十二月十三日
たとえ、どんな機械仕掛けの神が存在しようとも、彼らの破滅を止められる者はいない。
十二月十三日
僕達はこの三か月何度愛し合い、離れあっただろう。
時には喧嘩し合い、時には共に笑い合った。
それでも僕達は離れる事はなかった。
緋歌瑠との思い出は僕の、僕達の、宝物だった。
「峻、お願いがあるの」
振り向くと緋歌瑠が僕の後ろに立っていた。
彼女の手にはお盆が。
其の上に一杯の水、そして青紫の小さな花をつけた草があった。
「これは?」
彼女の目が一瞬泳いで僕の視線から外れた。
そして申し訳なさそうに口を開いた。
「勿忘草…」
「えっ?」
ワスレナグサ?
「この島だけに咲く異質な草。この草を摘んできた人の全てを、飲んだ人は忘れるの。」
「!」
忘れる。それは恐怖の象徴。
「私はあなたを愛しすぎてしまった。もう、忘れる事は…」
「どうしてっ!」
僕達は共に愛し合ったはずだ。
緋歌瑠は僕と眼を合わさない。ただ、苦しみを我慢しているような表情だった。
時計の針が時間を刻む。
チクタクチクタク
「忘れるしかないのっ!」
突如、緋歌瑠が大声を上げた。ついさっきの僕の言葉に対する返答なのか。
緋歌瑠が泣いていた。
僕は言葉を失った。
「もう、全部遅かったのよ…」
それってどういう意味なんだ?
僕は緋歌瑠、君の事を忘れろって言うのか?
出来ない、出来るはずが無いっ
「もし、破棄するなら、如月家を…」
本国の婚約者が如月を取り潰す。
「!」
「これ以上、お父様にもお母様にも迷惑を掛けたくないの…」
家族の為に婚約を取るって言うのか?
「私は、誰よりもあなたが好き。」
「じゃあ、…なんで」
「私はもう戻れないの…」
現実と成ってしまった。
僕が恐れていた事が。
緋歌瑠も僕と同じように大事なものを捨てようとしている。
僕は他者から奪われ、緋歌瑠は自分から捨てようとしていた。
「…」
僕は首を何度も振った。
「お願い、飲ん…うっぅぅっ―」
最後まで緋歌瑠は言葉に出来ず、嗚咽をこぼした。
僕は緋歌瑠を見つめる。
……っ
僕がまた愛してしまったからだ。
こんな事さえなければ緋歌瑠はこんな悲しむ事なんて無かった。
無かったのだ。
僕のせいだ。
本当はわかっている。彼女が泣いた時から。
僕は緋歌瑠を忘れたくないと!!
でもそれも出来ない。
僕達は…僕達は忘れるしかないのだと。
わかっているのだ!
僕は緋歌瑠を―
…愛さなかったほうがよかったんだ…
「私は…あなたといれて本当に良かった。」
「!」
緋歌瑠が僕を見て笑った。泣いている表情で無理やり。
「できるなら、私だって…忘れたくなんてっ」
「緋歌瑠っ!」
僕は彼女を抱きしめた。力いっぱい、彼女を放さないために。
何よりつながりを失わない為に。
「どうして私達っ、愛し続けられないのぉぉっ!!!」
緋歌瑠が嗚咽をこぼして、そう叫んだ。
僕達、二人は泣いた。
大声で、大粒の涙をこぼして泣きつづけた。
「峻…」
何も言わなくていい。
間違いじゃないっ
僕達が愛し合ったのは
間違いじゃなかった!!
これでよかったんだ。
………
よかったのだ!
緋歌瑠が落ち着いたのを見て僕は彼女を離す。
行く先はテーブルの上に置いてあるお盆。
そしてコップと勿忘草をとる。
「っ 絶対に忘れない。忘れないから!」
緋歌瑠が両手で口を覆う。
緋歌瑠から言葉がでない。ただ、何度も何度も首を縦に振っていた。
(私も)
そう言っているようだった。
僕は勿忘草を口に入れる。間をいれずに水を飲み込んだ。
「緋歌瑠… 愛してる…」
そのまま僕は地べたに崩れて、気を失った。
…………
これでよかったんだ…
緋歌瑠…。




