地下攻略の鍵
「あーぁ、待ちくたびれたんですけどー」
昨日と同じ場所で、昨日と同じように倒れた木に座っていた雨澄は、いつも以上に不機嫌そうな顔でそう言った。
「わ、悪い、ちょっと用事があってさ」
「へー、あたしとの約束より大事な用事ねぇ……」
「そ、その言い方だと、なんだか俺たち付き合ってるみたいだな」
ガン、と身体中に音が響いた気がするくらい、ものすごい勢いで飛んできた缶が、俺の頭に命中していた。どうやら空き缶ではなかったようだ。
「ガッ……お、前ェ……」
「あんた、調子に乗ってると穴という穴にからしをねじ込むわよ」
「す、すみません」
「ふん、ま、そんなことより……言ってないでしょうね」
「……何を?」
缶が当たった部分をさすりつつ、そう聞き返す。
「あたしが妖怪だとか、そういうことよ」
「言ってないって、もう少し信用してくれよ」
「そっ、ならいいけど」
「……」
「……」
「えっ? それだけ?」
「何が?」
「俺を、呼び出した理由」
雨澄は視線を逸らし、黙り込む。
えっ、本当に? まさかそれだけのために、俺、缶を投げられたわけ?
「それじゃあ俺、帰っていいか?」
「あ、あのさ……」
「ん……?」
「なんかその……悩み事とか、あるわけ?」
「……何が?」
「その……三時間目、訓練室に居たあんた『ら』の会話、聞いちゃって」
「あぁ、そういうこと」
普通なら俺の可哀想な独り言かとスルーするんだろうけど、ルゥの存在を知っているなら気になる……のか? それにしても、一応ルゥと会話する時は周りを気にしてるんだけど、まったく気づかなかったな。
「誰かと果し合い? みたいな約束でもしてるの?」
「いやまぁ、そのぉ……」
ど、どうしよう? ここは素直に言ってしまっていいんだろうか?
いや、ルゥの身体についてはしゃべらない方がいいだろうし……
「カズト、ちょっとこの狐としゃべらせてもらっていい?」
「えっ……いい、けど? 雨澄、ルゥがしゃべりたいって言ってるんだけど?」
「ルゥって、妖精のこと? 別に、構わないけど……」
「それじゃあ、その……」
「……はい、どうぞ」
察したのか、雨澄は左手を俺に差し出す。俺はそのまま雨澄へと近づき、左手の裾を摘み、魔力を流し込んだ。
「やっほー。どう、見えてる?」
「えぇ。それにしても、見えると声も聞こえるようになるなんて、どんな原理なのかしらね? あんたの声、見えなくても聞こえるの?」
「聞こえないわ。触れることは出来るけどね」
「……そう」
「それよりあんた、何が目的なわけ?」
雨澄の正面辺りを飛んでいたルゥは、俺の肩に乗り、腕組みをしながらそう問う。
「目的……?」
「わたしたちが困っていようと、あんたには関係ないでしょ?」
「っ……そ、それは、そうだけど」
「何か理由があるなら言いなさい。それが言えないなら、これ以上の詮索はやめることね」
「お、おいルゥ、何もそこまで言わなくても……」
「カズトは甘すぎ。この子、わたしたちの会話を盗み聞きしてたのよ? 何が狙いなのかわかったもんじゃないわ」
雨澄の後をつけ、行動を隠れて見ていたことは棚上げですか。
「言えないなら話は終わり、帰らせてもらうわよ」
「ちょっ、ちょっと、待って」
「…………何よ?」
ルゥの言葉に、雨澄は考えるようなそぶりを見せ、何やらとても嫌そうな顔をした後、それでも何かを話してくれるみたいだった。
「あ、あんたたちが困ってるなら、力になりたいと思ったからよ」
「……どうして?」
「むっ……そこまで、言わせるの?」
「それじゃあ、帰るから」
「あーっ! わかったわよ、言う! 言うから!」
「わたし、気が短いからもう次は無いと思ってちょうだい」
再確認だけど、本当ルゥはいい性格をしてる。
「とっ、友達が困ってるなら、助けになりたいって、思うでしょ……」
「…………とも、だち……?」
俺は思わず、そう、呟いていた。
「あ、あんたがあたしに友達になってくれって、頼んできたんでしょ……」
そう言った雨澄は不機嫌そうで、でも恥ずかしそうな表情だった。
そんな雨澄は、とても可愛らしくて……
「雨澄……」
ただひたすらに嬉しい……俺はそんな気持ちでいっぱいになった。
「べ、別に、断る理由もないし? 友達くらいなら、まぁいいかなって思って……」
「へぇ……そう、わかったわ。そういう理由なら、ま、教えてあげなくもないわ」
雨澄の言葉に納得したのか、ルゥは仕方がないわねという顔をしていた。
でも、なんとなくだけど、含みがある表情のような……そんな気がした。
「カズトとわたしは、わたしの身体を探してるの」
「お、おい、それ言っていいのか?」
「言っちゃいけない理由でもある?」
「そ、それは……」
無い、気もするけど、俺たちの秘密をこうあっさり告げられると、なぁ。
「えっと、あんたの身体って、どういうこと?」
「この身体は仮のモノで、本体が別にあるのよ」
「へぇ……なるほど、それで? その本体はどこにあるわけ?」
「それはあんたを巻き込むことになるから言えない」
「そう、それほどヤバいとこなわけね」
理解は出来るけど、面白くはない。雨澄はそんな表情だ。
「それで? あたしが力になれることはないの?」
「んー……そうね、わたしがやろうとしている実験を手伝える妖怪に心当たりがない?」
そう言ったルゥは、細かい状況の説明を始めた。それだけ詳しく言ってしまえば、雨澄を巻き込んでるのと変わらないんじゃ……とも思ったが、地下のことやら何やらを知らないのなら、多少状況を伝えたところであまり意味はないと、会話の途中で気づく。
「なるほど、その間合いをどうにかできればいいわけね?」
「根本はそうね。まぁ、わたしが気づかれないなら問題はないんだけど……」
「今の話を聞いた限りじゃ、その可能性は限りなく低いわ」
「……どうしてよ?」
「だって、ある程度神経を研ぎ澄ませば、あたしだってあんたがどこにいるかわかるから」
「えっ……マジ、で?」
「現に今、目を瞑ってても居場所わかるわよ? なんなら姿が見えない状態でも試す?」
その後、さっそくいくつかの実験をしてみたのだが、雨澄の言うように、ルゥの居場所は簡単に察知されてしまった。本当に、簡単に。
「カズト、終わったわ……」
「あぁ、ジ・エンドだ……」
二人して地面に両手、両膝をついてしまう。
ここまで的確にルゥが察知されてしまうのなら、もう打つ手がなかった。
「あたしがあんたの存在を知ってるから、っていうのもあるとは思うけど、まぁ、その通路を気づかれないよう通過するのは無理でしょうね、多分」
「……ん? その言い方、何か含みがないか?」
「まぁ、他に手ならあると思ってるし」
「へっ? 他の手って、何?」
「単純な考え方かもしれないけど、空間を移動すればいいんじゃないの? 下にフロアがあるなら、通路を使わずに下へ移動出来る人外と契約を結べば解決だとは思うけど?」
通路を、使わずに?
「もしくは、下へ降りる別の通路を作る、とか……」
別の、通路……
「今、パッと思いついただけで、その二つの方法があるけど?」
「それだっ!」
なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ!
しかも、俺たちはすでに、その解決法を持ってるじゃないかっ!
「なるほど、灯台下暗しか……あんたやるじゃない」
「サンキュウ雨澄! なんとかなりそうだ!」
「そ、そう? 力になれたのなら、何よりだけど」
よし、それなら後の問題は……
「おーい、ミルカ、ちょっと起きてくれ」
雨澄との話が長かったせいか、俺の足元でヨルカとミルカは寝ていた。
「んん……んっ……あっ、す、すみません! つ、つい寝ちゃって」
「いや、それはいいんだ。それより、ミルカに聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
地下攻略への道が、見え始めていた。
◆◆◆
雨澄と別れ、門限ギリギリに部屋へと戻ると……予想通り、泡波の姿があった。
「遅い、夕飯が冷める」
「ものすごい我が物顔だな」
制服にエプロンという攻撃力の高い服装でベッドに寝転び、今にもパンツが見えそうなリラックスした格好で、泡波は漫画を読んでいた。
ちなみに漫画は、ルゥが愛読しているものだ。
「おかえりなさい。夕飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」
「そういうお約束をワンテンポ遅れて、しかも寝転んだまま無表情でされてもな……」
「とりあえず夕飯は作っておいたけど、食べる?」
「あ、あぁ……それは、いただこうか」
「ちなみに、うどんと素麺とソバ……」
「麺ばっかりっ!?」
「安心して。ちゃんと全部浸け汁は違うから」
「しかも全部ゆでただけっ!?」
「そんなに文句があるなら、式原君が作ればいい」
「別に作ってくれと頼んだ覚えもないけどなっ」
「それより早く食べよ? お腹すいた……」
「そ、それもそうだな。ヨルカ、ミルカ、手、洗おうな」
「……ふぇ?」
「ミルカ、いこっ?」
半分寝ていたミルカが首を傾げると、ヨルカが手を引き洗面所へと連れて行ってくれた。
俺はそんな二人を見送り、マイペースに箸を用意している泡波に、質問を投げかける。
「一つ、聞いていいか?」
「二つでも三つでもどうぞ。答えるかどうかは別だけど」
「放課後呼び出したケット・シー……また呼び出す気になったのは、どうしてだ?」
「それを答える必要性は無いと判断した」
「なら理由を聞かない。けど、もう一度呼び出すには対価を貰いたいんだけど、いいか?」
「……対価?」
泡波が、眉を潜める。
「俺たち今、少し困った状況にいてさ、泡波の力を借りたいんだ」
「……何をすればいい?」
「あの地下室の地図が欲しいんだ。泡波なら、持ってるだろ?」
「地図は持っていない。記憶しているだけ」
「そっか、なら夜白ちゃんが居るフロアと、その上と下の構造だけ教えてくれないか?」
「……? 形を教えるだけでいいの?」
「形というか、断面図みたいなモノが欲しい。床から下のフロアの天井まで何メートルあるのかとか、そういう詳細なデータ?」
「……わかった。なら今すぐここで書くから覚えて。覚え終わったら、すぐ消去する」
「ありがとう」
さっそくどこからともなく紙切れを取り出し、泡波は地図を書き始めてくれる。
それはもう本当に細かく、部屋のテーブルの位置から照明の数まで……
「……どうして地図が必要なのか、聞かないんだな」
「お互い、地下でのことは詮索しない約束……」
「……それも、そうか」
「それに召喚の対価としては、妥当だと思う」
「……そっか」
きっとそれだけではなくて、俺ならその情報を手に入れても自分の不利益にはならない、と泡波は思っているのではないだろうか?
そうでなければ、きっと教えてはくれないだろうしさ……
「……これでいい?」
「ん、どれどれ」
泡波の書いてくれた地図を覗き込み、つい、にやけてしまう。
よし、これならなんとかなる。実験もしたし、俺たちの作戦は十分に実行可能だろう。
「……」
ちらりとルゥを見ると、俺の視線に気づいたのか、こくりと頷いてくれる。
ルゥも、いけると踏んだようだ。
「式原君……」
「ん……?」
「顔が近いしにやにやしすぎ」
「おっと、ごめん」
「……女の子のにおいをかいで、興奮した?」
「ありがとう、もう覚えたから大丈夫だ」
「……」
俺の軽やかなスルースキルに度肝を抜かれたのか、泡波の瞼が少しだけ落ちる。
ルゥも似たような表情でこちらを見ているのだが、何故だろうか。
「それじゃあ燃やすよ?」
「おう、本当にありがとな」
俺の返事と同時に、まるで手品のように一瞬で地図は燃えて、消え失せる。
それを見て、ひょっとしたら泡波は複数の属性の魔法を高度に操れる、そんな魔法戦士なのかもしれないと思う。あれ、エージェント、なんだっけ?
「ご主人様? ご飯、食べてもいいですか?」
やっと手を洗い終えたのか、うっつらうっつらとしているミルカを連れて、ヨルカが戻ってくる。
「よし、それじゃあ食べるか」
「わーい! それじゃあ、いただきまーす」
「ヨルカちゃん、ミルカちゃん、しっかり食べてね」
泡波の声に、ビクッとミルカが反応し、目を覚ます。
「あ、は、はい……ありがとうございま、す……」
が、やはり眠たいみたいで、瞼がゆっくりと落ちていく。
「ミルカ大丈夫? 寝てもいいけど、ご飯食べてからね」
「……うん……」
「せっかくだから、私が食べさせてあげる」
「うにゅぅ……おいしいです……」
仲良さそう? に食べている三人を横目に、俺は手を洗いに行く。
「これで、どうにかなりそうね」
「……あぁ」
よほどのことがない限り……今晩、ルゥの身体は見つけられそうだった。




