も居るみたいだけど」
それって、神隠しってヤツ?
「ま、まぁ、死んでないならいいけど」
「ここはね、昔からあたしの遊び場なの。とある山の奥のさらに奥の方にあって、だーれもこないような場所だから、思いっきり魔法とか使っても大丈夫よ」
「いや、魔力のある土地じゃないみたいだから、魔法は使えないって」
「あんただけじゃ、確かに魔法は使えないわね」
「雨澄が居れば、魔法が使えるみたいな言い方だな?」
「ちなみにあたしは使えるわよ、魔法」
「へ……? なんで?」
そんなコト、ありえない。だってそれは、魔法の理論をぶち壊しかねないことだぞ?
「あたしは妖怪だって話はしたわよね? まぁ正確に言えば、父が人間で母が妖怪、半妖ってヤツなんだけど、妖怪には霊力ってのがあるわけ。それは魔力みたいなもんで、あたしたち妖怪はそれで術を使ったりするのよ」
「つまり、魔法のようなものが使える、と?」
「そ。で、あたしはちょっと特別で、人間の血も半分流れてて運よく魔力も持ってるの。そして、コレ」
雨澄が見せたのは、いつも腰に下げている、狐のお面だった。
「コレはちょっと特別なお面でね、これを被って霊力を解放すると、魔力に変換できるって優れものなの。意味、わかる?」
「霊力分の力も魔力になって、雨澄は通常の倍くらい魔力を使えるってこと?」
「それもまぁそうなんだけど、そうじゃなくて、あたしの身体の周りにある霊力が魔力に変換されるのよ?」
「あ、その魔力を使えば、魔法が使える?」
そういえば聞いたことがある。世界には数人、尋常じゃないほどの魔力を持っている人が居て、その人の周りにはその魔力が漏れ出している、と。そしてその漏れ出している魔力があれば、近くに『魔界への扉』がなくても魔法が使えるのだとか。
魔法とは、身体の内にある魔力と、大気に存在する魔力の両方を使って初めて使用が可能となるわけだからな。
「満月の日みたいに、大気の魔力が濃ければ濃いほど使用する魔法の威力はでかくなる。このお面の強さはあたしが使う魔法だけが強くなるってトコなんだけど、実はそれだけじゃなくて、魔力が存在しない場所でも魔法を使うことが出来る、ってトコなのよ」
高レベルな技術らしいけど、魔力を集中させて体外に溢れさせる方法がそうだ。
でもそれは魔法の威力が多少でかくなったり、防御力が高まる程度で、何も無い場所で魔法が使えるようなモノではない。
つまり、この狐のお面は、ものすごく危険なアイテムということになり得る。
「な、なんで雨澄が、そんなモノを?」
「母様が自分の尻尾を一つ売ってまで、買ってくれたのよ。あなたには魔力もあるんだからコレがあった方がいいでしょうって。このお面ね、本来は別の形をしてて、もっと違う使い方をするんだけど、あたし用にって、わざわざ作ってくれたの」
何やらツッコミ所が多い台詞だったのだが、水を差すのもなんだと思い自重する。
まぁ、つまりは雨澄が持ってるお面はほぼ一点もので、本来使用する用途とは別の使い方をしてるってわけか。そりゃそうか。こんな凶悪なアイテムが複数存在していたら、大きな事件が起きてても不思議じゃないしな。
「頼むから魔力がない場所で、冗談でも攻撃魔法だけは撃たないでくれよ?」
「わかってるわよ。魔力がない場所で魔法なんて当たったら、多分即死するわよ?」
大気に魔力がないってことは、魔法に対するガードが出来ないってことだからな。
本物の剣で剣道をやってるようなもんだ。洒落にならない。
「とまぁ説明がすっごく長くなったけど、あたしの霊力を使えば、あんたも小さいながら魔法が使えるってわけ。あたしはすっごく疲れるけど」
「なるほど、雨澄の身体の周りに発生する魔力を使えばいいわけか」
「まぁ、そもそもあんたが魔法を使うなんてこと、無いかもしれないけどね」
「……いやいや、一応、人外と契約するためには召喚をしないといけないからな」
一瞬だけ、そういやそうだな、と思ったのは秘密だ。
「さてと、それじゃあさっそく、修行を始めましょうか」
「お、お手柔らかにお願いします」
まずは近くにあった大銀杏の下に鞄などを置き、動きやすい格好へと着替える。
着替え終わると何故か雨澄の姿がなく、どこへ行ったのだろうとキョロキョロしていると、体操服で戻ってくる。彼女もどこかで動きやすい恰好に着替えてきたみたいだ。
これでパンツを気にせず修行が出来るなと思うと、少しだけホッとする。
「んー……どうして体操服の下がブルマなのかしら」
「学園長の趣味なんじゃね?」
「普通の学校は、もうブルマなんて廃止されてるって聞いたのに……」
心の中で、オリオネスグッジョブ、とつい言ってしまうほど、雨澄のブルマ姿は似合っていた。美脚がさらに強調されたようなそのスタイルは、もうあの足になら蹴られてもいいなとも思えるほどで……って、俺は何を考えてるんだ。そんなわけない、よな?
「何ぶつぶつ言ってるの?」
「いや別に? それじゃあ始めようか。何するのかは知らないけど」
「まずはあんたから攻撃してきなさい。一応、攻めがどれほどか見てみたいし」
「なるほど……それじゃあ、怪我するなよっ」
「あんたこそね」
そう言った雨澄は、狐のお面を被り、スッと狐モード(俺命名)になる。
「怪我、させるなよっ!」
「言い直してないでかかってきなさいっ」
まったく勝てる気はしないが、仕掛けないと修行にはならない。
俺は自分にそう言い聞かせ、爆弾処理班のような気持ちで駆け出した。




