その先へ
2014/8/24 内容修正しました。誤字脱字修正がメインですが、ニュアンスが変わっている箇所があります。
夜、十時を過ぎた辺りだった。ルゥがヨルカとミルカに作らせた軽い夜食を食べ、昨晩のように地下へ忍び込んだ俺たちは、問題の階の一つ上、五階へとやってきていた。
「えーっと……確か、ここだよな?」
そこは、泡波の書いてくれた地図でわかった、唯一七階へと行けるだろうルートの出発地点だった。見た目はここまでと何も変わらない、通路の真ん中だが……
「あの地図を信じるなら、ここの真下は研究部屋ね。で、さらにその真下はここと同じ、通路」
そう、俺たちが選んだ選択肢は、空間の移動だ。
ここ五階から六階へ、夜白ちゃんの視界には入らず、間合いでもない場所へと移動をし、さらにその下の階へ移動する……それが作戦となる。
「連続での空間移動は疲れるだろうけど、練習通り頼むぞ、ミルカ」
「は、はいっ!」
この作戦の要となるのは、空間の移動……つまり、ミルカの能力だ。俺はミルカを使い魔にした後、一応だけど『ラプラスの魔』について調べていた。そしてそこからわかったのは、『ラプラスの魔』は空間移動能力に優れている、ということだった。
「な、なんだか硬いな? ちょっとリラックスしよう、深呼吸深呼吸」
「す、すー……はー……」
当然、ミルカも『ラプラスの魔』なわけで、となれば空間移動能力だって持っている。
ただミルカはいわゆる落ちこぼれというやつで、平均には遠く及ばない距離しか移動できない上、連続での使用が困難なのだと聞いていた。
「大丈夫だよミルカ、さっきも出来たんだもん、絶対うまくいくからっ」
「う、うん……!」
だがそれでも、この地下を攻略するためにの距離くらいは移動できるらしく、作戦を思いついたあの後、裏山で空間移動の練習もした。自分に自信が持てないミルカに少しでも自信をつけて貰うため、かなりの時間を練習に割いていた。
「大丈夫よミルカ。このわたしがサポートしてるんだから、失敗しても大丈夫よ」
「は、はい……も、もし失敗したら、よろしくお願いしますっ」
お陰でまだ疲れがあり、夕飯前から出発するまでずっとうとうとしていたけど、今は緊張でいっぱいなのか、いつも以上に目が見開かれ、紅い瞳が揺れていた。
ちなみに、どうして疲れが残っている状態の今日、作戦を行っているかというと、月の満ち欠けが関係している。今夜は満月で、魔法が使いやすい日だからだ。
「みんな付いてるからな、一人じゃないぞ、ミルカ」
「はいっ!」
少し強めの口調で、気合を入れているミルカ。
さぁ、ここから俺たちの地下攻略への第一歩が、始まるのだ。
「そ、それでは飛びます。皆さん、ワタシに触れて下さい」
言われるがまま、俺は優しくミルカの手を握る。ヨルカは俺とは反対の手を握り、ルゥは首元にしがみ付くよう、肩の上に乗っていた。
「六階に下りて、すぐまた移動しなくていいんだからな? ちゃんと休めよ?」
「はい……では、いきます!」
ぎゅっ、とミルカが手を握った瞬間だった。ゆらりと視界が揺れたかと思うと、そこは、廊下からガラス越しで見えていた、研究部屋の中だった。
「……成功、か?」
「えぇ、このピリッとした感じ……そっちに、噂の雷帝が居るわね」
ルゥにはハッキリとわかるようで、夜白ちゃんが居るだろう方向を、じっと見ていた。
「はぁ、はぁ……」
「ミルカ、大丈夫か?」
「は、はい……でも、少しだけ……休ませてください」
「あぁ、大丈夫だ、しっかり休め。ルゥの予想は、当たった」
そう……この作戦は、俺的には大きな賭けでもあった。
夜白ちゃんの間合いは確かに十メートルくらいなんだろうけど、気配を感じる距離がそれなわけじゃあない。事実、俺たちは六階への階段を下る途中、夜白ちゃんのモノであるだろう『殺気』に似たものを感じていた。
それはきっと、夜白ちゃんの索敵範囲に近い位置へ居たからこそ感じたもので、だとすれば、たとえ視界外へ空間移動したとしても、六階へ到着した時点で気配を悟られてしまうのではないか、と思い至る流れは必然だと言えるだろう。
しかし、ルゥはそれを否定した。
「ま、当然の結果だけどね」
ルゥの話では、夜白ちゃんの索敵範囲は彼女の正面にある通路と、その通路の終わりにある五階へと繋がる階段付近までのはず、とのことで、その理由は簡単、自らを起点として全方向へ対し、何十メートルも索敵可能なんて人間業ではない、と。
「カズトはまだ気配を察知するとか、そんなレベルじゃないからわからないかもしれないけど、普通に考えれば、長距離の索敵はある方向へ集中したモノのはずだし」
「うーむ、わからん」
「少しでも早く、この感覚がわかるようになればいいわね」
「……精進します」
本当に、色々と多方向に頑張らないとなぁ。
「あのちっこいエージェントや狐は言うまでもなく、きっと雛祭ひなも気配察知くらいは出来ると思うし、六組で弱いのは本当にカズトだけなのね」
「つ、つまりはこれから強くなる、ってことじゃないか」
「物は言いようって言葉、知ってる?」
「くっ……」
「い、一緒に頑張りましょうね、ご主人様!」
その優しさが、ちょっぴり胸を苦しくしていた。
「御主人様、もう大丈夫です」
「ん、本当か? 焦る必要はないんだぞ?」
「大丈夫です。これ以上休んじゃうと、緊張感がなくなりそうで……」
「そうか、よし、ならもう一度頼むぞっ」
「はい……!」
再び、ギュッとミルカが手を握る。
「下の階には、誰も居ないことを祈ろう」
泡波に教えてもらった感じでは、この下の階がそこまで重要なフロアだとは思えないんだけど、ここへ夜白ちゃんが居ることを踏まえれば、怪しくはある。
でも、ルゥの身体の気配はまだ下らしいし……俺たちは、進むしかないんだ。
「認識妨害魔法はわたしの最高レベルでかけてあるから、安心して飛びなさい」
「はいっ。では……いきますっ!」
また、ゆらりと視界がゆれる。
そして、ストン、と床に着地した感覚と同時に、見覚えがあるような気がする、通路のど真ん中へと移動していた。
夜白ちゃんであろう気配を上に感じるし、どうやら成功のようだ。
「ふぅ……よかったぁ」
「よし、よくやったぞミルカっ」
「えへへぇ、がんばれましたぁ」
笑顔で、くたー……と廊下へへたり込むミルカの頭を撫でつつ、辺りを見回す。
えっと、この階には夜白ちゃんのような『門番』らしき人は居ない、か?
「ちょっとここで待ってて、わたしが見てくるから」
俺が何も言わなくても、阿吽の呼吸でルゥはピューッと飛んでいく。
「うにゅぅ……」
空間移動成功で気が抜けたのか、うとうとし始めたミルカをおんぶする。
すると微かに抱きついてくる感じがあって、つい、笑ってしまう。
「ご主人様……」
見ると、少し不安そうな顔をしたヨルカが、服の裾を掴んでいた。
「どうした?」
「向こうから、ピリピリッて嫌な感じがします」
ヨルカが指差した方は、たぶん六階へと繋がる階段がある方向だ。
夜白ちゃんの殺気のようなモノを、感じているのだろうか。
「それに、ここは静かすぎます」
「そう言われれば、そうだな」
耳をすませば今までは多少感じられた機械音がココではなく、無音状態となっていた。
気にし始めれば、耳が痛くなるような静寂だ。
「カズト」
タイミングよく、ルゥが戻ってきてホッとする。
「どうやらこの先にも誰もいないし、見せてもらった地図通りみたいよ」
「そっか……なら、進むか」
「んー……そう、なんだけど……」
「ん? どうした?」
「えっと、多分、そこ」
「……へ?」
ルゥが指差したのは、地下八階へと繋がる階段があるであろう方向ではなく、研究部屋の出入り口があるはずの、通路だった。
「ひょっとして、そこの研究部屋にお前の身体があるのか?」
「ううん……その突き当たりの、壁の向こうだと思う」
「壁の、向こう?」
意味がよくわからないのだが、とりあえずそこまで進んでみる。
すると、今まで見慣れていた通路の先には、やはり見慣れた研究部屋に入る扉が一つと、まぁ行き止まりである、壁だけが存在していた。
「えっと、この壁の、向こうってこと?」
ルゥが、小さく頷く。
ここは地下なのだから、壁の向こう側に何があっても不思議ではない。
いや、ルゥがあると言っているのだから、何かはあるのだろう。
「さてと、壁か……どうすっかな?」
「ん……あれ? ご主人様、そこに何かありますよ?」
ヨルカに言われ、壁の隅を見ると、小さく何かが書いてあった。
「なんだ、この正三角形に横棒を入れたようならくがきは?」
「……そっか」
何かに気づいたのか、ルゥはそう呟いてからそのらくがきに触れ、ぶつぶつと詠唱のようなモノを始めた。
「……ルゥ?」
「ちょっと待って、今、解読してる途中だから」
解読? 暗号か何か、なのだろうか?
しばらく、黙ってルゥの様子を見守っていると……
「これで終わりっと。開きなさい」
言葉と同時に手を横に払うと、目の前にあった壁が、スッと消える。
「あぁ、まーた消える壁か」
「ここの入り口にあったヤツと比べれば、かなり高度なモノだったけどね」
ま、わたしにかかればちょろいもんよ、と言った風だ。
「さてと、暗くて果てが見えないけど、当然行くわよね?」
「もちろん。ヨルカ、灯りを頼む」
「はい、お任せくださいっ」
ヨルカの目で照らされたその先は、今までと違ってコンクリート等で舗装はされておらず、土や岩がむき出しとなっていた。
「また一本道、かな?」
ヨルカが歩き出すので俺も通路内に入り、そんな呟きを漏らしていると、背後ではルゥが壁を元に戻し、加えて何かを呟いていた。
「ヨルカストップ。ルゥ、どうした?」
「もし何かあってもしばらくは時間が稼げるよう、この壁に結界を作ってるの」
「……なるほどね」
もし何らかのトラップがあって俺たちの存在が外部にバレたとしても、ここさえ塞いでいればすぐに駆けつけることは出来ない、という流れのようだ。
まぁこの通路以外の道は多分あるだろうし、この先に人が居れば袋の鼠になってしまうわけではあるけど、塞いでおいた方がメリットは多い、かな?
「これでよし、っと」
「それじゃあ進むか」
「えぇ」
果てが見えないその道を、俺たちはゆっくりと歩き出す。
ルゥの身体があるであろう、終わりの場所を目指して……




