隠された場所
まるでスキップでもしているかのような軽快なステップで進んでいく泡波に続き、扉をくぐると、そこは病院を思わせるような場所だった。
魔法や魔族についての研究所らしく、表立って出来ないようなことしているらしい、と泡波に説明をされつつ、誰も居ない通路をただ歩き、奥へと進んでいく。
「ご、ご主人様、なんだか怖いモノがたくさんありますね……」
「あぁ、そうだな、気分が悪くなるようなモノばかりだな」
通路の左右にはガラス張りの部屋がいくつもあり、中には鎖に繋がれた犬型の魔物や、魔物から取り出しただろう、内臓などが瓶の中に入れられて飾られていたりしている。
「ところで、どうして人が一人も居ないんだ? 監視カメラの類も無いみたいだし……」
「ここは魔力が不安定だから、カメラなんて使い物にならないし、魔法アイテムの力も不安定になるから無い。だから、出入り口は厳重に封鎖されている」
なるほど、とは思ったものの、なんでそんな場所が校舎の中にあるんだ、という疑問も浮かんでくる。警備面や研究機材のことを考えるなら、魔力が安定している場所か、魔力が無い場所に建物を作ればいいものの、どうしてこんな不便な場所に……
「あなたの疑問はここの存在を知らなければ浮かび上がらない疑問。でもよく考えてみれば、その理由もわかるし、私がここに居る理由もわかると思う」
「……え?」
よく考えれば、その疑問の答えも、泡波がここに居る理由も、わかる?
って、人の心の声に反応しないでもらえないかな、怖いから。
「そもそも、魔法戦士育成学園は魔力が存在する土地にしか作ることは出来ない。それは魔力が無い普通の土地では魔法の練習が出来ないから……よね」
人差し指を立て、優しく教えてくれているような語りに、そりゃ体内魔力と体外魔力を合わせなきゃ、魔法という事象を引き起こすことは出来ないからな、と心の中でつぶやく。
「そして魔力が存在する土地とはつまり『魔界への扉』が存在する土地のこと。魔力は扉の向こうからこちらの世界に流れ込んできていて、つまりはこの学園のどこかに扉はある」
「いやまぁ、そんなこと説明されなくても、知ってるけどさ」
魔力は地球には存在しないもので、魔界にだけ存在し、魔界への扉を伝って流れ込んでくる……そんなの、一般常識だ。
「それと、魔界への扉は『この学園のどこかに』じゃなくて、封鎖館にあるだろ?」
世界各国にあるどの魔界への扉も、魔王、魔族との戦争後、閉じられており、その後厳重に封印をされている。そしてその封印を取り囲んでいる建物が、封鎖館だ。
ちなみに、魔界への扉から流れ込んでくる魔力は一定ではなく不安定なため、封鎖館がその量をコントロールし、館の外へと排出させている。
「式原君……ある程度の世界の常識を知ってるのね、すごい」
「いや別に、すごいって言われるようなことじゃ……って、バカにしてるのか?」
「さて、今、式原君は答えに辿り着くヒントをすべて自分で言ったけど?」
「……へ? ヒントを?」
「最後のヒント。ここの封鎖館は、校舎から一番遠い第二体育館裏」
「……それが、最後のヒント?」
そんなこと言われても、常識的なことを改めて並べられただけで、それがココにこんなモノがある理由や、泡波が潜入している理由がわかるヒントになるとは思えないんだけど。
「ヨルちゃん、なんだかピリピリするね」
「うん……今、ご主人様が話してたけど、ここは魔力が不安定な場所なんだよ」
「…………えっ?」
ヨルカとミルカの会話に、背筋がゾクリとした。
あれ……どうして、ここの魔力が、不安定なんだ?
ここは、校舎で……え? ま……まさか……そんなわけ……
「そんな……カズト、もしかして、この場所は……」
ルゥがきょろきょろしているのもわかる。俺も、辺りを見回してしまうほどだ。
そうだ、このピリピリした感覚には、覚えがある。これは確か、入学式の前にルゥと見に行った、封鎖館から感じた『痺れ』に似ている……
「いや、待てよ泡波……そんなわけ、ないだろ?」
俺の言葉に、泡波は微妙に瞼を落とした。
「どうやら式原君は私と同じ目的で潜入したわけじゃないみたいね」
「……」
「ちなみに私は言うまでもなく、その事実を世間に知らしめるために潜入している、とある組織のエージェント」
「……ほ、本当に、ここにも魔界への扉があるのか?」
泡波は、静かに頷いた。
いや、でも、そんなはずないだろ? だって魔界への扉は世界共通の情報で、いつどこに出現して、それでどんな戦争になって、扉の主である魔王がどうなったかとか、そんなことすべて常識と言っていいほどのものだ。
だからここに、情報に無い、二つ目の扉が存在しているなんて……あるわけがないんだ。
「二つ目の扉の存在を隠蔽し、私的利用している……それがこのオリオネスの実態」
「……」
「この先に行けばわかる」
立ち止まっていた足を動かし、泡波は建物のさらなる奥へと進んでいく。俺も、つられるように足を動かし、後を追うが……足取りは重い。
もし本当に、そんな世界的な大問題に今、触れようとしているのだとしたら……
「カズト、わたしの身体はきっとここにあるけど、この子に付き合う理由はないわ」
「……ルゥ……」
「一度でもソレを見てしまえば、あんたもコトに巻き込まれる。それは危険よっ」
「……」
「もう半分巻き込まれてるようなものだけど、もし何か間違いがあって捕まった時、今ならまだ言い訳は通用するわ。扉のことを知らないって言っても、嘘じゃないんだから」
そっか、見ていない今なら、泡波の冗談の可能性もありえるのか。ソレを見ていない俺にとって扉の話は可能性のことでしかなくて、今なら捕まったとしても、想定している程度の罰しか受けなくて済む可能性は高いというわけだ。
「待て、泡波」
「……どうしたの?」
足を止め、泡波は首をかしげる。
「俺は、いい」
「……何が?」
「二つ目の魔界の扉とか、俺には関係ない」
「……」
「俺には俺の目的がある……だから、ここからは別行動にしよう」
「……きっと、研究員もあなたのような人が多いんでしょうね」
「……え?」
「自分の欲のために、世界のことを考えない……そういう人がね」
「……っ」
まったく表情を変えず、無表情のまま淡々と言っているが……言葉は冷気を帯びていた。
「扉を開くことが出来るのは、その扉を作った魔王だけ。もしここに存在する扉の魔王が生きているとすれば……ここはいつ、戦場になってもおかしくない」
「……」
「……ま、好きにして。私は私の目的のためにしか動かない。あなたを連れてきたのも、私の使い魔を召喚して貰うためだし、ここで別れたいならそうすればいい」
「泡波のための召喚は、また明日、必ずする。それは約束だ」
「うん。なら、私は今日ここであなたたちと会っていないし、あなたも私とは会っていないし、二つ目の扉の存在なんて知るわけもない……これでいい?」
「……うん……」
「それじゃあ」
俺の頷きと同時に、泡波は少し寂しそうな表情を浮かべ、先へと進んでいった。
残された俺たちは……さて、どうしようかな。
「カズト、あんたが落ち込むことはないわ」
「ルゥ……ありがとう」
そう言ってもらえるだけで、本当に、ありがたい。
「ご主人様……」
何かを察したのか、ヨルカは足に抱きついてきて、ミルカも抱きついてくる。
本当に……ありがたいことだ。
ルゥや、ヨルカやミルカを見ていると、いつもの自分に戻れる気がした。
「どうするカズト、引き返す?」
「……いや、進もう。ルゥの身体を、見つけようぜ」
「……いいの?」
「もし万が一に捕まっちゃったら最悪殺される可能性は出てきたけど、でもだからといってお前の身体探しをやめる理由にはならないかな」
だってこれは、契約だから。俺の大切な友達との、約束だから。
「それにもう、ある意味引き返せないところまで来てるしな、結界を壊したりさ」
「……そう、あんたがそう決めたのなら、わたしもそれでいいわ」
互いに互いの目を見て、小さく笑ってしまう。
そうだ、こんな開き直りこそ俺たちのノリだ。いつも通り、平常運行で行こう。
俺はずっとルゥの身体を探していて、今日も変わらず、同じことをしているだけだ。
「おし、行くか」
「カズト、安心して進んでいいわ。このわたしが付いてるんだから、内部構造を知らなくても安全に案内できるし、もし何か起きても対処してみせるから」
「おう、信頼してますって」
「外の結界だって、わたしじゃなかったら作ったやつにバレてた可能性だってあるんだからね? バレないように壊すの、大変だったんだから」
「わかってるって、頼りにしてるぜ」
「よろしい。それじゃ、行きましょ」
先行するルゥに、ヨルカが続き、俺とミルカがその後を追う。
先ほどまでは泡波がこの建物について知っている、という安心感があったが、このメンツはこのメンツで、別の安心感があるな……なんて思ったり。
「それにしても、ずーっと一本道なのね」
ここへ潜入してから、ルゥの言うようにずっと一本道だった。たまに左右に分かれる道が現れるが、それは研究室の入り口へ繋がるだけで、すぐに道自体は終わっている。
「灯りもついたままですし、わたしの目も必要ないですね」
ヨルカの言うように灯りもついたままで、ガラスの向こうに見える研究室の室内も丸見えだ。この灯りに意味がないのならば、電気代、もったいないよなぁ。
「も、もし急にガラスが消えて、中から魔物が飛び出てきたら、ワタシ……」
「もし出てきたら、俺にしがみ付けばいいからな、ミルカ」
「は、はいっ」
「わたしも抱きついちゃいますね、ご主人様」
「おう、胸に飛び込んでこい。後はルゥがなんとかしてくれるらしいし」
「そこのロリコン、どうやら下に行く階段みたいよ」
ルゥの指差す方、廊下の終わりには下る階段が見えた。どうやらこの建物は地下へと続いているらしく、『アレ』もきっと地下深くにあるのだろう。
「どうなんだ? 身体の反応は下なのか?」
「下ね……それは間違いないわ。距離まではわからないけど」
「そっか、なら進もう」
頷いたルゥは、一度俺たちにストップの合図を出し、下がどうなっているかを確認し、ゴーサインを出した。人がすれ違うギリギリのサイズのそのコンクリートの階段は、螺旋状になっているみたいで、ぐるぐるぐるぐるとしばらく続く。
そして辿り着いたゴールには、また、この建物に入った時と変わらない、一階と同じ様相が広がっていた。
「で、また一本道ってわけね」
「多分だけど、しばらくコレが続く展開っぽいな」
そんな俺の予感は的中し、それから地下五階までずーっと同じ景色が続いた。
もちろん、研究室の中はどれも様子が違い、それぞれ別の研究をしているようではあったけど、だからなんなんだって話ではある。
「まったく、あれだけモノを捕まえて何をやってるのやら……」
六階への階段を下りつつ、ふと、ルゥがそんなことを言った。
そして俺の脳裏に、嫌な光景がよぎる。
「ルゥの身体があんな風に実験とかされてたら、地味に嫌だな」
「もしホルマリン漬けだったら、どうしよう……」
「その時はまぁ……風呂に入って、身体洗うの手伝ってやるよ」
「本当? 約束よ?」
「おう、手に直接ボディソープつけて、身体中を洗ってやる」
「うわぁ……変態も極まるわね、まったく」
「ご主人様、その時はわたしの身体も洗って下さいねっ」
「あ、そ、その……ならワタシは、御主人様の身体を洗いますね」
なんて会話をしている時だった。
ピリッとした、殺気のようなモノを感じる。
「ルゥ?」
「うん、わかってる……何かしら?」
足を止め、下に対しての感覚を研ぎ澄ませる。
これは、このまま下りない方がいいか? いや、しかし……
「式原君、そのままゆっくり上がって」
「泡波……」
突如下から現れた泡波に押し戻され、ゆっくりと階段を上らされる。
一体、下で何があったと言うんだ?
「お、おい、何があったんだよ?」
階段の入り口まで戻された俺たちを他所に、泡波は下を覗いている。
「おーい、泡波さん?」
「下に、『雷帝』が居た……」
「ら、雷帝……?」
「ちっ……学園があんな門番を置いてるだなんて、想定外」
「な、なんだ? 魔物か? 魔族か?」
「……魔法戦士育成学園オリオネス、二年雷クラス第一位、雷帝・碧守夜白」
「…………へ?」
「風紀委員の副委員長でもあり、学園ランキングも第四位……」
「えっ、夜白ちゃんが、居たの?」
「……夜白『ちゃん』?」
「あ、えっと……実家の近くに住んでた、知り合いのお姉さん……」
つい、昨日の昼にも会ったばかりだし。
「そう……」
「え、何? 夜白ちゃんって、そんなに強いの?」
「世界中の魔法戦士組織が、いくら払ってでも欲しい存在……と言えばわかる?」
「……へ、へぇ」
すっげぇぇぇぇぇえっ! 夜白ちゃんってば、そんなにすごいのかっ!
就職先を自分で好きに選べるなんて、それは相当の実力がないと無理だからなぁ。
「……無理ね」
「な、何が?」
「この一本道の構造の真ん中に雷帝……詰みよ」
「えっと、それだけで詰み、なのか?」
「情報では彼女の間合いは半径十メートル。一歩でもその間合いに入ると斬られる上、彼女が立っている場所は六階へ下りる階段の目の前。一本道で目視されることなく彼女の間合いに進入し、殺されず、尚且つ外部への連絡がいく前に瞬殺するのは、さすがに無理」
「そっか、出入り口が一ヶ所だけなら、外へ連絡されると俺たちは袋の鼠ってわけか」
「連絡するまでもなく、こちらが斬り殺されて終わる可能性の方が高いけど」
「……そりゃ、まいったな」
「まいったね」
表情は無表情のままなのだが、声には諦めの色が混じっている。
「どうすんの?」
「どうしようもない。明朝には出入り口の結界が壊れているのもバレる……ジ・エンド」
そ、そんな……ルゥの身体を見つけ出すことは、もう無理ってことか?
いや、そんな……な、何か、何か方法が……何か対策を考えるんだ!
「大丈夫よカズト、あの結界は出る時に修復出来るように壊したから、バレない」
「……マジで?」
「マジよ」
ルゥに対する言葉が自分への言葉と勘違いしたらしく、泡波はそう答える。
会話が成立するような内容でよかった……セーフ!
「えっと、そのさ? 結界については、大丈夫だぞ?」
「……何が?」
「だから、出入り口の結界は、帰り道に壊したことがバレないよう元に戻す予定だ」
「マジで?」
マジで返しをされてしまった。
ひょっとして、泡波って結構面白いヤツなのかも?
「初日から目的が達成できるかどうかわからなかったからな、一応、元に戻せるように壊しておいたんだよ、あの結界」
「よし、今日は帰って対策を練る」
微かにキリッとした表情でつぶやくと、泡波は帰り始める。
「カズト、わたしたちも撤退しましょ。下のヤツに少しでも気取られたら面倒だし」
一応、どうなっているか見るだけは見たかったのだが、あの殺気……たぶん、アレ以上進んでいたら、夜白ちゃんにバレていた可能性は否めないな。
「なぁ泡波、階段下りてから夜白ちゃんまでの距離って、どれくらいだった?」
「……三十メートルくらい?」
「結構あるなぁ……」
下りたらすぐ目視できる距離だし、距離の三分の一は夜白ちゃんの間合いか……
で、しかも一本道? うわぁ、確かに詰んでるよな、その状況。
「あれ? 泡波は夜白ちゃんに目視されないまま、その距離を確認出来たのか?」
「エージェントの基本は見つからないこと……」
「……そっか、そいつはすごいな」
まぁ、ルゥですら気づけなかったくらいだし、うらやましいスキルだ。
「あ、そうだ、使い魔の件、忘れないようにね」
「お、おう」
「それじゃ、おやすみ」
それだけ言い残して、泡波は姿を消した。
一応、信用して貰えたと思って、いいのかも?
「前途多難、ね」
「まったくもって、その通りだな」
やはりと言うべきか、そう易々とはルゥの身体を見つけさせてはくれないようだ。
「けど……まぁ、なんとかするしかないよな」
「そうね、わたしたちも対策、考えましょ」
「そうだな。よし、帰るぞ」
なんだか今日も色々あって疲れたし、帰ったらすぐ寝る準備を――、
「帰ったらすぐお風呂にしましょうね、ご主人様。今日も身体、一生懸命洗いますよ!」
あぁそうか、そんなイベントがまだあるんだっけ。
「ヨルちゃん……今日もって、ひょっとして御主人様と一緒にお風呂、入ってるの?」
「えっ……うん、そうだよ?」
何故か、ミルカが微妙な目で俺を見ている。
「いや、別に一人で入りたいなら、一人で入っていいぞ?」
むしろ、その方が助かる部分もあるかなぁ、なんて。
「い、いえ……ワタシ、頑張りますっ」
いや、そういうところは別に頑張らなくていいかなぁ?
「ほら、さっさと帰るわよロリコン」
「痛っ、耳を引っ張るな、耳をっ!」
その後、帰宅と同時に全員でお風呂へ入り、対策を考えることになったのだが……
「ほらヨルカ、じっとして、ちゃんと洗えないだろ?」
「うぅぅ、だって、くすぐったいです!」
「ほらカズト、耳の後ろもしっかり洗う!」
「わかってるよ! あ、こら、ヨルカ、まだ洗い終わってないのにシャワーかけるな!」
「もう大丈夫ですっ、しっかり洗えてますっ」
「ご、御主人様もじっとして下さい、うまく背中が洗えません……」
「わわっ!? 耳にお湯がっ!?」
「大丈夫か、ヨルカ!?」
「こ、こらカズト! ヨルカのどこに触ってるのよ!」
「ご、御主人様~、じっとして下さいぃ~」
四人で入るお風呂は大変で、言うまでもなく、対策案なんて浮かぶどころか、考える暇すらなかった。
……ちなみにだが、寝るのも全員一緒だった。




