死せる作家に捧げる哀歌
俺の友人にプロの作家がいる。俺も読んだがこれが結構面白い。出した本が新人作家にしては好調に売れてるのも分かるってものだ。
そんなプロ作家である友人であるが、本職はブラック企業勤務である。特に繁忙期はきついらしく、先日は車の運転中うつらうつらして電柱に突っ込んだ。時速80kmは出てたとは本人の談だ。車は廃車である。だが本人は奇跡的に無傷だった。少しは休めと言うがなかなかそうもいかないらしい。なにせブラックだ。
仕事もまだやめられない。本が好調に売れてるとはいえ、デビューしたばかり。本の印税も本職に比べれば半分にもならない。
もっと売れて、二億くらい貯まったらタイに行って引退生活を送るのが夢らしい。まだ20代なのに夢のある話だかない話だかよくわからない夢だ。
友人はブラック企業勤務で激務であるんだが、作品は毎日書いてネット上に投稿している。
ちょっと解説を加えるなら友人はネット小説のサイトに投稿している作品が人気となり、商業出版社の目にとまって作品が出版の運びとなったのだが、ネットの連載はそのまま続けているのだ。その上、書籍版は改訂を加えているらしく、その作業も並行してやっている。
毎日夜の21時や22時。時にはもっと遅く帰ってきて、それから作品を書き始める。だいたい1,2時間で1万字ほど書き上げるとそのまま推敲もせずに投稿して眠りにつく。書籍の改訂のほうは休日にまとめてやっているようだ。
はっきりいってその執筆速度は異常だ。俺自身もマイナーなアマチュアの作家なんだが、1時間にどんなにがんばっても3000文字が限界だ。その上、書き上がったものには推敲を加えないととても読めたものじゃない。
それだけの速度だから、乱筆、悪筆の類だろうと思うがそうではない。誤字も少ないし、文章もストーリーも秀逸だ。なにせ出版社が頭を下げてうちで出してくれって言ってくるくらいだ。
酒の席でどうやったらそんなに早く書けるんだって聞いたことがある。
「未来を見てくるんだ。そこで自分の作品を見て、それをそのまま書いてる」
友人はそう言うとニヤっと笑った。もちろん冗談だろうとその時は思った。酒もだいぶ進んでいたしな。
ところが先日、友人の投稿が止まった。俺はもちろんリアルタイムで連載を読んでるんだが、ずいぶんといい場面で話が止まった。いままで週5日は投稿していたのに、もう一週間投稿がない。
もしかしてまた事故でも起こしたか!? そう心配して連絡してみるとそんなこともないという。だがだいぶ疲れた声をしている。ブラック企業の激務が限界を超えでもしたんだろうか。
とりあえず今日は早めに上がれるというので飲もうってことになった。
「未来で作品の投稿が止まった」
友人はそういって泣きそうな顔をした。詳しく話を聞き出してみると、未来を見てくるという話が本当に思えてきた。少なくとも俺は信じた。
ある時、スランプで筆が止まったそうである。ずいぶんと悩んだ末、ある日その未来を見れる力を手に入れた。脳裏にビジョンが浮かんだそうだ。最初は自分の妄想だろうと思ったそうだ。
自分で考えたストーリーだ。それがビジョンの様な形で見えたんだろうと。
だがネットに投稿する小説に書かれる読者の感想。それはどう考えても自分の書いたものではない。そのビジョンもついでに見えて、その通りに読者の感想が書かれる。それでようやく未来の出来事が見えていると確信したそうである。
それからは一年ばかりは楽しかったそうだ。未来をちらっと覗いて来る(友人はそう表現した)だけで作品は書けるし、本は出版される。睡眠時間は増える。
それが先週から見えなくなった。
「続きを自分で書けばいいだろ?」
そもそも、この未来の作品。誰が書いてるんだろう?友人が書いているのは確かだが、それは未来の作品を見て書いたものだ。じゃあその未来の作品の大本は誰が……?
「書けないんだ……ずっと未来を見て写してきただろ?そもそもスランプだったんだ」
「なんで未来が急に見えなくなったんだ?」
俺がそう聞くと友人はビクッとした。
「見えるんだ……」
「じゃあそれを書けばいいじゃないか」
「だけどそこには新しい投稿がない。読者の感想が増えるだけなんだ」
ある時点で未来の友人の活動が止まってしまった。その日付が今から3日後。
「どうしよう!? 俺きっと死ぬんだ!」
「落ち着けって。単に未来のお前がさぼってるだけかもしれないだろ?」
「だって……」
「何か病気でもしてるのか?」
「いや。昨日念の為に病院には行ったが健康だった。ちょっと疲労が貯まってるって言われたけどな。それに一週間有給を取ったから当日は家に閉じこもる。事故ったりもしない」
「なら死ぬってことはないだろ」
「まだわからないよ。それで頼みがある。その日、一緒に居てくれないか?」
「うん、まあ丁度休みだからいいけど」
「ありがたい! その日は何か武器になりそうなものも持ってきてくれ」
机の上にゾ○ビサバイバルガイドがあったのが見えたがそのせいだろうか? 俺もちょっと怖くなったので装備は整えておこう。
当日。俺は朝からそいつのアパートに行き、一緒に過ごした。ゲームをしたり、借りてきた映画をみたりして時間を過ごす。
だが夜になっても何も起こらない。誰も尋ねてこないし、隕石や飛行機の落下もない。ゾンビももちろん出てこない。地震にでも巻き込まれて道連れにならないかと少し警戒したのだが、それも杞憂だったようだ。
「大丈夫だって。ほら、あと1時間で日付が変わる。もう大丈夫だ」
「う、うん」
だが、友人の顔は青く、汗をだらだらかいている。
「おい、大丈夫か?顔色が悪いぞ!?」
「うっ」
友人はそう一声呻くと倒れてしまった。
「きゅ、救急車!」
「お、俺が死んだらPCの中身と黒歴史ノートを……」
友人が息も絶え絶えにそう言う。
「わかってる! いま救急車を呼んでやるからな!!」
119をして救急車を呼ぶ。そうしている間も友人はだんだんと弱々しくなっていく。
「お、おれ……やっぱりここで死ぬんだ……」
「し、しっかりしろ! もうすぐ救急車が来るからな!」
友人は救急車の到着を待たずに死亡した。原因不明の心不全だ。
不審死ということで一緒に居た俺に疑いが向いたが数日で無罪放免となった。いくら警察が調べても動機も手段も出てくるはずもない。それに友人が何かあった時のために部屋をずっと撮影していたのも助かった。
警察はただの心不全として処理することに決めたようだ。警察を出る前に俺宛の遺書を渡された。友人の部屋の机の中に入っていたらしい。
中にはどこにでもあるような小石と、これまでの経緯、これを握ると未来が見えたことが綴られていた。そしてもし友人が死ねばこれを処分してくれと。
警察から解放されたとき、俺は会社を首になっていた。ここの所業績が悪かったところに殺人容疑での勾留。これ幸いと一方的に解雇を決められた。こんなものは不当解雇であり認められるものではないが、俺は大人しく退職した。実は出版社から書籍化の話がきていたのだ。
数カ月後、俺はなんとか出版にこぎ着けた。
だが二冊目の本が出たあたりでスランプが訪れた。書けない。話が思いつかない。
締め切りが迫っている。編集が原稿はまだかと電話をかけてくる。
俺は友人に託された石を思い出した。
捨てずにしまってあった小石を取り出し手元でもてあそぶ。別に未来が見えたりはしないな、そう考えたときドクンと石が脈動したように感じた。
俺は誘惑に耐え切れなかった。
三冊目を出したあたりでアニメ化の企画が来た。
五冊目発売と同時にアニメの放送。売上は数倍になった。全てはこの石のおかげだ。なんとか石なしで書こうとしたが無理だった。
ついにその時が来た。未来のビジョンが見えなくなったのだ。
俺は強引に入院してその日に備えた。検査をしても全くの健康体であったがその当日、お金を積んで医師と看護婦に集中的に監視してもらえることになった。
奇妙な患者だった。多少過労気味ではあったが精密検査をしても全くの健康体だったのだ。それが突然苦しんだと思うとそのまま死亡した。まるで自分の死期を知っていたかのような患者の行動。
この石を捨ててくれ、それが最後の言葉だった。検死解剖をしても何もでてこなかった。心不全ということで処理されることになるだろう。
だが患者が死ぬことは日常茶飯事。それよりも趣味で書いている小説の続きのほうが心配だ。クライマックスをどうするか? もう一ヶ月もそこでつまっているのだ。趣味とはいえ、そこそこ人気があって読者も多いのだ。
そのとき、手に持っていた小石が脈動したように感じ――――
別名「エター作品を次々と生み出す石」