第三話:王妃の態度
「私は一度死に戻りました」
翌日、リゼッタの言葉がもたらした影響は計り知れぬものがあった。
彼女の周囲を漂う空気は、もう単なる無関心ではない。それは、一度死を経験した者だけが持つ、痛ましいほどの冷徹な諦念だった。
新婚初夜の寝室に残された血痕と、彼女自身の「私は一度死に戻りました」という奇妙な告白は、宮廷中に瞬く間に広がり、リゼッタを「精神を病んだ悲劇の主人公」という孤立した地位に押し上げた。
国王アークライトは、事件の物理的な証拠『血痕』と王妃の精神的な発言『死に戻り』を理性的に切り離し、リゼッタを「殺人未遂の被害者」として扱った。しかし、その態度は、彼女の心に何一つ届かなかった。
「心労はいかばかりに深いであろう。今はただ静養するがよい。王妃としての務めは、落ち着いてからで構わない」
アークライトが憐憫の情を示すたび、リゼッタは瞳の奥に冷たい光を宿した。
「陛下。ありがとうございます。ですが、私の責務は、あの夜、血と共に全て流れ去りました。私の肉体は戻りましたが、王妃として生きる心は、もうありません」
リゼッタは、同情も、時間稼ぎも、一切受け付けない。「王妃という役割自体」を、きっぱりと、しかしあくまでも優雅に拒絶する。彼女にとって、国王の優しさは、彼女を再び檻に戻そうとする偽りの鎖でしかなかった。
彼女は、自身の「死に戻りの記憶」の真偽を国王が疑っていることを承知していた。しかし、それを証明しようとはしない。その態度は、「信じられなくても構いません。私が真実を知っていれば十分」という、究極の達観に貫かれている。この無関心さこそが、国王を最も困惑させた。
そして、アークライトは王妃の心身に危険を感じ、優秀な騎士に護衛を命じた。
皮肉にも白銀の髪、鮮血の瞳を持つ騎士カイン・シュヴァルツが騎士団長の推薦により、リゼッタの護衛騎士となった。
しかし、リゼッタにとって、因縁の相手であるはずのカインという存在は公的な「護衛」という建前をもち、異様な安定をもたらすことになった。
カインの監視は、ことがことだけに執拗なものであった。彼の赤い瞳は、彼女の微細な表情の変化、手の動き、囁きの一つ一つを、「本当に再生したのか?」と疑り深く見つめていた。
リゼッタは、彼のその疑念を最高の武器とした。
彼女は彼に、憎悪や恐怖ではなく、血痕を残して失敗した「加害者」の責任を問うかのような、冷たい共犯者の視線を投げかける。
「あなたは、私の命を無駄にしました。二度目の生を、有意義なものにする責任が、あなたにはあるのではないかしら?」
彼女は、カインが自分の側を離れないことを、「王妃の義務から永久に遠ざかるための公認の鎖」として利用価値があるものとしてすんなりと受け入れた。
他の貴族が「王妃様はカイン殿にご執心か」と噂を立てても、彼女は気にしない。彼がそばにいる限り、彼女を再び「王妃の役割」に戻そうとする外部の圧力は、彼の白い影によって阻まれるからだ。
リゼッタの態度は、宮廷の誰もが解読できない「血塗られた暗号」だった。彼女は「悲劇の王妃」として孤立することで、カインという「運命の加害者」との、秘密めいた共闘の道を静かに切り開いていた。




