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属性

「入学おめでとう。君は一組、火のクラスだ」


 だだっ広い体育館の壇上で、一人の女の子が緊張した面持ちの中、サンタクロースのような長いひげを持つ学園長にそう告げられていた。そしてその言葉と同時に、それを見守っていた『火のクラス』に所属する生徒たちから拍手が上がる。


「……」


 が、俺にはそんなことどうでもよくて……もう少しで自分の番が回ってくる思うと、情けないことだが、身体が震えていた。


「ねぇねぇ、顔がものすごーく、強張ってるけど?」


「うるさい」


 小声でそう返すと、彼女……ルゥは、にやにやしながら続ける。


「あー、あと少しであんたがあこがれる火属性じゃないって告げられるかと思うと……くすくすっ、笑えちゃうねっ!」


「もう黙ってくれ」


 まだ、そうと決まったわけじゃない。可能性は、あるんだ。


 性格的には、火属性じゃないって言われ続けてきたけど……


「い、今まで火属性だって仮定して必死に努力してきたけど、やっと、む、無駄ってわかるわけね……あはははははははっ!」


「うせろ」


 俺の言葉なんてまったく気にすることなく、彼女は視界内でげらげら笑い転げている。


 もちろん、俺以外に誰も気にする者は居ない。


「入学おめでとう。君は三組、雷のクラスだ」


 今日はこれから俺が三年間通う、魔法戦士育成学園オリオネスの入学式の日だった。


 そして今はその入学式のクライマックス、学園長自らが新入生一人一人に行うクラス分けの儀式、通称『選別の儀』の最中で……俺は、死ぬほど緊張していた。昔、俺を助けてくれた命の恩人を目指して数年、やっとここまで辿り着けていたのだから。


「入学おめでとう。君は五組、風のクラスだ」


 魔法戦士育成の学園は努力よりも才能が優先されるため、最初に行うのは個人の一番才能のある『属性』を調べること……つまり、この『選別の儀』というわけだ。


「次、式原(しきはら)カズト」


「はいっ!」


 名前を呼ばれ、大きく返事をすると同時に、学園長へと歩み寄る。


 ついに……ついに、この時がきた。あの人と……俺のあこれがれの人と同じ、火のクラスに配属されるか否かの、この時がっ!!


「……ふむ……」


「……?」


 今まで、どの生徒に対してもほぼ即答をしていた学園長が、眉をひそめる。


 な、なんだ? まさか、今更魔法戦士としての才能がないとか、言わないよな?


 ドキドキしながら言葉を待っていると、やっと、学園長が口を開いた。


「これは、十七年ぶりですね。入学おめでとう、君は六組、特別クラスだ」


「…………へ?」


 六組? 一組じゃなくて……六組? ってか、五組までのはずでは?


「式原カズト、こちらへきなさい」


 頭が真っ白になり、ぽけーっと学園長を見つめていると、教師らしき人に呼ばれたので、俺はとぼとぼと『選別の儀』が終わった生徒たちの集められている場所へと向かう。


「……え?」


 よくわからないのだが、とりあえず言えることは……火のクラスへの配属の可能性が、なくなったということだった。




◆◆◆




「ぷぷぷっ……もう、最高っ!」


 視界の横で、メイド服を着た害虫がうるさかった。


「火のクラスになれないどころか、隔離されちゃってるしっ……!」


「ルゥ、頼むからマジで黙ってくれ……」


 入学式が終わり、机も椅子もない殺風景な教室に案内された俺は、後ろの隅っこで、外を眺めていた。同じ教室内に居るのは、俺とルゥを除けば、女の子が三人だけ。ここまで案内をしてくれた教師はすでに姿がなく、今は、担任が来るのを待っている状態だった。


「特別クラスって、なんだよ……」


 通常、『選別の儀』では魔法五大元素である火、水、地、風、雷のどれかに当てはまるはずなのだから……つまり、どの才能も無い、ということなのだろう。魔法五大元素以外の属性があることは知ってるけど……夢だった火属性の才能はもう、完全にありえないものとなっていた。


「ま、まぁまぁ、ひょっとしたら上位的な才能かもしれないじゃない」


 俺があまりにも落ち込んでいたからか、ルゥは急にフォローするようにそう言った。


「……上位的な才能って?」


「たとえば、火属性を超越した属性、炎属性! ……とか?」


「なるほどっ!」


 そうか、そんな可能性があったのか! いやっほう! 俺、出世街道まっしぐらかっ!


「うわぁ、本気にしてるよぉ」


「炎属性……っ、やばい、俺、スペシャルすぎるだろっ……!」


「あのー、もしもし? 頭、大丈夫ですかー?」


「そうか、俺は特別な才能を持っていたからこそ、お前が見えてたんだな」


「……え? どうしてそうなっちゃうの?」


「お前が『炎の妖精』だったとか、そういうオチが俺には見えた!」


「そっかなぁ……まぁ、わたしはそれでもいいけど」


「『炎の妖精』をつれた魔法戦士……カッコよすぎるだろ、俺っ」


「……まぁ、カズトの才能が炎って決まったわけじゃないけどね」


 そんなことを言いながら、どうでもいいや、という風な表情でルゥは俺の肩の上に座る。


 すると同時に、教室の扉の開閉音と共に二十代だろうと思われる女教師が入ってきた。


「四人とも何をしている、すぐに着席しろ」


 鋭い眼光で俺たちを睨みつけ、少し声を荒らげながら女教師はそう言う。


 いやいや、着席も何も、机も椅子も無いのがわかりませんかね?


「すみません先生、机も椅子も、用意されていないのですが」


 教室の真ん中にずっと直立不動で立っていた、魔法戦士としては珍しく、腰まである長い髪の子が、おっとりとした声で、誰もが思っていたことを伝えてくれる。


「そうか、なら床へ正座しろ」


「えっ……?」


「ん? なんだその不満そうな顔は? さっさと座れ」


 その高圧的な態度に、言い返す言葉も見つからず、とりあえず床に正座する。


 すると、俺に習うかのように他三人も床へ正座した。


「諸君、最初に言っておきたい、大切なことがある」


 女教師は着ていたグレーのスーツを一度正し、メガネをくいと指で上げ、言った。


「お前たちは豚だっ!」


「えぇっ!?」


「これから三年間飼育される、無駄飯ぐらいの家畜だっ!」


「……………………」


「……冗談だ」


 俺たちの反応を見て、くすくすと笑っている。


 間違いない、この人、変な人だ。


「私の名前は鬼島(おにしま)桃子(とうこ)、この学園の教頭をしている。魔法五大属性と『例外な属性』すべての指導をする免許を持つため、この特別クラスの担任となった……よろしく」


 よろしく、の言葉に俺を含めた全員が会釈をする。


「さて、まずは『特別クラス』について説明しよう。この特別クラスというのは、ごく稀に居る魔法五大元素以外の才能を持った者が配属されるクラスだ。約十年に一人くらい入学してくるのだが、このオリオネスの長い歴史の中で同時に四人というのは初……本当に特別だ、お前たちは」


 俺たちが、特別……


「だが、それでも私はお前たちを特別視するつもりは無い。他生徒となんら変わらない接し方をする。だからお前たちも、自分たちが特別だなどとふざけた考え方をするのはやめておけよ? 自分のためにも、だ」


 そう言い、一度俺たち全員をそれぞれ見回し、頷いて話を続ける。


「私は自らの信念を貫き通す人間が好きだ。たとえどんな辛い状況にあったとしても、自ら決めたことを曲げず、最後まで自分を持って学園生活を歩んでくれ」


「……先生……」


 その言葉に、少し心が震えた。


 そうだ、火のクラスになれなかったからって、くさっちゃダメだ。俺は火属性の魔法を扱う戦士を目指したんじゃない。みんなを守れる人間を目指したんだ!


「……」


 この先生、結構いい人なのかも……なんて、そう思った。


「あぁ、ちなみに私が言うことは絶対だからな、信念があっても曲げろ」


「……えぇえっ!?」


 これが担任、鬼島先生との出会いだった。


 鬼島先生のありがたーいお言葉の後、俺たちの教室に学園長がやってきていた。話によると、今から俺たちが何の才能があるかを改めて調べてくれるそうだ。ちなみにだが、本当にありがたいことに、学園長は人数分の机と椅子を持ってきてくれていた。


「では泡波(あわなみ)深湖(みこ)、こちらへきなさい」


 名前を呼ばれ立ち上がったのは、女の子の中で特別小さい……いや、小柄な子だった。


 真っ黒な髪でショートカット、能面のように無表情で、なんとなく日本人形を想像させる子だ。しかし小さ……小柄だな。


「それでは、この水晶に手をあてなさい」


 学園長が懐から取り出したのは、バレーボールサイズくらいの水晶だった。


 どうやってあんな大きさの物を懐に忍ばせていたのか、方法を聞いてみたいものだ。


「……」


 言われるがまま、泡波深湖は水晶へと手をやる。


 すると、水晶を差し出していた学園長の手が、ストンと十センチ以上落ちた。


「なるほど……君は『重力属性』を持っているようですね」


「重力ですか……では泡波、コレを」


 結果を聞いた鬼島先生は、大量に持っていた本の中から一冊を取り出し、泡波に手渡す。


「これが今日からあなたの教科書です。大切にしなさい」


「……ありがとうございます」


 立ち上がり、属性を知り、教科書を貰い、また座るまで、結局一度も表情を浮かべなかった泡波。多分だけど、コイツも相当変なヤツなのだろうと思った。


 しかし重力属性って……どんな魔法なんだろう? いや、重力を操るんだろうけどさ。


「では次、雨澄(うすみ)七羽(ななは)、こちらへきなさい」


「はい……」


 今度立ち上がったのは、いかにも不機嫌そうな顔をしているポニーテールの子だった。


教室内で見かけた時から思っていたが、思わず見入ってしまうほどの美脚の持ち主で、つい今も見入ってしまっているほどだ。しかし、あの腰にある狐のお面はなんだろう?


「それでは、水晶に手をあてなさい」


 気持ち緊張したような表情になりつつ、雨澄は水晶へと手をやる。


 すると、今まで透き通るような透明だった水晶が、黒く変色していく……


「なるほど、君は『闇属性』を持っているようですね」


「……闇、ですか。では雨澄、コレを」


 泡波の時と違い、雨澄は二冊の本を受け取っている。


「これが今日からあなたの教科書です。大切にしなさい」


「はい。ありがとうございます」


 教科書を受け取り、雨澄は少しだけ嬉しそうに座っていた場所へ戻る。が途中、俺と目が合い、瞬時に不機嫌そうな顔になったのだが……何故だろうか。


「では次、式原カズト、こちらへきなさい」


「は、はい!」


 雨澄に気を取られているところで名を呼ばれ、焦って返事をしてしまう。


「ふふ……大丈夫ですよ、落ち着いて」


「は、はい……」


 特に緊張していたつもりはないのだが、、優しい笑顔の学園長を見ていると、ホッとしている自分が居た。どうやら知らぬ間に、緊張していたようだ。


「それでは、水晶に手をあてなさい」


「さてさて、あんたの属性はなんなんだろうねー」


 今まで静かだったルゥが急に話し始め、ドクンと大きく心臓が鳴った。


 今度こそ決まる。魔法戦士としての未来を大きく左右する属性の才能が、今、決まる!


「ほぉ……これは珍しい……」


 水晶へと手が触れた瞬間、学園長がそう言った。見ると、水晶の中に見たことも無い魔法陣が浮かび上がっていて……えっ? 珍しい? やっぱり、マジで炎属性!?


「君は『召喚士』の才能を持っているようですね」


「…………え? しょ、召喚、士? それって……なんの属性ですか?」


「残念ながら、君に属性魔法の才能はないようです」


「……え?」


 属性魔法の才能が……ない? それって、魔法の才能がない……ってこと?


「この教科書を読んで、召喚士がなんたるか、しっかり勉強しなさい」


「……は、はい……」


 鬼島先生に教科書を手渡され、受け取り……また、席へと座る。


「……ぇ?」


 魔法の才能はないのに、教科書はある……どういうことだ?


 わけがわからず、とにかく俺は、すぐに教科書を開いた。


「では次、雛祭(ひなまつり)ひな、こちらへきなさい」


「はい」


 もう、周りの声が、耳に入っていなかった。


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