エピローグ 十二月十四日
十二月十四日
僕は目を開けた。
天井は白。二本の蛍光灯にリノリウムの床。
そして医薬品特有の匂い。
「ここは?」
周りを見渡して此処が病院だと言う事が分った。
そしてなぜ自分がここにいるかを考えてみた。
「???」
分らない。何故僕はこんなところにいるんだ。
何をしていたんだ?
―――全く記憶に無かった。
数年前、都会にいて絵描きをしていた後から全く記憶が無い。
一体、何をしていたんだ
「桑野さん、お調子はいかがですか?」
看護婦が僕のところまで来て問う。
「僕は…?」
「あなたはつい先日この病院に搬送されてきたのですよ」
全く意味がわからない。
どうして病院にいるのか分らない。
そして看護婦は言う。
あなたは何も異常がなかったのに運ばれてきたのです、と。
「……」
不思議だ。
ならどうして僕が病院に?
ちゃりっ
?
僕の手の中に何かが握られていた。
ゆっくりと手を広げてみる。
「これは…?」
「ここに来た時からずっと持っていましたよ。」
看護婦がそれを見て言った。
治療中も搬送中も、私たちがそれを取ろうとしても―
「――貴方はそれを離しはしませんでした。」
…………それは銀のロザリオだった。
僕のじゃない。
見たことが無い。知らない。
シンプルな銀の十字架、美しいロザリオ。
どうなっているのだ?
僕は一体、コレを、
いつ?
どこで!
「なにかあったらコールしてください。」
看護婦がそう言って出て行った。
一人ぼっちの病室はとても冷たいものとなった。
そして静かだった。
「……ははははっ」
僕は意味もなく、無機質に笑った。
銀のロザリオを握り締めたまま。
バカらしくて笑いが止まらなかった。
病室に笑い声が反芻する。
「ははは――――うっ」
突然、悲しみが僕の心の中に広がった…
わからない。
この銀のロザリオは僕にとって大事なものだった。
思い出せないけど、そうに違いなかった。
そして、なにか悲しい事が。辛い事が。
あったはずなのだ!!
それが思い出せない。
「うっ、うう、あ…」
必死に声を抑えようと、シーツをしわが出来るほどぎゅっときつく握る。
―――――悲愴。
もう、こみ上げてきたものに我慢できなかった。
「うわあああああああああっああああああああ!!」
僕は我を忘れて泣きつづけた。
わからない。
どうしてこんなに悲しいのか教えて欲しい。
教えて欲しかった…
一体、僕が何を失って、何を手放したのか!
十字架に茨が播きついているシンプルなデザインの銀のロザリオ。
それだけが、なにかの絆に違いなかった…
僕はそのままロザリオに眼をくれた。
涙でその銀のロザリオが歪んで見える。
もう、戻れはしなかった。
結局、僕の手には銀のロザリオだけが残った…
エピローグ
あの後僕は自分の住むべき領域に戻った。
部屋にはいくつもの絵、絵、絵。
今の僕にはそれさえ無機物にしか見えない。
そして其の絵の中に一枚だけ。
一枚だけ、
描いた覚えが無い絵があった。
水平線に夕日が沈む所に白のワンピースをきた女の子。
とても僕が描いた絵とは思えなかった。
その絵のタッチから、何かを訴えかけられているに見えた。
心の芯から揺さぶられる、そんな気持ちになった。
今の僕にこんな絵はかけない、そう思った。
そしてまだ気付いていない。
其の女の子の手にあの銀のロザリオが合ったことに。




