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考え過ぎてもしょーがない

うだうだ始まって

うだうだ流れて

うだうだ終わっていきます。

起承転転転転々…結すればいい方です。


うだうだ。

「わるい人じゃないんだけど、いい人でもないのよ」

来島薫くるしま かおるは眉を寄せて言った。

「困りますよね。そういう人って」

榊宗介さかき そうすけはパソコンのキーボードを打つ手を止め答える。

「赤森さんってそうでしょ」

「です、ね」

取引先の名前を出すと宗介は納得して

「あの人来島さんが居ないと明らかに態度違いますからね。そうは言っても素っ気なくなるぐらいですけど」

「その素っ気なさを私の方にも向けて欲しいわ。あのねちっこさが苦手なのよね」

「でも来島さん、上手くかわしているじゃないですか」

「そこはビジネス。向こうの思い通りにはさせないわよ」

「ですよね」

「そうそう馬児島まごしまさんって女の子いるでしょ」

「えっと…」

宗介は少し考えて別の取引先の社名を挙げた。

薫はうなずくと一息ついて

「あの娘もあなたが居ないと徐々に態度が変わっいくんだから」

「この前出向いた時ですか?」

「そう。始めは愛想がいいのよ。大抵お茶を持って来てくれるのはあの娘だし。でも微妙に突っ掛ってくるのよ。直接の担当でもないから半分無視してるけど。まあ、榊君目当てだからしょうがないけどねぇ」

「僕も馬児島さん苦手です。明るい人ですけどね」

「じゃあ今度それ伝えとくね」

「ちょ、ちょっと待って下さい」

その言葉に本気で慌てる宗介。薫はパソコンのモニターを見ながらいたずらっぽく微笑み

「言うわけ無いじゃない。そんなの伝えたら私の方が恨まれわ。あそこに行き辛くなるだけでしょ」

確かにそうだが今のは突っ込んどかないと薫は本当に伝えかねない。

「そうだ。逢坂おうさか部長にも気を付けてよ。あの人、世の中を面白おかしくする事で生きてるから」

「あ~、すでにその洗礼は受けてます」

ため息交じりに宗介はあさっての方向に目を遣った。

「何言われたの?」

話を流すかと思いきや一応気になるようだ。

「よくも、あれだけ適当な事が言えるかと思うと感心しますよ」

「で、何を言ってたの。あのマドラーは?」

「何ですかそれ」

「後で話すわよ」

薫の言葉が気になったが、どうせたいした事じゃ無いと思い宗介は話始めた。

「こないだの昼休みですよ。社食で一人で食べてたら…」

「かっこうの餌食ね。そこに、来たのね」

「はい。で、また嬉しそうな顔して来るんですよ。出来るだけ目を合わせないようにしてたんですけど…座るんですよね。目の前に」

そこで、またため息をついた。

宗介のランチタイムを邪魔する男、逢坂。四十代半ばの中肉中背の普通の男。見た目の軽さはまんまその通り。

部長という肩書きは知っているがどの部署かは知らない。そういやこの会社そんな人ばっかりな気がすると宗介は思った。

「なんだ一人か?美人の来島は居ないのか?」

「ミーティングなはずですよ」

「ミーティングねぇ」

逢坂は紙コップのコーヒーを軽くすすりながら周りに目を遣った後宗介に戻す。

「で、どうなんだ」

「何がですか?」

宗介はよくある漠然とした質問に呆れる。他の上司ならそんな素っ気ない答え方はしない。

まあ逢坂もその辺は気にしないのを知っているからだが。

「来島とだゅ」

多分『だよ』と言いたかったに違いない。噛んだのか入力ミスだろう。

「一つ屋根の下に美人と居て何も無いって事ないだろう」

噛んだ?事は気にせず、いやらしそうに言う。

…一つ屋根って…だったらこの会社にいる人間全員対象になるじゃないか!と内心思いながら黙っいると

「『第二室』なんて取って付けたような部署に美人室長と若い男二人きりなんて…くっつけって言ってるようなもんだろ」

火が無くてもこういう人が煙をたてるんだなと宗介はコーンスープに口を付けながら思った。

「知ってるか?」

逢坂は主語を省いて話すから、いちいち返すのが面倒だ。それを承知でわざとしている節もあるが。

「何がですか?」

多少ムスッとして答えても逢坂には通じない。

逢坂は前屈みになり小声で話し始めた。

「ここだけの話、来島は会長の隠し子だってのを」

「……で?」

「で、じゃないだろ。だからこそ『第二室』なんてのを作って、なんとなく目の届く室長のポジションに置いてるんだろ」

さっきの薫と宗介の話が続かなくなったので『来島薫隠し子説』にシフトチェンジしたようだ。

「じゃあ何で男の僕と二人にしたんですかね?」

「それは……」

逢坂は口をつぐむ。

こんな序盤でネタ切れなのか?いや、元々考えて無いから仕方ないか?

宗介は水を飲む。それを逢坂は見届けると言った。

「見張りだよ」

「お前、確か年上は苦手だとか言ってたよな」

「…まあ、そうですけど、あくまで付き合うっていう前提ですよ」

「それだよ」

(今思いついたクセに…)宗介は余計な事は余計な人に言うんじゃ無いと後悔した。

「そのうち極秘に呼び出しが来て来島について事細かに聞かれるぞ。覚悟しとくんだな。…待てよ」

逢坂は片眉をひそめ顎をわざとらしくさする。

分かり易い悪い事を思いついた演技だ。

「やっぱ、来島と付き合う方がいいだろ。上手くいけば逆玉だぞ、逆玉」

そうか、字面で逆玉ぎゃくたまが逆玉の輿っていうのは分かり辛いな。宗介はそんな事を思いながら聞いていた。

…シンデレラボーイ…訳すとそうなるのか?でもそれは男子モデルの話か?…宗介はしつこく思っていた。

「だったら部長が付き合えばいいじゃないですか」

「そう言っても俺、前に振られてるからな。それ考えるとお前と懇意にしといた方がいいな。何かあった時助けてもらえるしな」

エア髯をさする逢坂。トラブル前提なんだな。

「と言う事で榊、来島と付き合え」

……この人の相手をしていると『…』を使わない事は無いだろう…。自分の妄想話が逢坂の中で現実と化している。まあ別れたら忘れてるだろうが。

この人は会社に『夢』を見に来てるに違いない。

いや、『夢』を見に来てると言うと語弊がある。『眠り』に来ているんだろう。

だとすると、逢坂が話している事は『寝言』だとおもえばたいした事じゃない。そう、『寝言』たから突拍子もなかったり訳が分からなかったりするのだ。確か『寝言』に対して応対しない方がいいみたいな事を理由は知らないが聞いた事がある。

だから、やっぱり、相手しない方がいい。それこそが逢坂の為。いずれ目を覚ましてくれる。宗介はそう思ったが、今更相手しない訳にもいかない。

「何でそうなるんですか」

「今言った通りだよ。楽して出世するなら、それがいいだろ。女一人落とせばいいんだから。業績なんて簡単に上がるもんじゃないし、障害も多いだろ。

その点逆玉なら、やっかみはあっても間省いて出世出来るんだぜ。ある程度周りが実績作ってくれるだろうし。

お前は承認ていう判子を押しとくだけだ。いい商売じゃないか。判子押すのも任しとけば遊び回れるしな。いいなぁ、そんな仕事してぇ~」

閉口するしかない。それが唯一の抵抗だ。

しかし、こんな事ばっかり言ってて上の人間の耳にでも入ったら大丈夫なのか?おとがめは無いのか?

すでに入っているけど諦めて放っているのか?

この人こそ会長の隠し子なんじゃないのか?

色んな考えが宗介の脳裏を過る。

「もう!こんな所に居らしたんですか!」

宗介の後ろから少し高い声が二人の間に割って入る。 振り向くとニ十四、五の見た目可愛い感じだが凛としたショートカットの女性が逢坂を呆れ顔で見てる。

「課長探してましたよ」

「携帯に掛けてくりゃいいのに」

「…持ってます?」

「何言ってんだよ。勿論…無いな…」

「だって掛けたら部長の机の引き出しから鳴るんですから」

わざとじゃないのか?宗介は思った。

「部長に一応目を通してもらわないと始まらないんですから」

『一応』に力を込めて逢坂を急かす。

「ホント亜里沙ありさはどの顔も可愛いな。やっぱ美人はいいよな。俺も生まれ変わったら美人になろう」

それでなれたら苦労は無い。

「セクハラで訴えますよ。冗談言ってないで、すぐ来て下さい!」

「なんだよ。何かって言うとセクハラ、パワハラ、アチャハラ、コチャハラって。…おい、無表情で迫るのは止めよ。綺麗だけど怖いから、さ」

「……来て下さい……」

島取亜里沙しまとり ありさは促す。

逢坂はやっと観念したのか無言で立ち上がった。

「じゃあ、な」

宗介をチラッと見ると一言そう言って歩き出した。

「お騒がせして申し訳ありませんでした。えっと『第二室』の…」

「榊です」

「ですよね。島取です。薫先輩によろしく」

亜里沙は一瞬微笑んだが

「部長逃がしませんよ」

不穏な動きしかしない逢坂に釘を刺し社員食堂から出て行った。


「と、言う訳です。あっ薫先輩によろしくと、データ送ったんで確認しといて下さい」

「いつの間に…さすが『出来ない女』を支えるうちのエースね」薫は嬉しそうにモニターに映るデータをチッェクする。

「あんまりそれ言わない方がいいですよ。『嫌味』にしか聞こえないですもん」

「私は自分に正直なだけよ」

「僕一人だからいいようなものの」

「分かってるわよ。あなただからじゃない」

(そうだろうな…)

その答えは分かっていたが残念な気がする。

「そうだ。マドラーって何ですか?」

「あぁ、それね」

少し沈黙が訪れる。データを確認してるようだ。

「何年前だっけ?逢坂部長に誘われて二人で飲みに行ったりしたのよ。

先に言っとくけど付き合ったりしてないからね。その前に丁重に断ってるから。 二人で飲みに行ったのも2、3回ぐらいよ。私もあの人が何言ってくるのか面白半分で誘いに乗ったんだけど」

「物好きですねぇ。そういや部長って一人なんですか?」

「一人になったのよ」

「でしょうねぇ」

「入社してすぐ結婚して子供が二人出来て、上の女の子が中学生になった時ぐらいに別れたんだって言ってたわ」

「もしかして娘さん可愛いんですか?」

「何?榊君良からぬ事考えてるんじゃないでしょうね」

そう言って薫は若干椅子を後ろにひく。

「だってドラマの王道じゃないですか。離婚後も父親の事が気になってたまに顔を見せに来る娘。そこで偶然父親の部下に出会うんですよ。そこから二人の付かず離れずの関係が始まって…多分高校生ぐらいの時に知り合って…セーラー服眩しいかもしれない」

良からぬ方向に走ってるような気がしたが敢えて黙っていた。

最近の若い男は何処でキレるか分からない。いつもおとなしく淡白な分だけ、そののびしろが悪い方に未知数な分怖い。

「高校生だから進路や友達、勿論恋愛の事も…可愛いなぁ。しかも片思いだった彼に彼女がいたのが分かって失恋したばかり…泣いた後が痛々しくて…。そんな彼女を始めは妹のように見守っていたのが、やがて…で、その後ちょっとした大事件が起こった後なんとなく付き合ってる?みたいな感じで第1シーズンが終わって」

(第1シーズン?)

「半年して第2シーズンが始まると」

(第2シーズン…)

「二人は付き合ってるんですけど父親にはきちんと言ってなくて、勘ぐられると何故かはぐらかせてしまうっていう…。あと、この頃たまに母親が出てきて元夫の事を気にする素振りを見せるんですよ。娘の方はやっぱり復縁して欲しいから色々画策して彼氏に相談するんですけど、上手くいかなくて…」

(誰が主人公の話?)

「そうそう忘れてました。実は第1シーズンから密かに父親を想っていた若い部下の女性が絡んでくるんですよ。

そこで父親と娘の確執があったり、彼氏の元カノが現れたりで一悶着有るわけですよ。でも、なんとか収拾がついて…」

「もういい?いいよね」

薫は我慢出来ず、つまらない光線を発射した。

「…ごめんなさい。勝手に話しちゃいましたね。で、何でマドラーでしたっけ?」

「酔ったふりしてそれとなくなく聞いたのよ」

(分かり易い酔った振りしたんだろうな…)

その時の様子が目に浮かぶ。

「『なんでそんなに引っ掻き回すのが好きなんですか?』」

(それとなく?)

「そしたらマドラーかき回しながら言うのよ。『俺はマドラーだ。世の中平穏無事なのがいいんだろうけど、それだけじゃ面白くないだろ。どうせ人生賭けてんだ。だってマドラーってのは混ぜる為にあるんだからさ』って」

「あぁ、それで」

「…でね。私言ってやったの。『そのマドラーでかき回すのは自分のグラスだけにしといて下さい』って」(もしかしてそれが言いたかった?)

得意気な顔の薫を見てるとそう思う。

まあ、それがきっかけで真面目になったのなら分かるが、ただ、ちょっと上手く言っただけだ。

「まあ、それだけなんだけど……なんだろうね逢坂さんて」

「社内七不思議の一つですか…」

「多分あの人一人で七つ以上持ってるわ」

「……確かに『部長』なのも不思議ですね。実は社内スパイとか?」

「それは無いと思う。何故って?だって肩書きが目立ち過ぎるでしょ」

薫の言葉にいまいち納豆出来な…納得出来ないだ。が不毛な言い争いになりそうで、しかも強引に捩じ伏せられそうなので止めた。


「私ね。ナースになりたかった時期があったの…」

「…何時間ぐらいですか?」

話が無くなったのか違う話に変えてきた。なりたかったシリーズだ。

しかも、よくよく聞いてみるとほんの一瞬だったり、ただ口走っただけだったりする。

「あれは高校の時だったかな?ドラマ見てて私もならなきゃって思ったの」

(やっぱりそんな事か)

宗介は呆れながらも話に合わせようと努力する。

「来島さんならナース服すごく似合いますよ」

「もう男の子ってすぐそれだから。私は命の現場に居るのよ」ほめたつもりなのに怒られた感があるのは何故だろう?

来島薫のなりたかったシリーズ…時々ある。

その度に困る。今でこそ流したり突っ込んだりと慣れたが最初はただ『はぁ』とぐらいしか返せなかった。


それは社長が何を思ったか『寛政の大改革』だと言い出して社内の大編成が行われた。

別にリストラとかボーナスカットとか引き締めがあった訳では無い。

どっちかと言えば学校の席替えとかクラス替えみたいな感じだった。

社内の少し忘れ去られたような奥まったそんな一室で来島薫と榊宗介は出会った。

荷物の移動とかで会ってはいたが軽く挨拶したぐらいだった。

「え~、本当に何がなんだか分かりません。なんで『完成』してるのに『改革』するのか?シェフの気まぐれ定食以上に読めない今回の編成…。まあ、お給料も含めて今まで通りなので、その辺は気にせず頑張っていきましょう」

緊張感の無い薫の挨拶が気楽な感じはしたが不安は募った。

「人数もそのうち増えてくれると思います。この『第二室』なんとかしたいよね」

「そうですね」

「ねぇ榊君。私の事何か聞いてる?」

「いえ…」

「そう…先に言っとくけど『出来ない女』なんでサポートよろしく」

「……」

「…冗談よ。かといって自慢出来る程でもないし…」宗介が黙っているので勝手に話している薫。

さすがにずっと黙っている訳にもいかないが、返事をするタイミングも掴めない。

本当は相当聞いていた。気さくな美人だという事、彼氏はいないという事など。元同僚の香山や他の男性社員も宗介をだしに『第二室』にやって来ると言う。

『第二室』。

これがタイトルじゃないかと思ってしまう程に不思議な部署だ。

しかし、果たしてこの『第二室』に配属になった自分は人も羨む美人の上司とは言え二人だけと言うのはどう考えても外れな気がする。

一応現段階での仕事は以前の部署で引き継げるものの残務整理だった。 何日間は二人ともその業務に追われ、他の部署へ確認の為移動したりで二人してそう話す事もなかった。2週間程経ってようやくお互いに目処がついた頃薫が話しかけて来た。

「私ね。『CA』になりたかったの」

「『CIA』ですか?!」

宗介は半分聞いてなかった。

「『CA』よ。キャビンアテンダント」

それは分かったが何故急にそんな事を…。

ただ、今からでも条件がクリアされれば成れるんではないかと宗介は正直に思った。

「そこで…」

薫はそう言うと立ち上がり宗介の横まで来て、

「ビーフ オア チキン?」と、流暢そうな英語で尋ねてきた。

これはコントかままごとか?

宗介は薫をきょとんとした目で見ていた。

薫は気にした様子もなく再び

「ビーフ オア チキン?」と笑顔で尋ねてきた。

「……ビーフ…」

宗介はなんとか答える。

すると薫は笑顔のままだが宗介を覗き込む様に見つめ

「ファイナルアンサー?」

…この状況で誰かに電話して聞くとか、2択を1択にする?!後は会場の見物客の意見を、って誰もいないし…そもそもCAがそんなクイズ出さないし…。

「ファイナルアンサー?」

薫は答えを迫って来る。

(しまった…)宗介は細かい突っ込みをしている自分に呆れた。

別に気にせず答えればいいんだ。

「イエス」

宗介は負けじと薫の視線に合わせた。

妙な緊張感が走る。多分ドラムロールとか流れ、二人のアップが交互に映し出されているはずだ。

「……おめでとう!」しばしの沈黙の後に薫が満面の笑みで右手をすっと差しだした。

「はい…?」

よく分からないまま宗介も右手を出すと、薫はぎゅっと握手して

「おめでとう。今日は焼き肉よ」

と、いたずらっぽく笑ったが、事態が飲み込めないでいる宗介を察し薫が言った。

「今度リニューアルを祝して飲み会するでしょ。それはそれとして『第二室』としても親睦会と称して飲もうかと。

たった二人なのに忙しくてあんまり話しも出来なかったし。

まあ焼き肉デートみたいになっちゃうけど。

…それとも、誰か呼んだ方がいい?違う?

あぁ、安心してもちろん私のおごりよ」

(この人めちゃめちゃいい人だ!!)

おごりと聞いた瞬間、宗介は内心ガッツポーズし、薫を尊敬の眼差しで見つめた。

我ながらゲンキンだと思うが、薫が素晴らしく美人に見えるのだった。

その後『焼き肉』が『焼き肉弁当』や『唐揚げ弁当』にしようかと揺さぶりをかけられながら、おそらく自分比1.5倍で仕事をする宗介であった。

だが、これはなりたかったシリーズの特例だ。

確かに、この一件で一気に二人の距離が縮まった。


「私ね。温泉宿の若女将になりたいの」

別の日、薫は口走った。

「…温泉街に旅行に行けば声掛けられますよ。来島さんなら」そこは素直な感想だった。温泉宿の独身若旦那をリサーチしておけば、可能性も無くは無い。

「でも女将修行とかあるよね。大女将とかにしごかれたり、仲居さんたちのいざこざに板挟みに、料理長が引き抜きにあったり、次から次にトラブルが…」

(昨日なんかテレビやってたっけ?)

宗介の考えは多分正しい。

「でもね。私頑張るの。少々頼りないけど愛する旦那と乗り越えるの」

もはや旦那は添え物扱いだ。

「着付け教室通わなきゃ。お茶とかお花もたしなまなきゃいけないかな…」

……どうすれば……。 困っている宗介に薫は何か思いついて話し出す。

「あなたの出番も有るわよ。そうね、あなたは結婚して、うちの宿に泊まりに来るの。…でも…その晩奥さんがいなくなって、みんなで懸命に探すんだけど見つからなくて結局次の日…隠れた名所で遺体となって発見されるの…。何者かに殺されたのは明白だったわ。手に事件の鍵となる物を握りしめて…」

えっ二時間ドラマ…。

「復讐に燃えるあなたを諌めながら、私は犯人を見つける事を誓うの。

その時あなたは実は私を好きだった事を告白するの。私を忘れる為に殺された奥さんと一緒になったけど、今はもちろん奥さんを愛してると、そして絶対に犯人を許さないと」

言って鋭い視線が宗介に向けられる。

「『だめ!復讐なんて私が絶対させない。死んだ奥さんがそんな事望んでいるはずないじゃない!』って私が必死の説得するんだけど、あなたは復讐の鬼と化して一人飛びだしてしまうの。

ただ、この時のやり取りがあのおしゃべりの仲居さんに誤解されて夫の妬きもちを誘って、夫婦仲どころか宿全体を巻き込もうかという大騒動が起こる寸前で誤解が解けて、なんとか収まりが着いたかと思った矢先…第二の事件が…」

もう止められない。あのおしゃべりの仲居さんって誰?

「名所であなたが殺されるの…いや、意識不明の重体の方がいいかな?

私は無力さを噛みしめて、周りのみんなに支えられながら、犯人逮捕と事件の真相を追究する事を新たに誓うのよ」

(名所好きだなぁ)

「ここで急展開!なんと奥さんが生きてたのよ!」

「ええ、え~っ!!」

宗介は二度どころか三度見して固まっていた。宗介自身も珍しく声をあげた瞬間だった。

「後はお約束の展開で幕を閉じるの。…榊君は意識取り戻すから安心して」

「えっ…終わりですか?」

「何?エンディングても歌いたいの?」

「そうじゃなくて動機やトリック、アリバイ崩しとか」

足りないところが有りすぎる…。

「いいじゃない。死ぬどころか意識取り戻すんだから」

「…せめて奥さんとは」

「ごめんなさい。それは言えないわ…」

それこそが答え…っていうか、もうちょっと考えていて欲しかった…。

まあ、こんな感じである。


「だから、怪我しなさいって言ってるのよ!」

「そんな滅茶苦茶な!」

「骨まで折れって言ってるんじゃないのよ。見た目怪我らしい怪我をしてくれればいいの」

(あんたとのこのやり取りが一番大怪我だ!)

殺気だった薫の目付きに逃げる宗介。

「じゃあ。指でも切ってよ。消毒して絆創膏張ってあげるから」

「そりゃ保健委員の仕事ですよ!」

「いいから、指切りなさいってば!ちょっとナイフで突き刺せばいいだけでしょ」

…本気か冗談か分からない。下手したら完全にパワハラだ。

(だったら、せめてナース服…最低でも白衣着てたら…ダメだ!)

宗介は我に返った。一瞬妄想に駆られ本当に怪我するところだった。

「痛っ!」

小さな悲鳴が響く。

薫が右手の人差し指を見つめている。

「私が怪我しちゃったじゃない!」

理不尽な文句が宗介に襲いかかる。

(自業自得だ…)

「自業自得だと思ってるでしょ」

「はい」

「いいわよ。あなたに怪我させられたって言い振らしてやるから」

言いながら自分で絆創膏を張っている。

「来島さんはそんな人じゃない事は知ってますよ」

宗介はさらりと流した。ここで狼狽えたりすると薫の思うつぼだ。

「…悪かったわよ。看護師として怪我をさせようとした事は」

(いや、あなたは看護師でもなんでもない)

そこは口に出さなかった。 薫も飽きたのか椅子に座って怪我した人差し指を眺めてる。


第二室室長、来島薫31才


第二室社員、榊宗介26才

の時の事である。


「そうそう、これって『第一話』らしいですよ」




「ふ~ん」




第一話 終

やっぱり

うだうだ始まって

うだうだ流れて

うだうだ終わってしまいました。


あとは、どれだけうだうだ続けられるかです。

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