もうすぐ終わり
朱音さんが戻ってきて手を握ってくれたことで、私はまたシロやクロ、継人兄ちゃんの肩に乗ってるちっさいおっさんを見たり、声を聞いたりできるようになった。
「よかったねぇ、佳世ちゃん」
七海ちゃんがにこにこして言う。ここは学校。
「朱音さん、また東京でしょ?」
とは首を傾げる結意ちゃん。
そう、朱音さんは、今やテレビの人気者です。今も番組やCMで朱音さんのまぶしい笑顔を見る事が出来ます。
「うん。でも、朱音さんが傍にいないからってすぐ分からなくなるわけじゃないんだよ」
と、私はちょっと困ったように笑う。
***
シロとクロが学校に行き始めた日。
確かに、私は、お見送りには間に合わなかったんだって。
なんと、朝の5時に、お迎えの先生が部屋に来たんだそうだ。
早いよ! 確かに朝の時間帯とはいえるけど、冬の5時ってまだ外暗いよ!
『キュゥ、キュッキュー(ちゃんと、言ってきます、って言っておでかけしたよ~)』
『ピィ、ピィピィ(おかーさん、寝てたけど、『うん』って答えたんだよ』
と、クロとシロ。
うーん、無意識でちゃんと返事はしてたみたい…。
(それって寝言だよね)
で、そこまでは、たぶん、いつもと変わってなかったんだと思う。
***
説明をくれたのは、晃兄ちゃんや朱音さんや継人兄ちゃんではなくて、学校の『分かる』人だった。
なんと、無愛想イケメン長谷川君。
本当は関わりたくなかったんだけど、私たちが正解にたどり着けずいつまでたっても「うーん、うーん」って不思議がってたから、仕方なく説明に来てくれたみたい。
極力目立ちたくないらしく、私が一人、教室を出ようとした時に無音で背後から肩を叩かれた時は本気で驚いた!
シロとクロさえ驚いてたもんね。恐ろしい人だ。
「三村さんが、いきなりシロとクロが見えなくなったのはさぁ・・・」
と、驚きの冷めやらない私の様子などおかまいなしに、長谷川君は言った。
「シロとクロの、状態が、変わったからだよ」
「へ?」
とは私。
「全然違うけど、あくまで分かりやすく例えると、
氷と、水と、湯気みたいなもんでさ」
「・・・は?」
「普通は、みんな、氷だけ見えてるんだけど、その中で、三村さんは水の状態まで見えるようになったんだ。ここまでの例えは良い? 分かってる?」
「・・・・・えーと、うん」
『氷』しか見えない人を普通の人として、
『氷』も『水』の状態も見える人が、『見える人』ってコト・・・だよね?
「シロとクロは、学校に行った事で、レベルアップしたんだ。『水』レベルだったのが『湯気』レベルになったんだ」
「・・・・」
私は眉をひそめた。
「わからない? わかってる?」
「そのまま続けてみてくだサイ」
ちょっとカタコトになる私。
長谷川君はちょっと説明を困ったように、自分の肩を右手でコリコリとかいた。
「うーん、分かりやすいと思ったんだけどなぁ」
「えっと、だ、大丈夫」
たぶん。
「じゃあこのまま続けるけど。
シロとクロがレベルアップして『湯気』状態になったから、『水』までしか見えない三村さんには、見えなくなったんだよ」
なんか分かる気がする。
「・・・学校に行く事でシロとクロがレベルアップしたから、私が見える範囲に入らなくなった、私には見えなかった、てこと」
「うん。そう」
「でも、斎藤君とこのケンタロウとかも、全然見えなくなっちゃったんだよ」
そう、継人兄ちゃんのちっさいおっさんも、全然見なかったんだ。
「その説明はちょっと面倒だから省略」
えー、なにそれ。
「しいていうなら、シロとクロが見える事が、三村さんにとっての『見える』ことの始まりなんだよね」
「・・・」
「あ。ついでに言っとくけど・・・」
長谷川君は、ちょっと迷ったように言いながら、こう告げた。
「実は三村さんが凹むから、数日後から、シロもクロも学校にいかず、ずっと傍でピィピィキュウキュウ鳴いてた」
「ええええええええっ!!!」
「鳴いてたって言うか、泣き・・・? 2匹でしょんぼりしたり励まし合ったりしてた」
健気だった。
と、無表情でもイケメン長谷川君は淡々と事実を言いました。
「うわあああああ!! シロー!! クロー!!! ごめんね、ごめんねー!!!」
『ピィッ!!(エッ、何っ!!)』
『キュ~!!!(おかーさーん!!)』
私とシロとクロが盛り上がってしまったので、気がついた時には長谷川君は姿を消しておりました。
あ、お礼言ってない。
(まぁ良いか)
***
受験の合格のお祝いに、朱音さんは、私の手を握って、『朱音さんパワー』をちょっと分けてくれたんだ。
だから、レベルアップしたシロとクロも、また見えるようになった。
あの日、夜に帰って来た継人兄ちゃんが私の状態を見て、教えてくれた事がある。
それは
「佳世は、そうとう、鈍いんだと思うんだよな」
って事だ!!
つ、継人兄ちゃん・・・。
ガーン・・・。
私のみならず、シロとクロとも一緒にショックを受けてた。
継人兄ちゃんの肩の上では、ちっさいおっさんが「ギルギル」ってものすごく頷いているんだよ!
そ、そんなに私、鈍いヤツだったの・・・。
「考えても見ろよ。佳世が生まれる前から、朱音さん、ずっと兄貴の傍にいるんだぞ。家の上空とかずっといるし、我が家はパワースポットだろ、間違いなく」
う、うん・・・。
それで?
「俺なんか、小学校上がる前から色々見えてたのに、佳世は高校3年になるまで、何もなかっただろう」
・・・。
「良く言えば、影響されにくいっていうか。
現実にちゃんと足ついてるっていうか。
それが普通だから全然良いんだけど」
う、うん。あれ、褒めてくれてるよ。
「ただ、見えるか見えないかっていう事になると、佳世は、見ないタイプなんだな」
が、がーん・・・。
「とはいえ、朱音さんの影響があまりにも大きくて、たまりにたまって、高校三年生の冬になって、影響が出たんだ、と俺は思ってる。」
花粉症の原理だ。
という継人兄ちゃんの説明に、やっぱりちっさいおっさんが、肩の上で「ギルギルギルギル」うなずいている。
頷きすぎです、ギルバートさん。
「もともとが見えない方の人間だからさ。兄貴の出張で朱音さんもちょっといなかったし、元に戻ったんだよ」
***
結局、私は本来『見える』事からは縁遠いタイプらしくって。
それでもあまりに朱音さんが傍にいたからある日から見えだしたけど、影響を与えていた朱音さんがしばらく傍から離れた事、シロとクロがレベルアップしたことから、『見えない』方に戻っただろうって。
***
今、シロとクロは、せっかく通いだした学校だけど、ちょっとお休みしている。それは、私のためだ。
私が、すぐ見えなくなって、とても心配してたから。
また見えなくなってしまうんだろうって、とっても凹んだから。
『ピィピィピィ(春になってから、ちゃんといく)』
『キュゥ~(それまで、おかーさんと遊ぶ~)』
って、シロとクロは、先生とも相談して、言ってくれたんだ。
おかーさんの私が、フォローしてもらってる。
でも嬉しいよぅ。
もうすぐ高校生活が終わる私。
シロとクロと、話し合って、私たちは、同じ日に、学校に行き出す事に決めた。
私の、大学入学の日に、シロとクロは学校にまた通い出すんだ。
2匹はすぐ大きくなって、あっという間に私には見えなくなっちゃうかもしれないけど。
声も会話もできなくなっちゃうかもだけど。
シロとクロがいる事は違いないんだ。
見えなくても傍にいたよって、2匹は教えてくれたから。
私も、見えなくても、シロとクロいる事を知ってるよ、気にかけてるよ、って、2匹に伝えた。
『ピィピ(絆だね)』ってシロが言った。
『キュゥ(絆だね)』ってクロも言った。
「絆だね」って、私も言った。
そういうので、繋がってるんだね。
見えなくても聞こえなくても触れられなくても、感じられなくなっても。
皆、同じものを見ているわけじゃない。
そして、見えないからって、それが無いわけじゃない。
あるものは、あるんだなって、思う。
***
もう高校生活も終わり。
皆、デジカメや携帯で写真を撮りあったりしてる。
先生も何もいわず見逃してくれてる。
私も、結意ちゃんや七海ちゃん杏ちゃん(お昼一緒メンバー)、西野さん(聞こえる人)、山田さん(見えてないけど聞いてくれる人)たちと写真を撮りあった。
『ピィ~・・・(あれ~・・・・)』
「あれ、シロがしょんぼりしてる」と私。
「え、なんで?」とは杏ちゃん。
『キュゥ・・・(映ってない・・・)』
「・・・シロとクロも写真に入りたいみたい」とは、西野さん。
「そっか・・・」
シロとクロは写真には映らないみたい。
あれ? 私が写したら、映ったけどなぁ。頑張って自分撮りしてみようかな。
***
ワァっと、ちょっと向こうで騒いでる。
「やったー!!」
と、斎藤君がものすごく喜んでる。
不思議そうに見てたら、
「写真に、ケンタロウが映ったんだって」と教えてくれたのは、碧ちゃん。
「へー、すごいなぁ、見たいみたい」
ちょっと盛り上がって近づいたら、
吉見君が
「写真、撮ってやる」って手を差し出した。
「オレが気合い入れて写真撮ると、映るんだ」
吉見君は、念力使えるらしい。
そうして、吉見君が写真を撮ってくれました。
***
ちょっとここで全員で撮ってみる?
って誰かが言いだして。
シロやクロやケンタロウたちも写せる吉見君がカメラを構えたんだけど。
そこに、数学の春日部先生が通りがかって、なぜか担任でもないのに入ってきた。
・・・?
皆、きょとーん・・・。
「撮ってあげますよ」
と春日部先生は言った。
でも、吉見くんでないと、シロやクロやケンタロウたちも映らないのに…。
私たちは心配して、なんとか断ろうとざわっとした。
春日部先生は仏のような、しかし静かな無表情で淡々と言った。
「大丈夫、腕に自信があります。はい、早く吉見君も入りなさい。一度しかシャッター切りません」
まぁ一度だしいいか、と、吉見君もおとなしく、先生にカメラを渡した。
私たちは、教室で全員集まって、集合写真を撮ったんだ。




