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わるい人じゃないんだけど、いい人でもないのよ

社内の忘れられたような奥の部屋に向かって男は息を切らせながら必死に走っていた。

男の名は榊宗介。普段は淡白でおとなしい部類の彼はこんなに走り回るような事は決して無い。

「たっ、大変です!」

宗介はドアを廊下に響かんばかりに思いきり開け叫んだ。

「どっ、どうしたの」

上司で室長で年上の来島薫は怪訝な顔で必死の形相の宗介に目を遣る。

宗介は立ち尽くしたまま薫を見つめている。

「実、は…驚か、ないで下、さい」

元々動き回らない分若いとはいえ、まだ息切れしている。

「…なんか『紙芝居』化が決定したそうです…」

少しましになって、ようやく宗介は言って席に着くと机に突っ伏した。

「………………………」

今、第二室には榊宗介の呼吸音だけが響いてる。

「」…どういう事?

鍵括弧にセリフを入れ忘れる程の衝撃?困惑?状態の薫。

「だって、まだ『第二話』目でしょ?」

「そこは関係無いと思いますけど」

息を整えた宗介は答えた。

「だってアニメとかだったら放送が始まった瞬間からCMでブルーレイ&DVD発売決定!初回特典はなんと…ってやってますもん。 まあ第二シーズン製作も決定とか」

「あぁ、ドラマの最終回にこの後『重大発表!!』って言って、やっぱりDVD発売決定だもんね」

「もしくはスペシャルドラマか映画化の告知ですね。でも、DVD化が早いのは権利問題とかがあるらしいですよ。

昔の番組とかでDVDとかにならないのは承諾が取れないものがあるから、っていうのを聞いた事があります」

「まあ、でも、これって誰が得をするの?」

薫が一番の疑問を口にした。 しばしの沈黙後

「おそらく出版社の『紙芝居』部門じゃないかと」

宗介は答えたが、自分でもいまいち納得していないようだ。

「そもそも売れるの?」

「それですよ!これは紙芝居業界始まって以来の異例の大ベストセラー&ロングセラーを狙ってるんです!」

「??」

薫の顔には『何がなんだか分からない』と書いてある。

「まあ、賭けだとは思いますけど。本が売れないと言われる昨今、仮に紙芝居で一万部売ったとしたら、多分それだけで異例の状態だと思うんです。

だって、紙芝居が売れているなんて聞いた事無いですもん。実質どうかは分からないですけど」

「失敗して元々って事?」

「多分。例え売れなくても少しでも話題になればっていう魂胆なんじゃ…。

ただ売れると、ベストセラーなんかになったら日本のあちこちで紙芝居を持った人たちが…」

なんか異様な光景が浮かんでくる。

「持ち歩くの?紙芝居を?電車とかで読んでるわけ?…邪魔じゃない。あり得ない」

「あり得ないのが現実になるのが売れるって事なんですよ」

「だいたい誰向けに作ってるのよ」

「子供向け…では無いですね。かといって大人向けって言われても……マニア向けでいいんじゃないですか?」

「マニア?いるかいないかも分からないのに?」

「そこは僕に言われても」

薫は一息ついて言った。

「でも私達の紙芝居って事でしょ。いいの?動きなんて無いじゃない。

私とあなたのアップとロング、たまに二人のロングがあれば、それを使い回してセリフだけ変えれば、たいてい成立するわよ」

冷静に分析している薫の言葉は最もだが、あまりに味気ない。

「誰が描いてくれるか知れないけど」

「新進気鋭のイラストレーターとか絵本作家の大御所とか」

「幅広すぎない?」

「まあまあ、でも僕が推すのは意表をついて『法廷画家』じゃないかと」

「『法廷画家』?裁判のニュースとかで出る、あの?」

「多分、第二室の雰囲気重視で作られると思うんですよ。だから顔とかも雰囲気で」

「それって顔全然分からなくない?」

「雰囲気重視ですからね」

さっきから雰囲気重視と言っているが、実際どうかは分からない。

「…犯罪者っぽい感じで描かれるの?」

「法廷っぽくなら、そうなるんじゃないですか。

でも『法廷画家』って職業なんですかね?」

「さあ。職業だとしてもあれは短時間でする作業だから、本来その人が描いてる絵とは違うんじゃない?」

「だったら、法廷バージョンとの2パターンを描いてもらうという手も」

「なんか4コママンガとかになってなくない?」

「それはそれで面白いんじゃないですか」

「ギャグマンガっぽく描かれない。イメージってものがあるでしょ」

「そうなら僕は逆に楽しみですよ。どこまで来島さんを崩して描けるのか?」

薫は少ししかめっ面になりかけてる。

「だから逆にいいんですよ」

「えっ?」

「だって変な感じで描かれたとして、実際どんな人か見に来たとしたら、そのギャップにイチコロですよ」

宗介の言葉にまんざらでもない様子の薫。

「美魔女ですよ、美魔女」

「どういう事よ!まだ私、そんな年じゃないわ」

「えっ、あっ、あ~、ごめんなさい。来島さんは若くて綺麗です…今度お昼おごりますから許して下さい」

「別にコーヒー一杯ぐらいでいいわよ。仕事頑張ってくれれば」

機嫌がすぐ治まってほっとする宗介。流行ってると思って使ったのが間違いだった。

「そうは言っても楽しみなんですよね『紙芝居』化。 前向きに考えたら夢と希望しかないじゃないですか!」

「何が?」

「メディアミックスですよ!別に紙芝居だけ出すってもったいないじゃないですか。紙芝居を始める前に拍子木に代わってオープニングテーマを流して、ラスト付近でエンディングテーマ。余裕があれば挿入歌とか入れるんです。

そうだ。肝心の紙芝居読む人に…」

(…私たちのセリフを紙芝居屋のおじさんが読むの?いや誰が集まって聞く気なの?)

当初の薫の疑問はまだ拭いきれない。

「この際活弁士とか講談士の人を起用するのはどうでしょう?」

「?何士?」

「活弁士か講談士ですよ」宗介はゆっくりめに言う。本当は『鮭弁?』『のり弁?』というボケを期待していたが薫は完全に分かってなかった。

「昔の無声映画を語る職業ですよ」

「あ~、あの白黒の早送りの!なんかテレビで見た事ある!講談ってあれだよね。立ち落語でしょ。台を置いて喉振るわせてる…」

「さすがに『立ち落語』は違いますよ…」

思わぬところで突っ込んでしまった。

まあ、断片的な知識とイメージの発言なので仕方ないのだが…。

「明治とか昭和のドラマで立派なヒゲの人が話してたら『引っ込め』とか『誰がそんな話信じるか』とか野次が飛んできて、挙げ句の果てに若手将校が雪崩れ込んで来て発砲するやつでしょ」

「…それは政治家の演説ですよ…」

途中から歴史の教科書にあった『二・二六』だか『五・一五』事件だかの挿し絵を思い出した。

「僕たちが声を吹き込んだCDとかを同梱したほうがいいですかね」

「それが一番かな」

さらに薫は続ける。

「自動で紙芝居を捲れる機能とか………」

「どうかしました?」

「…これ、紙芝居じゃなくてもいいよね」

「一番突いちゃいけない所を突いちゃいましたね。

そういう携帯アプリで、しかもある程度の大きさのを持っていれば、紙という必要が無くなって…。

そうなると元が紙芝居なのか絵本なのか関係無いですね」

「…あとはそれを見てどうしても原作が欲しいって話になればいいけど」

「まあダウンロード回数が多ければ夢と希望とその他諸々が広がりますよ。さっきのメディアミックスじゃないですけど、小説、マンガ、映画…。

関連商品なんか無限ですよ無限。Tシャツ、マグカップ、ストラップ…もう文房具なんかも全部まるCですよ!」妄想が暴走し始めたのは分かったが黙っていた。

「来島さんだって化粧品会社からKAORU KURUSHIMA名義で口紅とか、そう『KAORU RED』流行りそうじゃないですか!」

(…有り、ね…)

「そして胸の奥底に封じ込めていたジュエリーとかバッグとかのデザインを出来るようになるんですよ。

ほら、来島さんがデザインしたウェディングドレスを着た花嫁が喜んでますよ!」

「う、うん」

勝手に話してる分はいいが、変な同意を求められると困る。 もうこれ以上は…。

「でも、あんまり調子に乗ると…」

「甘いです。調子に乗れる時、いや乗らされてる時には乗っとかないと。

次、乗せて下さいってお願いしても、もう誰か乗ってるんですよ」

宗介の目が冷たく光る。

「いい時だけ担ぎ上げといて落ち目になったらサッサと次に行こうなんてそんな都合のいい風にはさせませんよ。

もちろん、そうなる前に対策はたてておきますけど。『一蓮托生』ですよ。

落ちる時も一緒でないと」

何かしら黒い部分が出ている。

「例え目の前に深い穴があっても穴の深さを怖がってたら、次に進めないですから」

「落ちないように慎重になる事も大切よ」

「もう止まれないんですよ。スピードを緩める事すら完全な終わりを意味するんです。降りる事は出来ないんですよ。だったら終わる時は僕一人だけじゃなく、担ぎ上げた人たちも一緒です」

薫の瞳に映る宗介はいつもの妄想暴走モードではなかった。

言うなれば『裏』妄想暴走モードに入っている。いや、『裏』より『闇』に近い感じか。

宗介の青春時代に何があったのか心配になる。

そんな薫の視線をよそに宗介が饒舌になっていく。

「より高みを目指す為には大なり小なり犠牲はつきものです。

でも、それは決して踏み台じゃないんです」

「…」

薫は見守っていた。とことん自分で掘り下げている黒い部分を吐き出させよう。 何かしら力になれそうならなってあげよう。

余程だったら部署を変えてもらおう。

薫自身、救いの天使になろうかと考え始めたのだが、宗介の話をまるで聞いていなかった…。

「…なんて、皮算用じゃなきゃ話せませんよ」

宗介はあっけらかんと言ってのけた。

ただ薫は聞こえてなかった。

「榊君、私じゃダメかもしれないけど力になるから……何?その笑顔は?」

「あの…冗談ですよ」

一瞬焦りの色を見せた薫だったがすぐさま気を取り直した。

「分かってるわよ。ちょっとどんな反応するか試しただけよ」

「…ですよね」

若干本音も入れていたのもあって宗介も口ごもった。

「話を最初に戻すけど『紙芝居』化なんて何処で聞いてきたの?」

「…確か総務か人事の人が話してたのを聞いたんです。『第二室』を使って紙芝居がああだこうだ言ってたのを…」

(不確か過ぎ…)

「もしかして社内案内のプロモーション用の話だったのかな?」

「だったら紙芝居じゃなくてビデオカメラで撮った方がいいんじゃない?」

「確かに…」

「紙芝居にする方がコストかかりそうだし」

「そうですか?そういうの得意な人がパソコンで作ってしまえば、案外安上がりかも」

「…まあ、余計なお芝居しなくて済むけど」

「お芝居…そっか、ドラマ化になる線もありましたね」

宗介はまだメディアミックスしてる。

「どっちかって言うと舞台の方になりそうだけど」

薫も止めておこうと思いながら乗っかってしまった。

「舞台ですか…。だったら僕出ずっぱりですね…。しんどいなぁ」

「別に私たちがやる訳じゃないでしょ」

「…それもそうですね」



………………………………


「…………………………」


「…………………………」


「……ねぇ、もう止めとく?」薫が言った。



「…そうですぬ……」



「…『ぬ』って…」



「…すいません。スペースまでとって引き延ばしてたのにもうネタが無いです」


「…引き延ばす必要も無いもんね」

「『紙芝居』化なんて話を持ってきたばかりに…」

「気にしないで。面白かったわよ。不思議と夢と希望に溢れる話で」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

何かしんみりになっているが、要するに二人とも疲れてしまっただけだった。


「じゃあ、終わるね」

「はい。お疲れ様です」

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