STAGE2:龍との出逢い
明雄と白龍。この一人と一匹は、最初から一緒だったわけではない。では、いつどこで出会ったのか? それは、2年前のことだった――。
「やっ! はっ! せい! やーっ!」
どこかの湖畔で木刀を振って素振りをしている男が一人。見た目は茶髪で年齢は40代ほど。渋くてかっこいい見た目と鍛え上げられた肉体が周囲の目を引く、ハンサムな男性だ。その近くには、黒髪でサングラスをかけた別の男性もいた。年齢は先程の男と同じく30代後半~40代半ばとと思われる。
「……ふぅ。今日はこのぐらいにしとくかね」
「そうだな、それがいい。世の中引き際が肝心だからな。あんまり無茶しすぎたら奥さんが泣くぜ、明雄?」
「余計なお世話だ、神田!」
明雄と呼ばれた男性がサングラスの男の軽口に冗談交じりで返す。いがみ合いに発展するかに見えたがそんなことはなく、むしろ笑いあった。
「しっかしお前……そんだけカラダ鍛えてて戦いもこれ以上ないぐらい経験してるっちゅうのに、まだパートナーがいないなんてな」
「む、失礼な……」
「どっかにお前さんと気の合うヤツいないのかねェ」
「お前なー。いたら今頃熱愛中だよ」と笑いながらサングラスの男――神田に言い返す。ただの気のいいオッサン二人が何気ない会話を交わしているように見えるが、実は違う。二人は邪悪な怪物・シェイドを力でねじ伏せ、契約を交わすことで戦う力を得る特別な人間――エスパーだからだ。お互いに戦いなれており、日々鍛錬を続けているのと実戦で培った経験があわさっている為その実力は非常に高い。素人や格下の相手ならひと目見ただけで逃げ出してしまいそうなほどだ。だが、明雄はまだパートナーを持っていない。つまり――まだシェイドと契約を交わしていないということだ。
「熱愛ねェ。奥さんにナイショでかぁ?」
「ち、違うよ! こいつ……あとで覚えとけよ神田」
「いやーすまんすまん! ちょいと調子に乗りすぎちまった。次から気をつけ……」
神田が馬鹿笑いする。眉をしかめて険しい表情で明雄は神田を見つめる。そんな彼らの頭上を――ひとつの巨大な影が通り過ぎた。咆哮と共に。
「な、なんだ今の!? 一瞬太陽を遮ったぞ……」
「それだけじゃない、見た感じかなりの巨体なのにジェット機並に俊敏だった。神田、あの影がどこに行ったかわかるか?」
やや動揺している神田とは対照的に、明雄は冷静に振舞っていた。神田に大きな影がどこに行ったか訊ねると、神田は森の方を指差した。ひょっとしたらあれはシェイドで、人々を襲うために街に向かっているのかもしれない。二人は急いで影が通っていった森の中へと突入する。
「油断するなよ明雄……敵さんはどっから襲ってくるかわからんからな」
「ああ。シェイドはそこに影や隙間があればどこからでも現れる……嫌な世の中になったものだ」
敵が襲ってきてもいいように身構え警戒しながら、二人は森の中を進んでいく。幸いにもこれといったことは何も起きておらず、無事に進むことが出来た。
「ギャオオオオオ!!」
やがて森の中ほどで、どこからともなく咆哮が聞こえてきた――。先程の大きな影の持ち主が咆哮を上げたのだろうか? 己の感覚だけを頼りに二人はシェイドの雄叫びが聴こえた方向を突き進んでいく。薄暗い道中だったが、一筋の光が見えた。それはだんだん明るくなっていき、そこを抜けると――広くて見晴らしの良い平地に出た。広い。本当に、広い。見ていて清々しい気分だ。更に天候もよく、青空の下でこの平地を歩いたり昼寝をしたりすればさぞやいい気分になれることだろう。
「まさか森の向こうに、こんなにきれいな場所があったとはなぁ」
「絶景だな、うん。……いや、今はそれどころじゃないぞ。さっきの影がどこに行ったかを探そう」
「だが、ここは広い。どこにいるかなんてすぐには……」
「何言ってんだ。二人で手分けして探せばいいだけのことだろう?」
どうしたらいいかわからない神田に、明雄がそう告げる。「俺は東側を探す。お前は西側を探してみてくれ」と指示を下し、明雄は神田と別れた。
「こっちにもいないか。こうも広いと大変だぜ……」
これだけ広いと相手の姿もよく見えるはず。だが、どこにも影の持ち主は見当たらない。戻って神田に東側に影の主がいなかった事を伝えようと考えた明雄だったが、刹那、咆哮が聴こえた。ここより東に行った方だ。声がした方向にダッシュで向かった明雄の目に飛び込んだのは丘陵地帯と、何か墜落して大きく地面を引きずったような痕だった。それを見た明雄は顎に手を当て
(もしや……!)
何かが墜落したような痕を辿って丘陵地帯の奥へ進んでいくと、そこにあったのは土砂崩れが起こったあとと――傷だらけで倒れている龍だった。
「あれは……龍?」
その龍の鱗は雪のように白く、この緑の平地の中では驚くほど目立つ。速く神田と合流してこのことを伝えようと思った明雄だったが、何となく見捨ててはいけない気がした明雄はその白龍の近くへと駆け寄って様子を見始める。
「グ……グオオオ……ンッ」
「すごく痛そうだな、かわいそうに……よし、すぐ楽にしてやるからな」
シェイドである可能性は高い。だが、本能が自分に告げている。助けなければならない、と――。白龍の体は明雄よりも遥かに大きく、全長はだいたい12メートルくらいはあった。よく見ると、大きな石が腹に突き刺さっている。これが原因で苦しんでいたのだろうか?
「そうか、これが痛くて叫んでたのか。じっとしてろよー……」
慎重に、ゆっくりと明雄は石を引き抜く。苦しむあまり痛々しくうめき声を上げていた龍は静まり返り、息を吹き返す。その表情にも落ち着きが戻った。
「よし、これで大丈夫だ。もう苦しむことはないぞ」
明雄が優しく龍の頭を撫でる。だが――さわられることを良く思わなかったか、白龍はその鋭い瞳で明雄を睨む。
「……さわるな、人間」
「え? い、今なんて……」
「その汚い手をどけろ」
「しゃ、しゃべった! ……こいつ、しゃべったぞ!」
――しゃべった。白龍がしゃべった。ひょっとしたら運命的な瞬間かもしれない。だが、ちょっと危ない予感がする。ハスキーな女性の声で凄まれた明雄は、龍に言われたように少しずつ距離を空けて後ろへ下がっていく。
「こうやってヒトの言葉を話すのがそんなに珍しいのか? 何を考えているか知らぬが……私に近寄るな」
「ま、待ってくれ。君はなにもの……」
「ええい、うるさい! あっちに行け!」
けたたましい雄叫びを上げて、白龍は無理矢理にでも明雄を遠ざける。恐ろしいほどの気迫だ。眼力だけで相手を殺せるのではと、一瞬錯覚してしまうほど。それほどまでに威厳と風格がある。――そこらでうろついている小物とは大違いだ。ましてや、戦えぬ人間などこの龍からすればちっぽけな虫ケラのようなものでしかないだろう。
「っ……ぐっ!」
歯を喰いしばり、両腕で身を守る明雄だったがついに足が悲鳴を上げて体がすくみ上がってしまう。激しく憤っている龍の顔が、彼の目の前にあった。このまま食われるかに見えたが、噛みつく寸前で龍の表情から力が抜けていく。
「……あれ? 様子がヘンだ」
それどころか龍の体が青白く発光し、龍は白い影に変わっていく――。いったい何が起きているのだろうか? 白い影はだんだんと縮んでいき、やがて――人の姿に形を変えた。
「に、人間になったぞ? 何がどうなってるんだ……」
龍が人の姿に変わった。近付くと――そこに倒れていたのは女性だった。龍の紋様が入ったシルバーグレイのマントを羽織っていた。髪は白く膝下まで伸びており、肌も色白で玉のようにつるつるしている。マントの下には均整のとれた、太すぎず細すぎずのほどよい肉つきのグラマラスな肢体。服は古代文明か何かの模様が入った布切れのようなものであり、お世辞にも服とはいえない。現に左肩が破けているし、見たところ下はロングスカートだが太ももが片方見えている。だが、『彼女』の持つ独特の雰囲気にはとてもあっている。――絶世の美女だ。それもうっとりして思わずため息が出るぐらいの。
「べ……べっぴんさん……じゃないか」
――なんということだろう。既に結婚していて妻子持ちだというのに、心を奪われてしまった。明雄は白い髪の彼女を見て、きょとんとした顔で恍惚している。このままお持ち帰りしたい――そう思った矢先、後ろから敵の気配がした。振り向くと――そこにいたのは人の形をしたシェイド。目と鼻がない不気味な顔をしており、身動きは鈍い。まるでゾンビのようだ――そのせいでより一層不気味さを引き立てていた。
「シェイドか、こんなときに!」
女性から手を離すと肘でゾンビのようなシェイド――クリーパーを小突き、更にフックと右ストレートを立て続けに浴びせてシェイドを気絶させる。そこから顔面に拳を強く叩きつけてトドメだ。クリーパーは断末魔の叫びを上げて消滅した。
「なんだ、弱いヤツだったな……。さて、どうすっかね。神田と連絡取りたいけど、この人の様子も見た方が良さそうだしな……」
女性を抱え上げた明雄はどこかに隠れる場所がないかを探すため、周囲を見渡す。余談だが、このときの彼の体勢は両腕でしっかりと女性を抱きかかえているもの。つまり『お姫様抱っこ』だった。何故かわからないが、違和感が微塵も感じられない。
「……あっ! ちょうどイイとこ見つけた」
そのうち彼は、丘陵地帯の奥の方でほら穴を見つけた。女性が白龍の姿のままだったらまず入れないだろうが、今の状態ならいける。明雄はひとまず、見つけたほら穴の中に駆け込む。そして女性と一緒に休むことにした。