牢獄の処刑人‐女子高生の脱獄物語‐
ふんわり設定な箇所があるので、温かな目でご覧ください。
日比野舞香は困惑していた。
目が覚めたら、見知らぬ真っ暗な牢屋の中。鼻を突くような臭いが漂い、思わず鼻を押さえたくなるほどだ。
どうして自分はここにいるのだろう。
どうして自分は、こんな場所に閉じ込められているのだろう。
舞香は必死に考える。しかし、何も心当たりがなかった。
「だ、だれかー……!」
震える手で鉄格子を掴み、キョロキョロと辺りを見渡しながら声を張り上げる。
彼女の声が石壁に反響し、長いエコーとなって牢獄の奥へ消えていく。声は遠くまで響いたようだが、誰からの返答もなかった。
「うぅ、ここは何処なの……? 何で私、こんなところに……」
舞香は怯えていた。
両の瞳に涙を浮かべ、表情を崩しながら身体を震わせる。
顔を伏せ、必死に涙を堪える。そのとき、視界の端に髪の毛が映り込んだ。
ふと、それを見た舞香は驚いて目を丸くする。
「え……うそ……!」
思わず髪に触れる。
慌ててスカートのポケットから手鏡を取り出し、自分の顔を映した。
暗くてはっきりとは見えない。だが、その変化は確かにわかった。
「髪の色が……何これ……!」
鏡に映る自分の髪。その髪の色が変わっていた。
元々は黒く艶のある髪だったはずだ。それなのに、いつの間にか半分だけがお婆さんの白髪のように真っ白に染まっている。
舞香は鏡をさまざまな方向に向け、髪全体を確認する。
黒く長いハーフポニーテール。その中に、まるで白髪のような髪が混じっていた。それを見た舞香の胸に、絶望にも似た感情が込み上げてくる。
「も、もうやだっ……どうなってるの、これ!」
耐えきれなくなり、舞香は涙を流す。
「ふぇ……うぅっ……お母さん……っ、おかあさぁん……っ」
嗚咽を漏らしながら、母を呼ぶ。
しかし、いくら呼んでも状況が変わることはなかった。
「……ひっく」
どれほどの時間、泣いていたのだろう。
舞香は赤くなった目元に触れ、未だに流れてくる涙を拭う。
その時、声が聞こえた。
ぴくりと肩を震わせ、舞香は声がした方へ顔を向ける。
鉄格子の向こう。反対側の牢屋の中に、誰かがいる。
「………だれ?」
再び鉄格子に触れ、前方を見る。
暗がりの中、向かいの牢屋にいる何者かが動いた。
「お前さん、新しく入れられた人間じゃな」
声の主は、お婆さんだった。
しかし、その姿は暗闇に隠れていて見えない。
舞香は目を見開き、声を上げる。
「人……!?……あ、あのっ!ここは何処なんですか!?何で私、ここに……!」
ガシャン!
鉄格子を掴んだまま、舞香は叫ぶ。
「見てわかるじゃろ。ここは牢獄。絶対脱獄不可能の奈落の牢獄じゃ」
「……奈落の、牢獄……?」
「お前さんは罪を犯し、この牢獄に収容された囚人。覚えとらんかね?」
「っ、そんな!私、悪いことなんて……!」
「ここに入った人間は、だいたいの者がそう言う。『自分は何もしていない』『何かの間違いだ』とな。じゃが、何も間違っとらんよ。お前さんは罪を犯し、ここに入れられた」
「………っ」
淡々とした口調で、お婆さんは言う。
その言葉に、舞香は表情を強張らせた。
罪を犯した。そんなことを言われても、まったく身に覚えがない。
何かの間違い。そう。きっと、何かの間違いなのだ。
「あ、あのっ……!本当に私、悪いことなんてしてないんです!何か手違いがあって、間違って捕まってしまった。きっとそうなんです!……ここの近くに看守の人とかいませんか? いたら、その人に事情を話して……!」
「ここに看守なんていないよ。いるのは囚人だけじゃ」
「いない……?どうして?普通はいるはずですよね?ここにはいなくても、どこかには……!」
「残念じゃが、ここには誰一人として看守はいない。……そこに監視カメラがあるじゃろ。いるとすれば、あの先じゃ」
お婆さんは天井を指差す。
そこには確かに監視カメラがあった。赤い光が、一定の間隔で点滅している。
舞香はそれを見つめ、眉尻を下げた。
「そんな……」
再び、瞳に涙を浮かべる。
「……お前さん、ここから出たいのかい?」
「! 当たり前です!」
問いかけられ、舞香は叫ぶ。
すると、お婆さんは小さく笑い、舞香のいる牢屋の扉を指差した。
「この牢屋の扉には、鍵は掛かっていないよ」
「え?」
「出入りは自由。何処へ行っても、何をしても自由じゃ」
舞香は恐る恐る手を伸ばし、扉に触れる。
動かしてみると、キィ……と耳障りな音を立てながら扉は簡単に開いた。
「!」
「この牢獄から出たいのなら、まず行動じゃよ。こんな場所でいつまでも泣いているのは無駄じゃ。それでは、いつまで経っても何も解決せん」
舞香は扉をくぐり、牢屋の外へ出る。立ち上がり、キョロキョロと辺りを見渡した。
石造りの廊下が左右へ伸びている。その先は暗闇に包まれ、何も見えない。
「……………」
胸の前で両手を組み、舞香は息を呑む。
こんな場所でいつまでも泣いているより、まずは行動する。お婆さんの言う通りだった。
「あのっ、お婆さん……!」
舞香はお婆さんの方へ顔を向ける。
先ほどよりも目が暗闇に慣れてきた今なら、その姿も見えるはずだった。
「え……?」
だが、そこにお婆さんの姿はなかった。
舞香はきょとんとし、お婆さんがいた牢屋の鉄格子に触れる。
中を覗き込むと、そこには骨があった。砕かれた頭蓋骨と、何本もの骨が散らばっている。
「ひっ……!?」
それを見て、舞香は短い悲鳴を上げた。
「お、お婆さん……?」
牢屋の中を見渡し、お婆さんを探す。だが、いくら探しても、その姿はどこにもなかった。
舞香は表情を強張らせ、息を呑む。
「………と、とにかく、動かなくちゃ……!」
お婆さんがいなくなってしまったことは気になる。だが、今はそれよりも優先すべきことがあった。
牢屋から出られたのなら、やることは一つ。出口を探して、ここから外へ出ることだ。
「……………」
名残惜しそうに鉄格子へ目を向けたあと、舞香はそこから手を離す。
右と左。どちらへ行けば出口に辿り着けるのだろうか。
舞香はしばらく悩んだ。
「………よしっ」
舞香が選んだのは、左の道だった。
ゆっくりと足を動かし、怯えながらも前へ進んでいく。
「…………」
舞香が遠ざかっていく。
その背中を、誰かが見つめていた。
お婆さんのいた牢屋の中に淡い光に包まれた人魂が現れ、ゆらゆらと揺れるそれは次第に小さくなっていく舞香の姿をじっと見つめる。
「……どうか、お前さんは死なんどくれ」
人魂から、お婆さんの声が響く。
その言葉を最後に、人魂はすっと消えた。
舞香は真っ直ぐに伸びる廊下を、ひたすら歩き続ける。
すべては、この牢獄から外へ出るために。
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