第六話:謀略の円舞曲
王宮の深奥、光も届かぬ古文書館。リゼッタの暗躍の舞台は、彼女の運命を決定づけた「血の記憶」が眠る場所だった。
リゼッタは、埃が舞う冷たい空気の中、ひたすらに禁断の記録を漁った。彼女の魂は一度死んでいる。もはや、王家のタブーや古文書の黴臭さなど、彼女の真実への熱意の前では取るに足らない。
彼女の背後、常に一歩半の距離に、カインは立っていた。彼の白い髪は、古文書館の重い闇の中で、奇妙なほど鮮明だった。
カインは、リゼッタの手が触れる記述が、自分自身、すなわちアルビノの血と純血結社の隠された起源に繋がることを、彼の完璧な記憶によって瞬時に理解していた。
(この女は、自分が何に触れているのか理解していないのか。いや、理解しているからこそ、この冷徹な熱意がある。彼女は、俺の命の真実を、俺自身の監視の下で暴こうとしている)
彼の赤い瞳は、もはや護衛の任務を果たしていなかった。彼の視線は、リゼッタの華奢な背中に向けられ、「支配」と「解明」という、二つの激しい衝動が交錯していた。彼女の探求は、彼の理性の鎖を軋ませる、最も甘美な刺激だった。
リゼッタは、カインの動揺を確信すると、静かに、そして残酷に、共闘の鎖を投げ入れた。
彼女は、結社が用いる血統の暗号に関する記述を広げたまま、振り返らず、カインに囁きかけた。
「ねぇ、カイン。あなたが私を殺した『純血の使命』は、本当に正しいものだったのかしら? 私の再生は、その使命が血の神話によって裏切られた証明ではないの?」
その言葉は、カインの胸を氷の刃で再び貫いた。彼の任務の失敗を公然と突きつけ、彼を「利用された道具」という屈辱的な現実に引き戻す。
カインは、一瞬、身体が硬直した。 彼の喉の奥で、激しい怒りと、彼女の大胆さへの抗いがたい賛美が混ざり合った。彼は、もはや沈黙を保てなかった。
リゼッタは、カインの葛藤が極限に達したと見ると、最後の賭けに出た。
彼女は、結社の幹部が密談する廊下へと、意図的に一歩を踏み出した。
その瞬間、カインの瞳は激しい情熱を帯びて灼熱した。彼の理性が、「王妃を護衛せよ」という任務よりも、「この女を、俺以外の真実によって汚されてはならない」という、独占的な本能に支配されたのだ。
カインは、静寂の中で、リゼッタの手首を、骨が軋むほどの力で掴み取った。
「馬鹿な真似はおやめください、リゼッタ王妃」
彼の声は、もはや敬意を含んでいなかった。それは、支配者の命令であり、恋人の懇願でもあった。
(あなたは、自分の命の価値を理解していない。その命は、私の罪によって再生した。真実を知るのなら、私の手で知りなさい。……俺の傍を離れるな。俺の監視こそが、あなたの唯一の、そして永遠の逃避路だ)
リゼッタは、その暴力的なまでの痛みに、歓喜に似た安堵を覚えた。彼女の心は、「彼が折れた」と確信した。
「分かったわ、カイン。では、私に真実を見せて。私の命の鎖となって、共に行きましょう」
リゼッタは、自らの手首をカインの手に預け、「加害者」と「被害者」は、「罪と秘密を分かち合う、運命の共犯者」へと、その関係を劇的に変貌させたのだった。




