その婚約破棄、なかったことにさせていただきます!──学院の卒業舞踏会で、末の妹が婚約破棄騒動に巻き込まれてしまった令嬢は、全力で婚約破棄を「なかったこと」にする──
ジェイン・オースティン『高慢と偏見』を異世界恋愛っぽく翻案したらどうなるんだろう、と思いついて書いてみました。
『高慢と偏見』がお好きな方も、そうでない方もお楽しみいただければ幸いです。
毎度おなじみ、貴族学院の卒業舞踏会──
ベネート男爵家の五人姉妹は、三女マリーが無事卒業することになったため、父と母に連れられて全員が出席していた。
男爵家は男系男子のみが相続できる限定相続の家柄。
男子に恵まれなかったため、男爵の弟の息子であるフランソワが跡継ぎと決まっている。
とはいえ、フランソワはまだ7歳。
傍系から相続人が出る場合は、本家の娘と結婚した方が収まりがいいのだが、年齢差が大きすぎる。
なので、五人姉妹は、嫁ぎ先を見つけるか、魔導師または侍女として身を立てるか、とにかく身の振り方を考えなければならないのだ。
21歳の長女ジャンヌは、濃い黄金色の髪に整った顔立ちの正統派美人。
優しい人柄で、半年前に知り合った子爵家の跡取りと婚約寸前まで来ている。
19歳の次女エリザベートは、栗色の髪に緑色の瞳が印象的な「個性派」美人。
活発な性質で、気になる男性はいなくもないが、まだまだ愛だの恋だの言うよりも、乗馬や魔獣狩りが楽しい時期だ。
18歳の小柄なマリーは、麦わら色の髪に黒縁眼鏡がトレードマーク。
五人姉妹の中では、もっとも勉強熱心。
将来は魔導師を目指している。
16歳のカトリーヌは、金髪に愛らしい童顔。
幼い頃から剣術が大好きで才能もあり、女性騎士を目指している。
学院の騎士科の1年生だ。
14歳のリディアは、ピンクブロンドに蒼い瞳。
愛らしい顔立ちだが、一番年下なのに姉妹の中でもっとも背が高く、発育も大変良好。
社交界デビューはまだだが、「顔のよい紳士」が大好物で、暴走しがち。
今日は、デビュー前の少女の作法通り、ハーフツインに結っている。
けれどリディアは「子ども扱いは厭!」と、デビュー後の未婚令嬢の髪型であるハーフアップにしたいと馬車の中でも延々駄々をこね、結局エリザベートが叱りつける破目になった。
エリザベートとジャンヌは、ずっと親元で淑女教育を受けていたので、学院へ来るのは初めて。
社交界デビューはしているから、友人知人もいるはずなのだが、男爵家とはつきあいのない客の方が圧倒的に多い。
舞踏会の会場となっている講堂は立派なものだが、卒業生だけでなく在校生の父兄もやって来るから、どこもかしこも混み混みだ。
母は、談話スペースで旧知の夫人達とおしゃべり大会。
女性のおしゃべりが苦手な父は、古い友人を見つけたかなにかで、どこかに消えて久しい。
姉妹達は、なんとなく母の近くでたむろしていた。
好奇心の旺盛なエリザベートは、マリーをつついて、有名な生徒達を教えてもらった。
王族に公爵令嬢、他国から留学してきた王子などなど、壮麗なホールはキラキラしい人々でいっぱいだ。
「あら。ド・ブール侯爵令嬢アンヌ様がいらっしゃったわ」
「え。どの方?」
「ほら、卒業生の印の花飾りをつけて、空色のドレスをお召しになってる、金髪の綺麗な方。
濃い栗色の髪の殿方にエスコートされていらっしゃる……って。あれ!?
リディア!?」
眼鏡をくいっと持ち上げながら解説しかけたマリーは、息を飲んだ。
エリザベートとジャンヌ、お皿にてんこ盛りにしたローストビーフをぱくついていたカトリーヌも固まる。
リディアだ。
末の妹のリディアが、すらっとした金髪の貴公子の腕をとって、親しげになにやら話し込んでいる。
いかにもリディアが食いつきそうな、なかなかの美形だが──
「やばいやばいやばい……
リディアがくっついているの、ウィカーム公爵家の跡取りのジョルジュ様じゃない。
ジョルジュ様、アンヌ様と婚約してるのよ!
アンヌ様、めっちゃ嫉妬深いって、うちら騎士科にも噂が流れてくるくらいなのに」
「え」
「どどどど、どうしよう!?」
姉妹四人が慌てているうちに、アンヌ達はまっすぐにジョルジュとリディアに向かう。
すぐに、アンヌは、ジョルジュそしてリディアと言い争いを始めた。
少し距離があるし、周りがうるさくて聞き取れないが、険悪な雰囲気だ。
次第に周囲の注目が集まっていく。
「あああああ! いつもいつも小うるさいッ
アンヌ、君との婚約は破棄だ!
このリディアと、僕は結婚する!」
「ジョルジュ様!」
芝居がかったジョルジュの宣言、そしてリディアの歓喜の声は、ホールに響き渡ってしまった。
まずい。
心底、まずい。
エリザベートは気が遠くなった。
公爵家の跡取りが、侯爵家の令嬢との婚約を一方的に破棄。
男爵家の五女が、侯爵家の令嬢から公爵家の跡取りを略奪。
とびきりのスキャンダルだ。
しかし、姉妹の誰かが騒動を起こしたら、なぜか全員が連座させられるのが貴族社会というもの。
ジャンヌと自分の結婚は、おそらくなくなる。
マリーとカトリーヌだって、いくら努力しても、出仕させてもらえなくなるかもしれない。
「この婚約破棄……なかったことにしなければ」
自分を励ますように、エリザベートは呟いた。
ジャンヌ、そしてマリーとカトリーヌとも眼を見交わす。
姉妹は、一瞬で、この後の作戦を理解しあった。
ここは、おっとりした長女のジャンヌではなく、気が強い次女のエリザベートが出た方がいい。
「……わたくし、失神するわ」
ジャンヌは小さな声で妹たちに言うと、ふらふらっとカトリーヌにもたれかかった。
「まあ! ジャンヌお姉様、どうなさったの!」
しらじらしく、カトリーヌが声をあげる。
おしゃべりに夢中で、まだリディアの騒動に気がついていない母が、びっくりして振り返った。
小柄な母にリディアが見えないよう、カトリーヌとエリザベートは巧く壁を作る。
「ど、どうしたのジャンヌ!」
「コルセットを締めすぎたのかしら。
休憩所は、確か中庭の近くよ」
マリーが、カトリーヌよりは自然な口調で言いながら、慌ててやってきた母にジャンヌを押し付けた。
絶対に離さないと言わんばかりに、ジャンヌは母に腕をしっかり絡みつかせる。
「お母様、一緒に参りましょう! さあ!」
反対側からジャンヌを支えるカトリーヌは、母を急き立てた。
この母、娘の眼から見ても、なかなか強烈なお花畑脳なのだ。
リディアが公爵家の跡取りに求婚されたとなれば、舞い上がってなにをやらかすかわからない。
なにはともあれ、ジャンヌの名演技に騙された母は、リディアの騒動に気づく前に休憩室へと向かった。
ついでに、どさくさに紛れて消えようとするマリーの腕を、エリザベートは掴む。
「あなたは私をフォローしてよ。
アンヌ様、あなたの同級生なんでしょ?」
「えええええ……同級生って言っても、まともに話したこともないのに」
「いいから!」
ぶつくさ言うマリーを小声でたしなめると、エリザベートは足早にアンヌ達のところに向かった。
アンヌとジョルジュは言い争いの真っ最中。
アンヌをエスコートしている貴公子──雰囲気がアンヌと似ているし、兄か従兄弟あたりか──も、険しい眼でジョルジュを睨んでいる。
青年が、右の手袋をすっと外したのが見えた。
紳士が決闘を申し込む時には、手袋で相手の頬を打つ。
ジョルジュに、決闘を申し込むつもりだ。
「皆様、紹介もなく話しかける非礼をお許しください!」
エリザベートは、慌てて声を上げた。
は?と虚を突かれたように、三人は振り返った。
姉に気づいたリディアは、露骨に嫌な顔をする。
「わたくし、そこにおりますリディアの姉、エリザベートです」
本当は家名も名乗らなければならないのだが、エリザベートはわざと省いた。
こんな悪目立ちする場で、家名を口にしたくない。
周りの人々が、一斉にこちらを見てくる。
ドレスの下で、膝ががくがくと震えた。
「姉? リディア、本当なのか?」
きょとんとした顔で、ジョルジュはリディアに確かめた。
「そうよ。二番目のお姉様。
だめよお姉様。ジョルジュ様はあげないんだから!」
言いながら、リディアはジョルジュの腕にむぎゅっと抱きつく。
本人は意識していないだろうが、お胸をめっちゃ当てている。
アンヌが、柳眉を逆立てた。
しかし彼女の連れの貴公子は、訝しげにジョルジュ達を見やった。
「ジョルジュ。君は、家族のこともろくに知らない女性と、結婚するというのか?」
「そうだ! これから紹介してもらえば問題なかろう」
問題ないはずがない。
周囲の野次馬が、ひそひそとささやきあう。
貴族の結婚は、家と家を結びつける契約。
兄弟姉妹のことすら聞いていない段階で、人前で結婚を持ち出すなど、常識はずれにもほどがある。
それに、リディアの言動が幼すぎる。
ジョルジュの振る舞いもツッコミどころ満載だが、これでは子供のようだ──
「妹がお騒がせしまして、申し訳ございません。
この子は、社交界デビューもしていない、ほんの子供で」
アンヌが眼をみはった。
「デビューもしてない?
あなた、一体何歳なの?」
「……15歳よ。次の誕生日が来れば」
むくれた顔で、リディアはつっけんどんに答える。
「14歳ってことじゃない!
……本当に子供なのね」
アンヌは呆れ顔になると、お話にならないとばかりに半笑いしながら扇を広げ、自分を扇いだ。
ジョルジュは、「え、そうなのか?」と戸惑っている。
17、8歳だと思っていたようだ。
「末っ子だからか、年齢よりも幼い子で……
ご迷惑をおかけしまして、本当に申し訳ありません。
ちょっと眼を離した隙に、こんなことになるだなんて。
学院の舞踏会なら、立派な紳士しかいらっしゃらないだろうと油断しておりました」
エリザベートは、しおらしく頭を下げながら「わずかな隙にナンパされるとか想定外」「ジョルジュが悪い」「なにはともあれジョルジュが悪い」アピールをかました。
「さ、リディア。いらっしゃい。
あちらでお菓子でもいただきましょう」
いつもジャンヌがしているように、優しくリディアに手を差し伸べる。
「いやよ!」
リディアは意固地になって、ますますジョルジュにしがみついた。
「聞き分けのないことを言わないで!
あなたが変な騒動に巻き込まれたら、わたくし達だって結婚できなくなるのよ!」
エリザベートは、いらっとして叫んでしまった。
「そんなの大丈夫よ!
私は公爵夫人になるのよ!
お姉様達にだって、いっぱい持参金をつけてあげるもん!」
リディアは、涙目になりながら叫び返す。
「馬鹿馬鹿しい!
どこに妻の姉にまで持参金をつける家があるのよ!
それに万万が一、あなたがジョルジュ様と結婚できたとしても、公爵閣下はまだまだお若いじゃない!
何十年も先に持参金をもらったって、どうしろっていうのよ!」
エリザベートは、ついにキレた。
キレてしまってからハッとしたが、アンヌの連れが軽く噴く。
「それはそうだ。いや、一理も二理もある」
野次馬の間にも、笑いが広がった。
皆に馬鹿にされていると思ったのか、リディアは唇を震わせ、とうとう泣き出してしまった。
エリザベートは、おろおろしているジョルジュから、ささっとリディアを奪う。
そのまま、さささささとジョルジュ達から距離をとった。
「ごめんねリディア。姉さまが言い過ぎたわ」
エリザベートは、身を震わせながらしゃくりあげているリディアを抱きしめ、その背を撫でた。
「……こんな子供に手を出そうだなんて、ほんっと見下げ果てた人ね」
アンヌが毛虫でも見るような眼で、ジョルジュをねめつけた。
「わ、私は悪くないッ 悪くないぞ!
だいたい、デビュー前の少女なら、相応の髪型で来るはずだろッ
ハーフアップにしてるから、もうデビューしている令嬢だと思ったんだッ」
ジョルジュはエリザベート達を指さして、口角泡を飛ばした。
「あ、あら? 今日はちゃんとハーフツインにして来たはずなのに……」
確かに、愛らしいハーフツインにしていたはずのピンクブロンドが、いつの間にかハーフアップに結い直されている。
よく見ると、綺麗に編み込みもされていた。
自分で、勝手に髪型を変えたわけではなさそうだ。
ここで、完全に気配を消していたマリーがすっと近づいてきて、エリザベートに囁いた。
「リジー姉様。おかしいわ。
何も知らないリディアを使って、ジョルジュ様とアンヌ様の間で一悶着起きるように誰かが仕掛けたんじゃないかしら」
つまり、この卒業舞踏会で、ジョルジュとアンヌが大喧嘩するよう仕掛けた者がいる、ということだ。
公爵家側に、アンヌが嫁いで来るのを嫌う者がいるのかもしれない。
侯爵家側に、アンヌが将来公爵夫人となるのを止めたい者がいるのかもしれない。
エリザベートは、アンヌの傍に立つ、貴公子をちらりと見た。
貴公子は、ジョルジュに決闘を申し込もうとしていた。
この男性が、アンヌに恋をしている従兄弟かなにかで、ジョルジュとの縁談を壊したがっている──そんなことも、ありえるかもしれない。
「……かもね。
ねぇリディア。その髪、とっても素敵だわ。
誰が結い直してくれたの?」
エリザベートは、できるだけ優しくリディアに訊ねた。
「……黒い髪の、知らないお姉様」
か細い声でリディアは答え、伸び上がって周囲を見回した。
周りの野次馬も、「黒髪の令嬢」を探す。
「あ! あの人よ!」
リディアが指差す方向を、皆が見た。
その向こう、野次馬の輪から離れようとしていた黒髪の令嬢がギクリと立ち止まる。
「リディアのこと、とってもかわいいわねって言ってくれて。
姉さまのお下がりばっかりで、つまらないんだって言ったら、じゃあお金持ちの素敵な貴公子を教えてあげるって。
ジョルジュ様っていう人で、公爵様になることが決まってて、ドレスでも宝石でも、たくさん買ってくれるって」
「……お下がりばっかりだなんて、人聞きの悪いこと言わないで。
どうやったら、わたくしのお下がりをあなたが着られるのよ!」
自分より背が高い妹を、エリザベートは思わず叱る。
「だって、帽子やアクセサリーはお姉様達のお下がりじゃない!」
姉妹のしょうもない言い争いをよそに、アンヌがパシッと扇を鳴らした。
「リュシー様。これはどういうことかしら」
アンヌは、黒髪の令嬢を睨めつけた。
どうやら知り合いのようだ。
「う、嘘よ。わたくし、そんな子知らないわ!
誰かと間違えているのよ。
黒髪の令嬢なんて、ほかにもたくさんいるじゃない!」
リュシーと呼ばれた令嬢は言い募った。
「嘘って言う方が、嘘つきですー!
その顎のほくろ、リディア、覚えてるもん!!」
リディアが、リュシーの顎のあたりを指さして、叫んだ。
エリザベートは無の表情で、無作法な手を下ろさせる。
反射的に顎を押さえてしまったリュシーは顔を真っ赤に染め、慌てて逃げていった。
「というか、あれ?
さっきから、なーんかチリチリするなって思ってたら、リディアのこの髪飾り、おかしくない?
そもそも、うちのじゃないし」
マリーが、リディアの髪留を外した。
よく見ると、リュシーが身につけていたイヤリングと、対になったデザインだ。
ひっくり返すと、裏には魔法陣がびっしり描かれている。
「あああああ、やっぱり!
魅了魔法が書き込まれてる!
効果範囲は狭いし、そんなに強いわけでもないけど。
ジョルジュ様、こーれは近づかれた時点で気が付かなきゃダメでしょ」
ドン引きしながら、マリーは解呪の呪文を呟くと、パチンと指を鳴らす。
小さく光が散って、魔法陣は無効化された。
は、とジョルジュが眼を見開き、ぶんぶんぶん!と頭を振る。
どうやら正気を取り戻したようだ。
「……つくづく脇の甘い人ね。
一人息子でなければ、廃嫡ものだわ」
アンヌは腕組みをすると、呆れ返った顔でジョルジュを睨んだ。
「で。婚約は破棄でよろしいの?
わたくしは、破棄でぜんっぜん構わないわよ。
亡くなられたあなたのお母様が、あなたをくれぐれも頼むっておっしゃっていたから、続けているだけだし」
ジョルジュは、慌てて周囲を見回した。
野次馬達は呆れた顔で、ジョルジュの返事を待っている。
「い、いや。婚約破棄などしない!
アンヌ、許してくれ……」
ジョルジュは、かくりとうなだれた。
どうやら、婚約破棄は無事「なかったこと」になりそうだ。
リディアの幼稚さやら、自分の気の強さがバレまくった気はするが、最低限のラインは守れたはず!
エリザベートは心の中で、ガッツポーズをキメた。
数週間後──
ジャンヌは、例の子爵家の跡取りに結婚を申し込まれ、婚約が発表された。
長女の結婚がまず決まり、男爵家は喜びに沸きつつ、結婚の準備でてんてこまい。
ちなみに、エリザベートの方は、以前から気になっていた貴公子と一度サロンで顔をあわせたものの、さりげなく眼をそらされてしまった。
ま、それで済んだだけ、上出来だと思うしかない。
そんな中、エリザベートとマリーは、アンヌにお茶に招かれた。
侯爵家に招かれるなど、初めてのことだ。
特に男爵家に抗議も来なかったし、今更糾弾されるとも思えない。
要は、答え合わせの会なのだろう。
エリザベートは、「キラキラ令嬢のお茶会とか怖い」と嫌がるマリーを引きずるようにして、訪問した。
壮麗な館に招き入れられた姉妹は、広々としたサンルームに案内された。
ほかに客はなく、アンヌ一人のようだ。
「お姉様のご婚約、おめでとうございます。
この間は、わたくし達のいざこざに巻き込んでしまって、恐縮でしたわ。
リディア様は、あの後、どうしていらっしゃるの?」
ジョルジュにキレていた舞踏会とは打って変わって、アンヌは穏やかな表情で紅茶を勧めてくれた。
さすが侯爵家、添えられたプティフールもいちいち凝ったものばかりだ。
「あー……しばらく伯母に預かってもらうことになりました。
今の環境は、あの子の性格には合わないんじゃないかって」
マリーが大雑把なことしか言わないので、エリザベートは色々くるんで説明した。
以前から、母がリディアを甘やかしすぎだと怒っていた伯母がブチ切れたのだ。
呑気な父も、さすがにこのままではまずいと危機感を持った。
リディアは、なにかにつけ自分はもう大人だと示したがり、子供扱いされるのを嫌う。
五人姉妹の中で、仲間はずれにされていると感じてしまうからだ。
だから、姉達から離れ、お花畑脳な母の悪影響を断てば、なんとかなるかもしれない。
なんといっても、まだ14歳なのだし。
アンヌは、ほっとした表情になった。
「良かったわ。妹君が、落ち着かれるといいですね。
……で。どうしてあんなことになったのか、お二人には、ご説明しておかないといけないと思って。
内々の話、ということでいいかしら」
「もちろんですわ」
アンヌは、くるんでくるんで説明してくれた。
リュシーは、ジョルジュの従姉妹。
昔から、アンヌを妬んで、あれやこれやと仕掛けてきたそう。
アンヌさえ蹴落とせば、自分が公爵夫人になれるはずだと思いこんでいたらしい。
しかし、今回のことは一線を超えている。
さっくり、修道院送りになったそうだ。
「魅了魔法は、いくらなんでもマズいですもんねえ……
自分で直接使うんじゃリスクが高すぎるから、世間知らずのリディアを使ってまずは婚約破棄させる。
でも、リディアじゃ公爵家に嫁げるはずもない。
そこで、脇から出てきて、婚約者のいなくなったジョルジュ様をかっさらう、て算段だったんでしょうけれど」
マリーが、んむんむと頷く。
アンヌはため息をついた。
「とにかく、悪知恵が浅いところで良く回る人で。
でもマリー様、よく魅了魔法にお気づきになったわ。
わたくし、全然わからなかった。
どうやったら気がつけるようになるんですの?」
アンヌは、マリーに向かって居住まいを正した。
二人は、あれやこれや魔法トークを始める。
そこに、侍女が新たな客を案内してきた。
先日の舞踏会で、アンヌをエスコートしていた貴公子だ。
年の頃はエリザベートより少し上、23、4歳くらいか。
先日の舞踏会では、黒っぽい髪と見えたが、日差しの下では栗色に近い。
すらりと背が高く、姿勢が美しい。
鼻筋はまっすぐで口元は引き締まり、灰色がかった青い瞳は表情を見せない。
いかにも上流貴族らしい整った容姿だが、こちらを見るなり、薄い唇がわずかにほころんで、エリザベートはドキッとした。
アンヌが立ち上がり、姉妹も慌てて立ち上がった。
「改めてご紹介しますわ。
こちら、わたくしの従兄弟のペンバール伯爵ギヨーム閣下。
ギヨーム兄様、ベネート男爵家のエリザベート様とマリー様ですわ」
「よろしくお願いいたします」
エリザベートとマリーはそれぞれお辞儀し、ギヨームは軽く頷いた。
「エリザベート様、絵はお好きかしら?」
「あ、はい」
いきなりアンヌが振ってきて、エリザベートは反射的に頷く。
「ギヨーム兄様、わたくしマリー様に魔力探知のコツを教えていただきたいの。
その間、エリザベート様をギャラリーに案内していただけるかしら?」
ギャラリーというのは、貴族の屋敷によくある、先祖代々集めた絵画などを並べた細長い部屋だ。
「もちろん」
ギヨームは力強く頷くと、エリザベートにまっすぐに眼をあわせてきた。
えええええ?と戸惑いながら、エリザベートはギヨームのエスコートでギャラリーに向かう。
長い廊下を、特に言葉も交わさないまま二人で歩く。
どう考えても、これはギヨームがエリザベートに興味を持って、アンヌに今日の茶会を設定してもらった流れだ。
自分は男爵家の次女だし、ジャンヌのように誰もが称賛する美人でもない。
先日の舞踏会では、相当見苦しいところを見せてしまった。
なのに、なぜこんなことになっているのだろう。
エリザベートの背に、冷や汗が伝った。
広々とした明るいギャラリーには、歴代侯爵の肖像画や、領地を描いた風景画がたくさんかけられていた。
もちろん、男爵家にもこのような絵画はあるが、量も質も桁違いだ。
一枚ずつ、ギヨームの解説つきで鑑賞するうち、次第に緊張もほぐれていく。
「……ああ、これがペンバール館です。
元はド・ブール侯爵家のものでしたが、分家としてペンバール伯爵家を立てた時に譲ったもので。
今も、伯爵家の本邸として使っています」
ギヨームは、一枚の風景画を示した。
大きな池の向こうに、黄褐色の砂岩造りの、落ち着いた古典様式の屋敷が建っている。
空は晴れ渡り、池には屋敷が綺麗に映り込んでいた。
屋敷をとりまく芝生は青々としている。
「まあ……素敵ですわね」
エリザベートはうっとりした。
文句なく、美しい館だ。
「レディ・エリザベート。
よろしければ、一度、遊びに来ていただけませんか?
ご家族とでも、ご友人とでも」
絵に見入っているエリザベートに、ギヨームは丁寧に申し出た。
「え。あああああの??
わたくしなんかが……お招きいただいてもよろしいのですか?」
「もちろん。あなたは、私にとってもアンヌにとっても恩人なのですから」
え?え?と首を傾げるエリザベートに、ギヨームは笑った。
「あなたが勇気をもって介入してくださらなければ、私はジョルジュに決闘を申し込んでいた。
彼に後れを取るつもりはありませんが、勝負は時の運。
最悪、相討ちだってありえた。
違いますか?」
「ああ……」
言われてみれば、そうだ。
「そんなことになっていたら、きっとアンヌは深く傷ついたでしょう。
彼女のためにも、あなたが奮闘してくれて良かった」
ギヨームは、胸に手を当てて、エリザベートに軽くお辞儀をした。
「で。招待は受けていただけますか?」
思いの外、ギヨームはぐいぐい来る。
「ええと、その……ぜひ」
気圧されて、エリザベートは頷いた。
行きたいか行きたくないかでいえば、それは行きたい。
なぜ、こんな風に話す機会を作って、招待までしてくれるのか、まだ理解が追いつかないが。
ギヨームはほっとした様子で笑みを浮かべ、二人はサンルームへ戻ることになった。
「あの、もしかしてわたくし……ギヨーム様にとって『おもしれー女』枠なのですか?」
長い廊下の途中、考えあぐねたエリザベートは、ギヨームにふと訊ねてみた。
「ええと? 『おもしれー女枠』とは?」
ギヨームは、きょとんとしている。
そんな下世話な言葉は、初めて聞いた様子だ。
「あああああ、あの。よく婦人向けの小説やお芝居なんかにあるんです。
名家の貴公子が、表情豊かで行動的な……ある意味貴族らしくない女性に出会って、心惹かれてしまう、といった話が。
そういうタイプの女性の総称といいますか、なんといいますかあああ……!」
説明しようとするが、言えば言うほど、馬鹿みたいに聞こえてしまう。
おまけに、これではまるで「あなたは私に気があるのでしょう?」と言っているようなものだ。
エリザベートは、赤くなってあうあうした。
そんなつもりじゃなかったのに。
もう、サンルームは眼の前だ。
待機していたメイドが、両開きの扉を開く。
そこで、ギヨームは立ち止まった。
自然、二人で向き合うかたちになる。
「ふむ。あなたほど、興味を惹かれる女性は初めてだという意味では、合っているかもしれません」
ギヨームはそこで言葉を切り、エリザベートと眼をあわせて微笑んだ。
「姉妹の名誉を守るため、ご自身の未来を守るため、戦うあなたは美しかった。
なので……まずはもっと、あなたを知りたい。
そう思ったのです」
ギヨームはさらっと言うと、エリザベートの手をとり、身をかがめて手の甲に口づけをした。
薄いレースの手袋ごしに、一瞬、唇の熱を感じる。
「今日はここで。
中に入ると、アンヌにからかわれてしまいますからね。
近々、訪問させていただきます」
「ひゃ、ひゃい……」
真っ赤になったエリザベートは、踵を返して立ち去るギヨームを、呆然と見送るしかなかった。
その後──
ギヨームと結婚する気満々だった某令嬢が一暴れするなど、色々色々あったが、無事、エリザベートはギヨームと結婚し、美しいペンバール館の女主人となった。
ジャンヌ、マリー、カトリーヌもそれぞれの道を歩んでいる。
リディアも、伯母による再教育が奏功し、適切な男性との結婚を選んで、幸せに暮らしている。
ジョルジュは相変わらずふわふわしているようだが、アンヌがしっかり手綱をとって、公爵家の体面は保たれている。
ある夏の午後。
美しい庭を見下ろす居間で、エリザベートとギヨームはのんびりしていた。
エリザベートの膝には、長男のエドワルドがすやすやしている。
二人で絵本の読み聞かせをしていたら、寝入ってしまったのだ。
「お父様! お父様はどうしてお母様と結婚したの?」
そこに、長女のエリノアがポニー遊びから戻って来るなり、ギヨームに抱きつきながら訊ねた。
「聞きたい! わたしも聞きたい!」
次女のマリアンヌも、競うように父に抱きつきながらねだる。
「おませさん達め。どうしても聞きたいのかな?」
ギヨームは笑いながら、ちらりとエリザベートの方を見る。
「あなた!
そんなこと、だ、だだだだだめよ!」
エリザベートは、ぶんぶんと手を横に振った。
何年経っても、あの時のことを持ち出されると、うろたえてしまう。
そんなエリザベートを、愛しげにギヨームは見つめた。
「あ。出た。お父様の『うちの奥さん大好き光線』」
「でたでた!」
娘二人が囃し立てる。
「あなたたち! ほら、お外で遊んできた良い子は、次になにをするの?」
「「お手々を洗うー!」」
姉妹は一緒に答えると、きゃあきゃあ言いながら出ていった。
ナニーがその後を追う。
「……いつか、あの子達にも教えたいな。
『その婚約破棄、なかったことにさせていただきます!』とばかりに修羅場に乗り込んできた君の勇姿を」
ギヨームは、からかうような視線をエリザベートに向けた。
「あなたったら。そんなことばかり」
エリザベートは、わざと頬をふくらませてむくれてみせる。
「いいじゃないか。
若い頃は、堅物だの冷血男だの言われていた私が、こんなに愉快な毎日を過ごすようになったんだ。
君と結婚して、本当によかったよ」
ギヨームは、エドワルド越しに、エリザベートの額にキスをしてきた。
間近で、眼と眼が合う。
「わたくしも。わたくしも、あなたと結婚して本当によかったわ」
エリザベートは微笑んで、ギヨームの頬にキスを返した。
つたない作品をご覧いただき、ありがとうございました!
お心のままに、★やらいいねやらブクマやらご感想やら賜れますと、アホな作者が舞い上がり、またまた謎な作品を投稿してしまいますので、ぜひぜひよろしくお願いいたします!
なお、普段は異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズなど書いております。
春に、異世界恋愛ミステリに特化した個人企画を行いますので、ぜひ活動報告(https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3562218/)をご覧ください。




