STAGE4:人間への興味
翌日、明雄が近くに置いていた携帯電話から朝を告げるアラームが鳴り始める。携帯の中に元から入っているミュージックをそのままアラームに使っていた。結構イケイケな曲調だったが音量がでかかった為、それは非常にやかましく洞窟中に響き渡り――。
「うわっ! なんだ、このやかましいくらいデカい音は!」
白髪の女性が驚いて飛び起きた。彼女には音の発生源が何なのかわからず、彼女からしてみれば音量が大きい上に発生している原因がわからないという理不尽極まりないことだった。
「……お、おい、明雄」
「な、なんだ? 白いの」
「この騒音はいったい何なんだ? 早く止めてくれ!」
「そ、騒音?」
白髪の女性に揺り起こされた明雄がまだ眠たそうに呟く。懐を探ると音を出しながら揺れている携帯電話があり、彼は「ああ、これのことか」とすぐに理解した。
「明雄、これは……?」
「こいつは携帯電話、略してケータイだ。電話やメールで連絡取り合ったり、ネット繋いで検索したりするんだ」
「いや、それぐらいは知っとる」
「え?」
きょとんとした顔で明雄が白髪の女性を見つめる。
「じゃあなんで聞いたの?」
「……何となくだ」
「何となくか……」
「いいから早くその鼓膜を破壊しそうな雑音を止めてくれ!」
「わ、わかった! 止めるから落ち着きなよ!」
閉じていた携帯電話のフロントを開け、適当なボタンを押して「ほら」とアラームを止める。それを見た白髪の女性は「ほっ」と安堵の息をつく。
「……そうそう、今のはアラームの音だ」
「アラーム? つまり目覚まし時計か」
「そんな感じだな」
「ほぉ〜〜……」
興味深そうに明雄の携帯電話を見つめる白髪の女性。その眼差しは買ってもらった新しいオモチャを真剣に見つめる子どもに近いものがあった。――そのくらい純粋な目をしていたのだ。
「のう、明雄」
「なんだ?」
彼の手から携帯電話を取った白髪の女性は、右腕を斜め上に構え左腕をその後ろにやった。そしてカバーを閉じた携帯電話をベルトにはめるような仕草をとった。今にもヒーローに変身しそうだが、しなかった。理由は説明するまでもないだろう。
「これで変身ッ! ……することはできんのかの?」
「いや、そーいうもんじゃねえからソレ!」
「ファイズ好きなんだがのぅ……」
「そうか。誰が好きなんだ?」
「全部に決まってるだろう。ただし三原デルタだけは好きではない」
「えーっ! 三原は三原なりに頑張ってたんだから許してやれよ……」
その昔、世間に携帯電話が出始めた黎明期――。特撮番組でありながら、かのトレンディな戦隊のようにドロドロしたドラマが繰り広げられたヒーロー番組があった。それが白髪の女性が言っていた『ファイズ』だ。
変身ツールは特殊な携帯電話であり、それを対応したベルトにはめて変身する。ベルトにはΦ、Χ、Δの3種類が他にも『帝王のベルト』や量産型が存在しているようだ。ちなみに三原というのは『ファイズ』作中に登場するライダーの一人。物凄くヘタレで情けないところばかりクローズアップされがちな彼だが――詳細は割愛する。
洞窟から外へ出ると、昨日と同じく空は青く澄みわたっていた。青い空に浮かぶ白い雲と、それが見下ろす緑の平原――。やはりここは美しい、と明雄は思った。
「いい天気だなぁ、うん」
「同感だ。――それでお主、ここからどこへ向かうつもりだ?」
「俺の仲間に神田ってヤツがいるんだ。そいつと合流する」
「仲間、か」
目を伏せて白髪の女性が微笑む。寂しく儚げな微笑みだった。長い間、一人で孤独な時間を過ごしてきたような雰囲気を漂わせている。明雄はそんな彼女を見て悲哀を感じた。
「……明雄? さっきから何を見ておる?」
「えっ、いや……ちょっと悲しそうな顔してるな、って」
「それなら心配いらん。一人ぼっちなのは慣れっこだ」
白髪の女性が言う。心配事など無さそうな爽やかさがそこにあった。――彼女の孤独感と、それゆえの寂しさはわからないこともなかった。明雄は密かに、白髪の女性からシンパシーを感じ取っていたのだ。
「……ところで、神田とやらはどこにおる?」
「いま俺たちがいる場所の反対方向だ。こっちが東側だから、あいつがいるのは西側だな」
「西側か。わかった」
「……うん? 白いの、もしかして……俺についてくる気か?」
「ああ、そのつもりだ」
すました顔で白髪の女性はハッキリと答えた。
「どうしてだい?」
「お主には傷を直してもらったからな。その恩を返さずに去ることなどできん。それに……」
いったん白髪の女性が言葉を切る。呼吸して少し間を置くとまた口を開き、
「人間とその文化にますます興味が湧いてきた!」
「えっ!?」
「ずいぶんと長いこと生きてきたが、まだまだ知らないこともたくさんある。お主らのことはもっと知っておきたいのだ」
「……よ、よしわかった! いいぞ、俺についてきて!」
「本当か!?」
目を輝かせて至極嬉しそうにする白髪の女性。彼女に対して明雄は、「もちろんだ」と答えてみせた。ミステリアスな外見に反して子供っぽかった為、明雄は白髪の女性のことをかわいいと思った。
明雄と『白いの』は神田に会いに行く道中を意気揚々と歩いていた。現代の日本や世界各国の文化やうんちく、ならびに現状を話しながら。明雄が語ったそれらの話を、『白いの』は楽しそうに聞いていた。
聞く側が楽しめるのなら、話す側が気分がいいというもの。当然話は弾んで盛り上がった。そんな折、明雄の懐で携帯電話が振動する。同時に『白いの』も何かの気配を感じ取り、目を見開く。適当なところで立ち止まり、明雄は携帯電話を取り出した。
「……電話だ」
「誰からだ?」
「神田からだ……とりあえず話してみる」
神田から電話を受信した明雄は、「もしもし!」
「たっ、大変だ明雄!」
「どうした、神田?」
神田は慌てた様子で明雄に話しかけてきた。いつも飄々としたお調子者である彼が、ここまで焦るのは珍しい。何があったのだろうか?
「シェイドが襲ってきた! それもでかくてつええヤツだっ!」
「なにッ!? お前、いまどこにいるんだ」
「西側だよ、西側ッ! オレ一人じゃダメかもしれない、早く来てくれ! 救援頼む!」
「わかった、ちょっと待っててくれ!」
発生した緊急事態、神田からの救援要請――。これを黙って見過ごすわけにはいかない。携帯電話をしまうと明雄は真剣な顔で唇を噛みしめ、
「大変なことになった。神田がシェイドに襲われたらしい……一緒に来てくれ、白いの!」
「……承知した!」
窮地に陥った神田を救うため、二人は疾走する。果たして間に合うのか?




