表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

第9話「避難所の動線:床に“分流”を描け」

 町内会から回ってきた回覧板に、赤い付箋が挟まっていた。

 〈今週末、体育館で避難所運用の訓練。動線監修お願い〉

 家の“剣”を外へ持ち出す時が来た。押入れの三動詞――流す・ためる・渡す――を、人の川に適用する。


【第九層:避難所の動線(混雑指数-35%)】

・現状:受付列と物資列の交差/トイレ前ボトルネック/家族単位の“うろうろ探索”

・問題:床に“道”が書いてない/机が“壁”になっている/情報が立っておらず、耳で溢れる

・目標:混雑指数 -35%/滞在の無駄移動 -40%/初来場から“落ち着く”までの時間 -50%

・初回達成報酬:**“体育館UIキット”**設計図、祖父メモの断片


 体育館の床は広い海。ラインはあるが、それはバスケやバレーのためのもので、人の避難路を案内しない。

 僕は養生テープとコーン、A型サインを山ほど持ち込み、床に**“二河川方式”**を描いた。


 河川A:人の川(受付→世帯カード発行→区画案内→休憩)

 河川B:物の川(物資受け渡し→追加備品→衛生→戻す)

 二つは交差させない。交差は霜と同じで、角に滞留を生む。


 受付を入口正面から左手前にオフセットし、そこから**“スロープS字”を足元矢印で誘導。直線よりS字のほうが減速が滑らかで、列の圧が刺さらない。

 世帯カードはA5の“見えるUI”**。

 表:世帯名/人数/アレルギー/要配慮ピクト

 裏:今日のタスク3つ(例:①水分補給 ②毛布受領 ③トイレ場所確認)

 **“迷いの短縮券”**を、紙で配る。


【初期観察】

・入場1分後の“キョロキョロ”率:高

・受付前の“声の重なり”:大

・机の角での“肩ぶつかり”:多


 机を横一文字に置くのをやめ、“鶴の嘴”配置にした。

 一台を前に尖らせ、左右に角度15°で広げる。前の尖りで人が自然と一列になり、左右の翼で受け持ちが分散。

 机の下に足元灯(電池)を高さ20cmで貼る。低い光は“机=壁”の錯覚を溶かす。

 案内は立てる。A型サインを**“胸の高さ”にし、文字は三段ロジック**。

 上:場所(名詞)/中:行為(動詞)/下:結果(名詞)

 例:トイレ → 並びます → 早く終わります。

 命令ではなく、因果の説明にする。


【中間ログA(30分)】

・受付処理:1人平均46秒 → 33秒(-28%)

・列の圧(主観UI):刺さる→鈍い

・“キョロキョロ”率:高→中


 家族の“探索”を減らすため、“見つけたい物のアイコン”を天井から吊る。

 毛布=□□□(折りの記号)、水=波線、充電=稲妻。

 遠くからでも絵で指差せる。

 子どもに**“宝探し役”を任命し、世帯カード裏に“アイコンチェック欄”**。

 斉藤が駆け回り、稲妻を見つけて誇らしげに親に報告。「任務完了!」

 役割がある子は、不安の速度が落ちる。


 トイレ前の渋滞は、並び方ではなく戻り方に問題があった。

 出待ちの合流が列に刺さる。

 出待ちスペースを**“ぬけ道楕円”で描き、列の背後を回って戻るよう床矢印を途中から“点”に変える。

 点は急かさず、方向だけを残す。

 消臭ジェルを列の半ばに置き、匂いの理由を張り紙で説明**。「臭い=清掃周期の合図。いま強化中」。

 説明は怒りの角を少し丸める。


【中間ログB(1h)】

・トイレ前ボトルネック:待ち8分 → 4分

・“割り込み誤解”発生:3件 → 0件

・戻りの逆流:多→小


 休憩区画は**“島”のほうが強い**。

 体育館の端から詰めるのではなく、中央に島状の区画を等間隔で配置。

 **四周に“細い廊下”が生まれ、自然な回遊が起こる。

島の四隅に“共有小机”**を置き、誰でも置ける“共用品置き場”。

 祖父のメモを思い出す。


〈“自分のもの”を置く前に、“みんなのもの”の居場所を作れ。 争いの根は、居場所の先に生える。〉


 情報の耳詰まりを抜くため、“低い放送”を入れる。

 70BPMの短いチャイムで時間区切りを作り、必要情報は紙+ピクトで要点。

 長い放送は**“A型サインに要約”して紙で残す**。

 耳は疲れる臓器だ。目と足にも情報を配る。


 松永さんが差し入れのおにぎりを持ってきてくれた。

「冷気の回路の次は、人の回路か。ねえ新くん、非常電源の**延長の“流し方”も考えて」

「“電の川”ですね。高い所に一本『幹線』、地上25cmに『枝線』。足は電線を避けるから、“見える高さ”**に干渉を置くと転倒が減ります」

「幹と枝、魚の骨みたいだ」

「魚の骨配線は覚えやすい」

 魚屋の目が、すぐ“現場の有効”を計算するのが好きだ。


 ペット同伴エリアは壁際から入口近くへ移動。

 理由は**“呼び戻し距離”。入口近くならすぐ帰れる安心がある。

 犬猫の匂いは排気の上流へ。空気の川にも上流下流がある。

 段ボールの“目隠し壁”を半透明ビニールへ。見える安心は吠えを半減**させる。


【中間ログC(1.5h)】

・“落ち着く”まで(初来場→深呼吸出るまで)時間:平均14分 → 6分(-57%)

・無駄移動(歩数):平均720 → 410(-43%)

・“困り顔→作業顔”移行:速


 最後に**“逃げ道”。

 体育館→駐車場→公園の二系統を蓄光テープで床低位に描く。

 夜間停電を想定して足裏の点も点在。

 玄関でやったことを拡大するだけだ。

 出口の外に“雨天ボトルネック”が出るので、テントを“入口より細・出口より太”の逆くびれ**で設置。

 **細い所で人数を“整える”**と、**太い所で“解放”**がきれいに起きる。


 斉藤がアイコンチェックを終えて戻ってきた。

波線みず、完了。稲妻(充電)、完了。□□□(毛布)、完了。犬猫、おとなしい」

「君の“役”が流れを作ったよ」

「役があると、こわくない」

「それ、大人にも効く言葉だ」


 訓練の最後、模擬“混雑ピーク”を流す。

 町内会が一度に20世帯を流し込む。

 S字受付は圧を逃がし、鶴嘴机が左右へ分散。

 島配置が歩く“間”を作り、点の矢印が足の迷いを削る。

 声のボリュームは最初大→最後中。

 疲れ顔に深呼吸が混じる。


【クリアログ】

・混雑指数:基準1.00 → 0.61(-39%)

・初来場→落ち着き時間:14分 → 6分(-57%)

・無駄移動:720歩 → 410歩(-43%)

・トイレ待ち:8分 → 4分

・犬猫の吠え:1時間10回 → 4回

・“割り込み誤解”件数:0


 片付けのとき、床のテープを剥がす前に、祖父のメモがポケットから出てきた。


〈列は剣にするな。楯にせよ。 列は人を守る形にもなる。先の人が“次の人を迎える角度”で立て。〉


 列が楯――その言葉が、今日のS字と鶴嘴を肯定してくれた。

 体育館の空気が、“恐れの角”を少し落とした顔をしている。

 帰り道、足元灯の低い星座がまだ路地で静かだ。

 家に帰ると、押入れは相変わらず海の窓を揺らし、玄関の二段踏みは儀式の温度を保っていた。

 剣は今日も切らない。守り、軽くし、うまくする。

 次は――“コミュニティ回路”。意思決定を早く、角を丸く。町の脳にUIを敷こう。


――今回の成果――

二河川方式(人・物)/S字受付/鶴嘴机(左右分散)

世帯カード(A5)+タスク3/天吊りアイコン(遠距離視認)

トイレ“ぬけ道楕円”/点の矢印(急かさず誘導)

島配置の休憩区画/共用品置き場/低い放送+紙要約

出口“逆くびれ”テント/二系統避難ルート(蓄光+足裏点)

ドロップ:“体育館UIキット”設計図、祖父メモ〈列は楯〉

次のクエスト候補:①コミュニティ回路(意思決定速度+30%) ②学校の朝ボトルネック(遅刻-60%)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ