雨澄七羽
2014/08/01 21:48 一部誤字レベルの表現を修正しました。
「……えっと……」
雨澄の頭にあるアレは、コスプレ、か? ヨルカを見て、耳が可愛いなぁなんて思って、誰もいない所で付けてみましたー……みたいな、そんな感じ?
思わず振り向くと、背中には本物の猫耳が生えた、可愛いヨルカの寝顔が。
「うにゅ……?」
と、ヨルカが小さく寝言を言った……次の瞬間だった。
「へっぷしゅっ!」
俺が振り向いたせいか、髪が鼻をくすぐってしまったようで、ヨルカがくしゃみをする。
そして続けて、ゾワッと身体中に電流が流れたような感覚が襲う。
「誰っ!?」
声に雨澄の方を見ると、彼女はこちらを睨みつけていて……えっ?
「しっ……式原、なんで、ここに?」
「えっ……も、もしかして、見えてるのか、ルゥ?」
視界の端で、ルゥが頷いているのが見えた。
そうか、雨澄のコスプレが気になって、認識妨害魔法への集中が薄らいでいたのか。
ヤバイ……コレは、ヤバイぞ? 盗み見してるのがバレ、た?
「なんでここに居るかって、聞いてるのよっ!」
「うっ……え、えっと……そのぉ」
雨澄は誰がどう見ても怒っている。俺は視線を泳がしつつ、もう隠れていても意味はないと思い、謝罪をしながら森の中から出ていく。
「そ、その……ごめん」
「あたしは、なんでここに居るのかって聞いてるの、答えなさいっ」
「えっと……裏山に行く雨澄の姿が見えたから、後をつけました。ごめんなさい」
「……なんで?」
「えっ?」
「なんであたしをつけたわけ? 理由を言いなさい」
「その……な、仲良くなれるきっかけが、みつかるかなと、思って」
「……そう。つけてる時点で嫌われるって、どうして思わなかったわけ?」
「ご、ごめんなさい」
「……もういいわ。さっさと消えて頂戴」
「あ、その……消えるけど、その前にひとついいか?」
「……何よ?」
ものすごく嫌そうな顔をしたけど、一応、これだけは聞いておかねばと思ったので、俺はその質問を投げかけてみた。
「あの……その耳、何?」
「は……? 耳?」
雨澄は普通の、人間の方の耳を触っている。
「そっちじゃなくて、頭の方の」
「はあ? 頭の方って……え?」
頭にある猫耳のことを思い出したのか、顔が真っ青になっていく。
ま、まぁ、コスプレしてるのを見られたら、恥ずかしい……か?
でも、俺が聞きたいのはコスプレをしている理由で、別にコスプレ自体は可愛いし、気にすることでもないとは思う。趣味はそれぞれだしな。
「み、見たわねっ!?」
「っ!?」
再び、ゾワッと身体中に電流が流れたような感覚に襲われる!
雨澄は今までに見たこともないほどの鋭い目つきでこちらを睨み、左手首の袖からスッと、細い手のひらサイズの……ナイフを取り出した。
「ちょっ!? ま、待てって、落ち着けっ!?」
「うるさいっ! これを見られた以上……あんたを生かしておくわけにはいかないわ!」
叫ぶような声で言い放ち、ナイフを振りかざして姿勢を低くした。
これはヤバイ……アレを投げる気なのか、それともそのまま突進してくる気なのか、どちらだったとしても、一歩間違えたらマジで死ぬっ!
「待てって! 猫耳つけてるの見られたからって、殺すって選択肢はおかしいだろ!?」
「はぁあ!? 苦し紛れに変なこと言ってるんじゃないわよ! それとも何? あたしが『狐の妖怪』だってことわかってて猫耳とか言ってるわけ? いい度胸じゃないっ!」
「いや違っ…………はっ? 狐の、妖怪?」
今、なんて言った? あたしが、狐の、妖怪?
「何そのバカにしたような顔はっ!? そんなに耳だけじゃ狐には見えない? いいわよ、あたしの本当の姿、拝ませてやろうじゃないっ!」
雨澄がそう言った瞬間だった。彼女の身体から青い湯気のようなモノが立ち上り始め、ゆっくりと髪の色が金色へと変化し、スカートの中から、尻尾らしきモノも登場した。
よく見れば、頭にある耳も、ふさふさの尻尾も、キツネ色をしていて……
「どうっ、これで狐ってわかった!? 何が猫よっ、バカにしないでよねっ!」
「いや……えっと、マジで妖怪なの?」
「はぁあっ!? 何言って……えっ? ま、まさか、本当に、気づいてなかった?」
怒りで真っ赤だった顔が、ゆっくりと青ざめていく雨澄に、こくりと頷く。
「も、もしかして……あたしの、自爆?」
再度、こくりと頷く。
「そ、そ、んな……」
すべてを理解したのか、すとん、とその場に座り込む。盛大に自爆してしまったのが、とてもショックらしい。まぁ、確かに伏線もない急なネタバレで俺も驚いてはいるが。
「あ、あのさ、猫耳じゃないのはわかったけど……それで?」
「……はあ? 言ってる意味が、わかんないんだけど?」
半泣きの表情で、でもキレ気味にそう言われたので、もう少しわかりやすく返す。
「いや、だから狐の、妖怪? ってのがバレたら、そんなにマズイのか?」
「……はあ?」
「いや、よく漫画とかであるじゃん? 人間に正体がバレたら死ななくちゃいけない掟があるー、とか、見た人間を殺さないといけないー、とか」
「……無いけど?」
「無いのかよ」
なんだよ、いきなり殺そうとしたり、盛大に落ち込んでるからなんかあるのかって心配したじゃないか。あー、心配して損した。
「何よ、無かったら、何?」
「いや、ってか雨澄はなんでそんなに落ち込んでるわけ?」
「はあ!? そりゃ隠してた正体がバレたら……しかも自分のせいでバレたら落ち込むに決まってるじゃない! し……しかも、あんたにバレるなんて……!」
「はぁ、そうですか。じゃあ勝手に落ち込んでてくれ、俺、帰るよ」
なんか疲れた……帰って、ヨルカに癒して貰おう。
「ちょっ、ちょっと、待ちなさいよっ!?」
「ん……? 何?」
「……何も、言わないの?」
「何が?」
「あ、あたしが妖怪って知って、何か言うことはないのかって意味よっ!」
「……は?」
「に、人間じゃないのかよ気持ち悪い、とか、ち、近寄るな……化け物、とか……」
「……あぁ、そうだな、言い忘れてた」
怒った風にと言うか、真剣にと言うか、そんな眼差しでそう言った雨澄に、俺はしっかりと目を見ながら、少し大きめの声で、答えた。
「その狐耳、可愛いな」
「…………は?」
「あと、雨澄はそうやって感情を出しながらしゃべった方がいいと思う。いつもの不機嫌面も……まぁ、あれはあれでいいけど、俺は、そっちの方が好き……かな」
途中で言ってて恥ずかしくなり、視線を外してしまった。
くそ、何を言ってるんだ、俺は。やっぱり疲れてるな、帰ろ帰ろ。
「なっ……な、ななっ……!?」
「じゃ、また明日な」
「待ちなさいよっ!!」
「なんだよ、そろそろ帰らしてくれよ」
「ふっ、ふざるけんじゃないわよ! こっちは真剣に聞いてるのに……な、何が『俺はそっちの方が好き……かな』よ!」
「うあー、やめろ! 自分でも恥ずかしいこと言ったって思ってるんだからっ」
「こ、このっ、いい加減に――、」
「俺はお前を気持ち悪いだなんて思わない」
「……え?」
「近寄るなとか、化け物とか思わない。むしろ可愛いとすら思う……これでいいか?」
言う必要はないと思っていたけど、それを求められているようなので、答えた。
すると雨澄は困ったような顔になり、また不機嫌そうな顔に戻り、言う。
「な、なんでよ」
「なんでって……そう思うんだから仕方がないだろ?」
「だからなんでっ!? 普通なら気持ち悪いとか思うでしょ!?」
「思わない」
「だからなんでっ!?」
「俺は外見とか特徴とか、そんなくだらないことでクラスメイトに偏見持ったりしない」
「……くだらないこと、ですって?」
声、怒気が含まれていた。
雨澄にとって、ソレはよほどのことらしい。
「あぁ、くだらないね」
「……」
「そもそも獣耳とか尻尾があるとか、人間じゃなから気持ち悪いってなんだよ、ヨルカのこと言ってるのか? こんなに可愛いヨルカが気持ち悪い? どれだけ感性腐ってるんだ」
「……」
「ただちょっと普通と違うだけじゃないか、それだけで……って、ひょっとして雨澄、それでイジメられたりしてたわけ?」
「っ……!?」
正解だったのか、驚いた表情を見せる。
なんだ、そうか、『そういうこと』だったのか。
「ははっ……じゃあ、俺と一緒だな」
「……えっ? 一緒?」
「なんだ、仲間か。あー、全部わかった、なるほど、そういうことか」
俺、察しが悪いなぁ。そうか、今まで『ソレ』でイジメられてきたから必死に隠して、でもそれがバレたから、また同じ目に遭うかと思った……けど、俺の反応が違ったから変に思って、噛みついてたってことか、すげぇ納得だ。
「よし、なら仲間だって証明してみせよう」
「はあ?」
「コレを自らの意思で見せるのは、雨澄が初めてかな……」
ちらりと、ルゥを見る。
「ちょっ!? ま、まさかわたしを見せる気!?」
俺の視線と発言に、今まで見て見ぬふりをしていたルゥが、慌ててそう言った。
「あぁ、いいだろ? 『仲間』ならさ」
「いいわけないでしょ!? そ、それでまた、前みたいに……」
「ならない。雨澄は……雨澄なら、きっと大丈夫だ」
俺の言葉に、表情に、しばらく考えたルゥは……がっくりとうな垂れる。
了承、ということみたいだ。
「ちょっと、誰と会話してんの?」
「あのさ、俺、妖精が見えるんだ」
「……は?」
「そう、それ! いい反応だなそれ。そうやって馬鹿にした視線で、俺も見られてたんだ。だから雨澄と仲間だな。普通と違うから、イジメられてた、仲間だ」
「……」
言葉に、雨澄はまっすぐ俺を見つめる。
これで、やっとわかって貰えたか? あとはルゥを見せれば解決、かな?
「式原……」
「ん……?」
「……きもっ」
「…………えっ?」
先ほどまで真顔だった雨澄が、急に蔑むような表情に変わり、一歩引いていた。
「よ、妖精が見える? うわ、きもっ……頭、大丈夫?」
「いやいやいやっ!? えぇっ!? その反応はおかしいだろ!?」
「ちょっ、近寄らないでよっ!? 電波がうつるでしょ!」
あれぇぇえ!? おかしいな、なんでこんな展開になるんだ? んんっ?
「というのは冗談で」
「冗談かよっ!?」
「そんなカッカしないでよ、ウザいから」
「お前がさせてるんだろうがっ!」
「で、本当に見えるわけ?」
「……あぁ、証明してやるよ」
「できるの?」
こくりと頷き、俺はおぶっていたヨルカを下ろし、右手に魔力を集中させる。
身体中に流れる魔力を、すべて、右手に……!
「雨澄、ちょっと手、触るぞ?」
「えっ、嫌だ」
「……今、すげぇ傷ついた」
「なんで妖精が見えるってことの証明のために、手、触る必要があるの?」
「対象者の目を俺の魔力で覆う、ってのが見えるようになる条件なんだよ。で、直接目に触れるわけにもいかないから、一番触れやすい手に触れて、そこから魔力を流すんだよ」
「なら……そうね、この、制服の袖ならギリギリ触ることを許すわ」
そう言って、右手をそーっと嫌そうに差し出す。
俺、もう帰っていいかな?
「ほら、早くしてよ。誰かに見られたら、付き合ってるとか思われて最悪じゃない?」
俺が今、最悪な気分なんですけど。
と思いつつ、そっと袖に触れる。そして、魔力を……
「……ルゥ?」
名前を呼ぶと、仕方がないわね、といった感じでルゥは俺の肩に下りてくる。
「これで、見えるか?」
「……え?」
ルゥの姿が見えたのか、じーっと、雨澄は俺の肩を凝視する。
そりゃまぁ、妖精なんて初めて見るだろうから、驚くのも無理ないか。
「……メイド服?」
「そっちか」
「え? 妖精って、メイド服着てるの?」
「いや、それはコイツの趣味」
「ルゥよ。よろしくね、狐耳ちゃん」
悪そうな笑みを浮かべてそう言ったルゥに、雨澄はこめかみをピクリと動かす。
ったく、コイツは本当にっ……!
「このわたしを見たからにはぁ、一応、言っておくけどぉ」
と雨澄の反応を見つつ、にやにや前置きを言ったルゥは、突然声色を変える。
「もしわたしのことや、カズトがわたしが見えることについて誰かに話してみなさい……手段を選ばず、どんなことをしてでもあんたを殺すわよ」
「お、おい……ルゥ」
「……わかった?」
「…………ふん、最初から誰にも言うつもりはないわ」
見ると、ルゥに脅されたからとかそういうのではなく、ただ本当に『言わない』とそう思っている……雨澄は、そんな表情をしていた。
「雨澄、俺もお前のこと、絶対に誰にも言わないから安心してくれ」
「……ま、ここまで見せられたし、一応その言葉、信用しておくわ」
一応、ね。ま、今はそれでいいか。
「じゃあ、今後ともルゥ共々、よろしくなっ」
そう言って俺は持っていた袖を手放し、雨澄へ手を差し出す。
「何よ?」
「友情の印に握手でもと思って」
「はあ? 友情って、なんであんたと友達になっちゃってるわけ?」
「いいだろ? お互いに秘密知っちゃったわけだし、仲良くしようぜ?」
「うわー、下心見えみえよカズト?」
「うるさいな」
「……今、その妖精なんて言ったの?」
袖から手を放したから魔力が途切れたみたいで、雨澄はルゥを見失っているようだ。
「いや、別に」
「……ま、いいけどね」
「それじゃあ――、」
「握手はまたの機会に。……友達の件は、考えておくから」
くるりと背を向け、真顔のつもりなんだろうけど、少しにやけた感じで、先ほどまで座っていた木へと歩いていく。そして再び木へと座り、置いていた本を手にした。
「それじゃあね」
帰れ、とのことらしい。
「あぁ、うん、それじゃあ」
苦笑しつつ俺はルゥの力を借りてヨルカをおんぶし直し、来た道を戻ることにする。
途中、雨澄の様子が気になってちらりと振り向いてみると、彼女もこちらを見ていたようで、目が合った瞬間に慌てて本に視線を戻しているのが、面白かった。
「また、友達が出来るかも……」
「また……女の子の友達が、ね」
嫌そうに言っているルゥを見て、また嫉妬か? なんて思うのだった。




