第一話:転生と目覚め
静謐な闇が、王妃の寝室の豪華な調度品を覆っていた。窓の向こう、夜明けはまだ鉛色の空の下で息を潜めている。
殺された。
その記憶は、鋭利な氷の破片となって、リゼッタの胸に深く突き刺さったままだった。昨夜の肌を切り裂くような冷たい刃の感触、そして魂が肉体から引き剥がされる時の断ち切られるような痛み。それら全てを、リゼッタの意識は鮮明に覚えている。
だが、今は息をしている。生命の証である微かな鼓動が、傷一つない胸の奥で、嘘のように静かに続いている。
ここは、国中の祝福と期待が込められた「新婚初夜の部屋」。そして、リゼッタ・セレネス王妃にとって、「王妃としての人生が幕を閉じた場所」だ。
緩慢な動きで身体を起こしたリゼッタの視界に、暗闇に溶け込まない異質な色彩が映った。
白銀の髪と、血のような赤い瞳。
入り口の影に、彼は立っていた。彼女の命を奪った張本人、カイン・シュヴァルツ。
彼は呼吸すらしていない彫刻のように静かだった。その異様なまでに白い肌は、夜の闇を纏いながらも、どこか神聖な、だが決定的に「人間ではない」美しさを放っている。彼の赤い瞳が、リゼッタの全身を品定めするように動いた。
殺意も、後悔もない。ただ存在するだけで周囲を凍てつかせるその視線に、リゼッタの心は、前世で抱いた悲劇の諦念と、今抱く生への激しい拒絶で満たされた。
彼女の命は、彼の手で一度、終わったのだ。王妃としての役割という鎖から、一度は解放されたのだ。
リゼッタは、彼の冷たい瞳に真っ向から視線を合わせ、震える声ではなく、断ち切るように告げた。
「……もう、結構です。カイン」
その声は、寝室の静寂を打ち破る、鋭い刃となった。
「私の人生は、新婚初夜で終わったのです。世継ぎを産む義務も、王妃の務めも、夫の愛も、私はすべて昨日、あなたに殺されることで放棄した。だから、二度目の生で、私はもう、その役割を決して繰り返しません」
カインは、微動だにしなかった。だが、彼の冷たい口元が、わずかに、まるで氷の膜が割れるように動き、例の「小悪魔スマイル」を刻む。それは、喜びでも、怒りでもない、異常な興奮の証だった。
「ほう。命を奪った者の傍で、自由を語るとは。リゼッタ王妃」
彼の声は静かだが、その響きには、リゼッタの魂を奥底から掌握しようとする、歪んだ独占欲が滲んでいた。
「あなたは、私の『失敗』だ。そして、私だけのものだ。……さあ、その『解放された生』とやらで、一体何をしてくれるか、この目で監視させてもらいましょう」
夜明けの光が、王妃の窓をわずかに切り開いた。それは、罪と執着に満ちた、二人の新しい世界の始まりだった。




