第七話:魂の円環
リゼッタとカイン。二人の魂は、新婚初夜の血の記憶を起点に、宮廷の常識という円から逸脱し、互いの内側に深くねじれた「愛の円環」を築き上げていた。それは、世界が理解し得ない、狂気にも似た情熱だった。
リゼッタの瞳には、カインへの憎悪の炎はなかった。むしろ、その赤い瞳は、彼女の魂を「王妃の檻」から解き放った、唯一の鍵だった。
(あなたが私を殺した夜、私は確かに死んだ。そして、その死こそが、私に真の自由を与えた)
彼女の愛は、「死への感謝」という、最も倒錯した根源から生まれた。
カインの隣にいることは、「私はもう、王妃ではない」という揺るぎない証明だった。彼の監視、彼の独占的な視線、手首に刻まれる彼の指の痕跡。
それら全てが、彼女にとって「王妃の義務」という偽りの生から遠ざけてくれる、甘美な鎖だった。
「あなたは、私の生を終わらせた。だからこそ、私に二度目の生を与える義務があるわ、カイン」
リゼッタの囁きは、彼の魂に直接触れる甘い毒だった。彼女は、「あなたの支配こそが、私の唯一の自由」と、無言で彼に訴えかけていた。彼の鎖の痛みこそが、彼女を「生きている」と実感させる、唯一の熱だった。
カインの情熱は、完璧な殺意が唯一「失敗」したことへの、狂おしいまでの執着だった。リゼッタという、彼の支配を拒絶した異物は、彼の理性を焼き尽くし、魂の奥底に眠っていた「所有」への獣性を目覚めさせた。
(俺の刃は完璧だったはず。この女は、死を冒涜している。しかし、その冒涜こそが、俺という「異物」の魂に、抗い難い熱を与えている)
彼は、リゼッタの「死に戻り」という秘密を、自分だけが解読できる暗号として抱きしめた。彼女の存在は、彼が異端児として歩んできた孤独な人生に、初めて「共鳴する存在」を与えたのだ。
彼の独占的な監視は、彼女の命を「決して失わない」という、歪んだ愛の誓いだった。リゼッタが他の男と視線を交わすたび、カインの赤い瞳の奥で、静かなる殺意の炎が揺らめいた。
「あなたは、私の『失敗』だ。だからこそ、この世で、あなたの命を掌握できるのは、私だけなのだ、リゼッタ」
彼の声は、囁きでありながら、二人の間を巡る血の契約を宣言するかのようだった。
二人の間には、もはや常識的な「愛」の形は存在しない。
そこにあるのは、新婚初夜の血塗られた秘密と、それを共有する倒錯した甘美さ。
リゼッタは、カインという「鎖」を通してのみ、王妃という偽りの自己から解放され、真の「私」として存在できた。
カインは、リゼッタという「異物」を通してのみ、自分の「失敗」を肯定し、「所有」という歪んだ愛に生きる意味を見出した。
加害者と被害者、支配者と被支配者。その境界線は溶け合い、二人は互いの「罪」を抱きしめ、「秘密」を分かち合うことで、この世界のどこにも属さない、二人だけの「魂の円環」の中で、永遠にねじれた愛を育んでいくのだ。




