第四話:慟哭なき情熱
リゼッタの口から放たれた「もう、結構です」という、達観した拒絶の言葉は、カインの内に存在する冷たい絶対法則を打ち砕く、轟音となった。
彼は、己の剣が放つ殺意の熱を信じている。あの夜、彼の刃は寸分違わず心臓を貫き、王妃の命は確実に絶たれたはずだ。しかし、夜明けの光の中、彼女は息をしている。そして、寝室に残された血痕は、彼の行為が「完璧な執行」ではなく、「血塗られた失敗」であった屈辱的な証拠として、彼を灼きつけた。
(なぜだ。なぜ、死がこの女を拒否した。俺の刃を無力にした、お前の血の深淵は何だ?)
カインの白い髪は、周囲の光を反射する氷のようだが、その奥で、彼の魂は未だ殺害の熱を保っていた。彼は理性を超えた現象に直面し、これまでの「完璧な道具」としての自己認識が、砂のように崩れていくのを感じていた。
恐怖ではない。それは、自身の存在意義が彼女という「異物」によって否定されたことへの、冷徹な怒りと、異様なまでの渇望だった。
彼の赤い瞳が、さらに深く、濃い赤に燃え上がる。それは、リゼッタというパズルを解き明かし、その命を完全に支配したいという、猛烈な情熱の覚醒だった。
リゼッタは、彼のその殺意を伴う執着を、恐れるどころか、王妃の責務から逃れるための盾として利用しようとしている。
その大胆不敵な態度は、カインの独占欲に火をつけた。
「王妃様……」
カインは、自身の口元に、いつもの皮肉めいた微笑みが浮かぶのを感じた。それは、内心の混乱を覆い隠すための、最も冷たい仮面だった。
「国王陛下は、あなたの奇妙な主張を、事件による錯乱と解釈されるでしょう。そして、私はその『壊れた獲物』を監視する任務を与えられた」
彼は一歩、リゼッタへと近づいた。その距離は、護衛というよりも、魂を掌握せんとする狩人のものだった。
「よろしい。あなたは自由を得た。しかし、その自由は、私があなたに与えたものだ。そして、この世で、あなたの『死に戻り』という恐るべき真実を知るのは、あなたを殺した私だけだ」
彼の声は、囁きでありながら、二人の空間を縛る新しい鎖の音だった。
「あなたは、私の『失敗』であると同時に、私が永遠に手放せない唯一の『成功』となった。さあ、このまま、私が決めた独占の檻の中で、その命を燃やしてみなさい」
彼の瞳は、もはや護衛の目ではない。リゼッタの命を血の記憶で縛りつけ、「二度と誰にも触れさせない」と誓う、病的な愛の誓いを込めた、燃えるような眼差しだった。




