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ルゥの身体

「ここが、ゴールか?」


 足場の悪い中を歩くこと数分、道の終わりは大きく見渡すほど広い、ドーム状の空間へと繋がっていた。よく見れば、丸くなった天井の丁度中心辺りは穴が開いているようで、ここはフラスコのような形をしているんだろうか? なんて、そんな想像をする。


「カズトっ、あそこに何かあるわ!」


 ルゥが指差したのは、この空間の丁度真ん中だろうと思われる付近だった。


 確かに何かがあるような、そんな気がする。


「行くわよ!」


 今までにはないほどのスピードで飛んでいくルゥを追いかけ、俺とヨルカも走る。


 するとしばらくして、やっと『ソレ』がすぐ何か、わかり始めた。


「はっ、はっ、はっ……」


 ソレは……大きな魔法陣の中に倒れる、一人の少女の姿だった。


 少女には数本の鎖が巻き付いていて、所々、文字の書かれた札が貼られている。


 それはまさに『封印されています』と言わんばかりの、様相だ。


「はっ、はっ……っ、ルゥ、もしかして……」


 やっとルゥに追いつき、そう問うと……ゆっくり、頷く。


「これが、わたしの、身体」


 よく見れば、ルゥと同じ、燃えるような赤い髪で、顔も『ある程度』そっくりだった。


 が、背中にはルゥとは違う漆黒の羽があり、耳付近には羊のような巻き角らしきモノまで見える。外見は俺と同じ年齢くらいで、泡波より少し大きい……くらいで、小柄だ。


 って、そんなこと、問題ではなくて……


「……ナイスバディじゃ、なかったな……」


「カズト、言いたいことは、それだけ?」


「いや……ちょっと、言わしてもらっていいか?」


「どうぞ?」


 俺はどうぞと言われたので、たっぷりタメを作った後……本音を言った。


「これ、絶対にお前じゃないだろ?」


「ど、どういう意味よ……?」


「いやいや、ありえないってっ! 誰これ! むちゃくちゃ可愛いじゃん!」


「本当にどういう意味よっ!」


 そう、その倒れている少女は、ヤバイくらいに俺好みだった。


 一目惚れ……とは認めたくないので、それに近い感情を初めて味わっていた。


「えぇー? これマジでお前なの? うわぁ」


「うわぁ、って何よっ!?」


「いや、天は二物を与えないんだなぁ、って思って」


「それどういう意味っ!?」


「いくら可愛くても、中身がルゥじゃなぁって意味」


「わざわざ説明してくれなくてもわかってるわよっ!」


「マジでガッカリです! 中身だけチェンジでお願いします!」


「ひさしぶりに血を見たいようねカズト……」


「……」


「……」


 とりあえず、一通りいつものようなコントが終わったので、二人して考えてしまう。


「……」


 今、俺たちは、長かった道のりのゴールに立っていた。


 二人が出会って、始まった、ルゥの身体探し……


 あれから十数年……俺たちは、辿り着いていた。別れという、ゴールに。


「これが本当にお前の、ルゥの身体なんだな?」


「……うん」


 ここで違うと言われても困るのだが、確かにそれは、ルゥの身体のようだった。


 ルゥの身体だ、と言われる前でも気づけるくらいの容姿だ。間違いないだろう。


「どうして、こんな所にあるんだろうな」


「さぁね……でも、身体に戻ればきっとわかるわ」


 でもその時は、ルゥとの……別れの瞬間だ。


「……」


 予想は予想で、元の身体に戻っただけで今までと変わらず一緒に暮らせるじゃん……なんて展開が普通そうなのに、今までずっと、二人とも、どうしてもそう思えなかった。


「な、なぁ、ルゥ……」


「ねぇ、カズト」


「……ん?」


「十数年なんて、あっという間だったわね」


「……振り返ってみれば、な」


 ルゥとの付き合いは、幼稚園に入る前からだ。親による英才教育的なモノのせいでずっと外で遊べなくて、そんな中、家の庭で出会った、初めての友達だった。


「俺、初めてルゥ見つけたとき、しゃべる虫だと思ってたんだよな」


「失礼ね、どう見たって可愛い妖精じゃない」


「まだあの頃の俺は、妖精なんて単語を知らなかったんだよ……」


 ルゥと友達になってから、散々悪いことをさせられた気がする。


 そのお陰で親からは見離されたし、大怪我もしたけど、代わりに自由を得ていた。


 俺は、今の自分が嫌いじゃない。そんな自分になれたのは、間違いなくルゥのお陰だ。


「ルゥと出会って、妖精って単語を知って……それからいじめられたっけ」


「何それ、わたしのせいでいじめられてたみたいじゃない?」


「間違いではないだろ? ……まぁ、俺にも責任はあるんだろうけど」


 親の教育の賜物か、俺は嘘だけは絶対に吐かないことをルールにしていたので、幼稚園で『友達がいるの?』と聞かれ、ルゥのことを話してしまった。もちろん、その後も否定はせず、むしろ本当に居るんだと主張したから……まぁ、そんな道を歩んだわけだが。


「ま、それでもルゥが居たから、寂しくなかったけどな……」


「……」


「本当に、色々ありがとな、ルゥ」


「ちょ、ちょっとやめてよ……は、恥ずかしいじゃない……」


 頬を染め、ルゥは身体ごと視線を外す。


 言っている俺も恥ずかしいけどさ……でも、もう言えないじゃないか。


 きっとこれが、最後なんだからさ。


「……ま、元気でやりなさいよ」


「……うん……」


「あんたのことだから、いつも通り能天気にやっていくとは思うけど、これからはわたしが居ないんだから、もう少し物事に慎重になりなさいよ。いい?」


「……うん」


 わかってる。


「食事は……まぁ、ヨルカやミルカに多少教えておいたし、雛祭ひなが居るからきっと大丈夫ね。あ、掃除はちゃんと毎週するのよ? 小まめにやることが重要なんだから」


「大丈夫。ヨルカたちとちゃんとやるよ」


 わかってるよ、ルゥ。


「もし何か悩むことがあったら、あの狐に言うといいわ。あの子なら、まぁ多少信用できるし、わたしほどじゃないにしても、それなりなアドバイスはしてくれると思うし」


「……うん、わかった」


 もう、十分だから。


「あと人外との契約のため、少しは戦闘訓練をしなさい。もうわたしの妖精魔法は使えなくなるんだから……そうね、泡波深湖に教えて貰いなさい。あの子はきっと強いから」


「うん、そうする」


 本当に、ありがとう。


「そっ……なら、もうわたしが居なくても大丈夫ね」


 ルゥは後ろを向いたままだったので、顔は見えないけど……声は、震えていた。


「わたしが居なくても友達だって居るし、使い魔も居る……これで、安心ね」


 そしてその瞬間、俺はあることに気づいた。


 ひょっとしてここ数日、ルゥは俺のために動いてくれていたんじゃないか、って。


 積極的に友達を作るよう言ったり、ヨルカやミルカに料理を教えていたり……


 目前に迫っている別れの前に、自分が居なくなっても俺が大丈夫なように、準備を……


「……ルゥ……本当に、ありがとう」


「べ、別に? た、多少長い間一緒に暮らしてたから、心配事が多いだけよ」


「うん……でも、ありがとう」


「……」


「俺、お前にいろんなことして貰って、でもお返しとか出来ないけどさ……」


「……」


「……ルゥ?」


「こちらこそ、ありがと」


 ルゥが、くるりとこちらに振り向く。


 とても、優しい笑顔だった。


「あなたが居なかったら、わたしはずっと一人ぼっちで、身体も見つけられていたかどうか怪しいわ……だから、ありがとう」


 そしてスッとそばまで飛んできて、頬に、軽くキスをした。


 その後、何か呟いたような気がしたけど……それは、よく聞こえなかった。


「わたしもカズトからいろんなモノを貰ったわ……だから、おあいこね」


「……ルゥ……」


「……それじゃあ、身体に戻るわ」


「…………うん」


 俺が頷くと、黙って事の成り行きを見守っていたヨルカの肩に、ルゥは移動する。


「ヨルカ、ミルカと一緒にカズトを支えるのよ。こんなこと頼めるの、あんたたちだけだからね、しっかりやりなさいよっ」


「……はいっ! わかりました、ルゥ先輩!」


 ヨルカの言葉に小さく笑うと、俺を見て……そのまま何も言わず、魔法陣の真ん中に倒れている自分の身体へと、飛んでいった。


「……」


 そして、身体と身体が重なった瞬間、ルゥを中心に衝撃波が発生する!


「くっ……!?」


 俺はその力に耐え切れず、その場に尻餅を付いてしまう。


 見れば横でヨルカも尻餅をついていて……何故か、がたがたと震えていた。


「ど、どうしたヨルカ?」


「そ……そんな……ま――、」


 パン! と何かが飛び散る音に、ヨルカの声がかき消される。


 どうやらルゥの身体を縛っていた鎖が飛び散ったようで、辺りに千切れた鎖が散乱していた。そして、地面にあった大きな魔法陣が消えると同時に……ルゥは、立ち上がった。


「これが、わたしの身体……」


「る……ルゥ……?」


 直視した瞬間、身体中に震えが走る。


 その華奢で、可愛らしく、小柄な女の子の存在に、震え上がっていた。


 これが……これが、ルゥの本当に力、なのか?


「カズト……」


 ゆっくりと、一歩ずつ、こちらへと近づいてくるルゥ。


 すると、あと少しで手の届く距離だ……という所で、天井を見上げた。


「……くる……」


「……え?」


「邪魔がくるから、ちょっと移動しましょ」


 そう言ったルゥは、俺とヨルカの間にしゃがみこみ、肩へと手を置いた。


 そして気づけば、辺りの景色は、見覚えのある裏山だった。


「へ……?」


「これで、安心してしゃべられるわね」


 妖精の姿の時と比べれば、幾分大人びた声でそう言ったルゥは、雨澄のように倒れている木に腰掛け、こちらを見た。


「カズト……全部、思い出したわ」


「……そっか」


「なんでわたしがあそこに居たか、聞きたい?」


「……いや、いい。そんなことより、なんでそんなエロい服装なのかを聞きたいね」


「えっ……そ、そう?」


 黒いビキニにしか見えないモノを着用し、その上に所々に鉱物が含まれている鎧の『一部分』みたいなモノがあるけど……どうも防御性の薄い、肌の露出が多い服装だ。


「お、俺にしか見えてないなら嬉しいけど、それはどうだろう?」


「そ、そう? カズトがそう言うなら……今度、考えてみるわ」


「それで……その、やっぱり、これでさよならなのか?」


「……うん」


 悲しそうに、ルゥは頷く。


「そっか……そう、だよな」


「この世界で今のわたしの存在を保つには、問題が多すぎるから……その……」


「いや、うん、わかってたことじゃん? 俺は俺、お前はお前の世界で生きるって」


「また、この世界で生きられる力が戻れば、戻ってこられるかもしれないけど……」


「でもそれは、きっと遠い未来のことなんだろ?」


「……うん」


「それじゃあやっぱり……さよなら、だな」


「……うん……」


 ルゥが頷いて、しばらく沈黙が続いた。


 しかしそれも終わりがきて……ルゥは、言った。


「じゃあカズト、願い事を言って?」


「……え?」


「わたしの身体を探してもらった対価……約束だった、願い事を叶えるわ」


「あっ……それ、か」


 俺は決して、対価のためにルゥの身体を探していたわけじゃない。


 でも、それが約束なら……何か、願い事を言うべきだと思った。


「今のわたしなら、ある程度のことなら叶えられるわ……さぁ、願い事を言って?」


「…………俺の、願い事……」


 なんだろう? 俺の願い事は、なんだ?


 幼い頃、ルゥと出会って、契約した頃……俺は何を考えていた?


 俺は、どんな願いを叶えて貰うつもりだった?


「……その願い事を叶えれば、本当に、お別れね……」


「……?」


 その言葉に、俺はあることを思い出した。


 そして今、俺の心の奥にあった形にならなかった想いが、具現化された。


「…………そうか、俺の願い事は……」


 すっと顔を上げ、ルゥの目を見つめ、言った。


「俺の、願い事は――、」




◆◆◆




「ご、御主人様、そろそろ起きて下さいぃ」


 ミルカの声に目を覚ますと、もう、すっかり朝だった。


 見ればテーブルに、ちょっと焦げたトーストと、ちぎっただけのレタスや乗っけただけのプチトマトのサラダがあり、朝食の準備は万端だ。


 どうやら昨晩、学園長などが俺の部屋に押しかけてきたせいで寝るのが遅くなり、少し寝坊してしまったようだった。朝食を用意したのは……ミルカ、かな?


「ご主人様、おはようございます」


 挨拶をしながら、湯気が立っているカップを運んでいるのはヨルカだった。


 ヨルカ特製の、多少甘めのホットミルクに違いない。


「ヨルカ、ミルカ……おはよう」


「おはようございます、御主人様」


「ささっ、今朝はミルカが一生懸命作った朝食ですよ」


「よ、ヨルちゃん、言わなくてもいいから……」


「うん、美味しそうだ。さ、みんなで食べようぜ」


「は、はいっ♪」


 俺を真ん中にして、左がヨルカで右にミルカ、三人並んでの朝食だ。


「あむっ……うぅ、ちょっと焦げちゃいました……」


「そんなの苺ジャムを塗れば全然気にならないって……うん、美味い」


「あー、わたしもご主人様と同じ、苺ジャムにすればよかったなぁ」


「ん? ヨルカのブルーベリージャムも美味しいじゃないか」


 ちなみにこの超美味しい苺ジャムもブルーベリージャムも、ルゥのお手製だ。


 これを味わえるのもあと少しだと思うと、ちょっと憂鬱だけども。


「美味しいですけど、その、ご主人様とお揃いがよかったんです……」


「……それじゃあ、半分こするか」


 トーストを半分にして、っと。


「本当ですかっ!? わ~い♪」


「あ、あの……ご、御主人様、その……ワタシも……」


「うん、ミルカも半分こな」


「……はいっ!」


 いつも通りの賑やかさで、でも少しだけ違う……


「あっ、そういえば、ヨルカとミルカのお弁当を作らないとな?」


 ルゥの居ない、新しい朝の始まりだった。


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