第五話:監視の円舞曲
カインにとって、リゼッタの護衛任務は、世界で唯一彼に許された「私的な儀式」だった。彼は、宮廷の複雑な廊下を、光を吸い込むかのような白い影として滑る。彼の存在は、リゼッタの周囲から、甘い囁きも、無遠慮な好奇心もすべて排除した。
カインは常に、リゼッタの吐息一つ分、遠い場所に立っていた。
彼の白銀の髪は、彼女の背後に冷たい光の結界を作り出し、その赤い瞳は、護衛の眼差しではなく、所有者の渇望を映し出していた。
彼は、リゼッタの優雅な歩調、視線の軌跡、そして周囲の貴族に対する「無関心の完璧な演技」すべてを、精密な天秤にかけるように計測していた。
(お前の命の熱は、まだあの夜の狂騒を覚えているか?お前を殺したこの俺だけが、お前の再生した魂の目盛りを知っている)
彼の監視は、リゼッタの皮膚の下、一度止まったはずの心臓の鼓動にまで達していた。彼は、リゼッタが王妃の義務から解放されたことに安堵を覚えるたび、その安堵を自分の手柄として捕らえ、支配の鎖をわずかに強める。
人払いがされた回廊を、二人が並んで歩く瞬間、カインは最も危険な領域に踏み込む。
リゼッタが、公務に疲れたかのように窓の外に視線を向けた時、カインはまるで秘密を分かち合う恋人のように、彼女の耳元に、熱を持たない吐息を落とした。
「王妃様。そのような憂いの表情は、昨夜の惨劇を思い出されたのか」
彼の声は、他の者に聞こえぬよう抑えられていながら、リゼッタの耳には、鋭い告発として響いた。彼は、彼女の「精神的不安定」という宮廷の認識を逆手に取り、二人の間に流れる血の秘密を肯定させる。
「血痕は残りましたが、肉体は戻った。……あなたの『死に戻り』という恐るべき真実は、この世で私とあなた、二人だけの永遠の誓いとなりました。この誓いを破ろうと、他の男のそばへ行こうとすれば……その時こそ、あなたは本当に『二度目の死』を迎えるでしょう」
リゼッタが、陰謀の糸口を探り、結社に関わる古老の貴族に不用意に近づいた時、カインの冷徹な仮面は一瞬にして剥がれる。
彼は、貴族がリゼッタの手に触れるより早く、一瞬の間にその手首を掴み取る。その動作は、護衛の俊敏さではなく、獲物を奪われた獣の焦燥だった。
「立ち止まりなさい、リゼッタ」
彼は王妃の称号すら忘れ、強く、短く、命じた。指が食い込む力は、彼女の白い手首に赤く痛ましい痕を残す。
「カイン、離して頂戴」
痛みに顔を歪める。その肉体的な痛みこそが、カインの内なる情熱の唯一の表現だった。
リゼッタは、彼の瞳の奥に、「あなたを殺す権利は、永遠に私だけのものだ」という、歪んだ愛の宣言を読み取り、続ける言葉を失い、ため息を漏らす。
この独占と束縛こそが、リゼッタの「王妃の役割」**という地獄から引き離し、カインとの「罪の共犯関係」という、二人の新しい世界への道筋を、鮮烈な血の跡として刻みつけていくのだ。
第六話は11/12(水)22:40更新です。(毎日22:40更新になります。)




