九月十九日
九月十九日
僕はゆっくりと目を開けた。
周りを見渡すと、緋歌瑠の部屋にいた。
障子の外には漆黒の暗闇が広がっている。
外からの光は神々しく光る月の光だけ。
「僕は……っ?」
布団から起きて自分の両手をゆっくりと眺める。
そして次第に手が震えだしてきた。そのまま頭を抱えて悶える。
(やってしまった…)
僕は彼女を愛しすぎてしまったのだ。
彼女の吐息、それに柔らかな匂い。実際、まだ実感が残っている。
外から虫の音色が聞こえてきていた。
諦められない。どうしても頭から離れない。
彼女の顔が!
彼女の声が!
主、忠光様は僕に諦めろとそう言った。
でもそんな事出来るはずがない。
分っている。僕が彼女にとってネックだと言う事を。
彼女を幸せに出来ない事を。
分っているんだ!
「峻?」
其の声に僕は振り向いた。
見ると障子の戸が一箇所だけ左右に開いている。
その障子の隙間の奥に緋歌瑠が佇んでいた。
彼女は縁側に座っていて、こちらからは背中しか見えないが、闇に浮かぶ白い満月を眺めているようだった。
「緋歌瑠…様」
彼女自体が白月の光を浴びて、より神々しく、凛々しく見えた。
天女にすら間違いそうな美しさ。
「…わたし…わたし…」
緋歌瑠の声が上ずっていた。
彼女の目に涙がうっすらと溜まっているのが此処からでも分った。
「峻、あなたが好き。」
「…」
僕は言葉が出ない。
「自分でも恐いの。あなたを見ると…なにか心の中で」
彼女が本当に泣いていた。
彼女にふさわしくない事は事実。
それでも僕はここで彼女を抱きしめていいのか?
彼女に触れていいのか?
緋歌瑠は声を出して必死に涙を拭っていた。
それを見て僕は―
「緋歌瑠」
ゆっくりと彼女を胸に寄せて抱きしめた。
「峻……私はあなたが――」
本気なのだ。彼女は本気なのだ。
「僕も愛してる。」
もう…僕は戻れない道を進んでしまった。
彼女の顔を見る。
すぐ近くにある緋歌瑠の顔。
安心した表情で微笑んでいる。
僕は右手で何度も彼女の髪を撫でた。
「……」
彼女が眼を瞑った。
僕も彼女に顔を近づける。
―――――『お前に緋歌瑠は愛せない』
脳裏に、突然騒音のようにその言葉が響いた。
そして彼女の息が聞こえる距離まで顔を近づけ、僕は止まった。
愛せない、愛せない、愛せない。
僕は…
「峻?……」
緋歌瑠が眼を瞑ったまま僕に問う。
僕も眼を瞑ったまま自分に問う。
緋歌瑠を抱きしめていた手を彼女の両肩におき僕は彼女を離した。
「緋歌瑠様、申し訳ありません。僕にはあなたを…」
アイスコトハデキナイ
「ど、どうして…? 私が嫌いなの?」
そんなはず、ある訳無かった。
僕は彼女を誰よりも愛している。
でも愛せない。僕にはあなたを愛す資格など
在りはしなかった。




