第9話「避難所の動線:床に“分流”を描け」
町内会から回ってきた回覧板に、赤い付箋が挟まっていた。
〈今週末、体育館で避難所運用の訓練。動線監修お願い〉
家の“剣”を外へ持ち出す時が来た。押入れの三動詞――流す・ためる・渡す――を、人の川に適用する。
【第九層:避難所の動線(混雑指数-35%)】
・現状:受付列と物資列の交差/トイレ前ボトルネック/家族単位の“うろうろ探索”
・問題:床に“道”が書いてない/机が“壁”になっている/情報が立っておらず、耳で溢れる
・目標:混雑指数 -35%/滞在の無駄移動 -40%/初来場から“落ち着く”までの時間 -50%
・初回達成報酬:**“体育館UIキット”**設計図、祖父メモの断片
体育館の床は広い海。ラインはあるが、それはバスケやバレーのためのもので、人の避難路を案内しない。
僕は養生テープとコーン、A型サインを山ほど持ち込み、床に**“二河川方式”**を描いた。
河川A:人の川(受付→世帯カード発行→区画案内→休憩)
河川B:物の川(物資受け渡し→追加備品→衛生→戻す)
二つは交差させない。交差は霜と同じで、角に滞留を生む。
受付を入口正面から左手前にオフセットし、そこから**“スロープS字”を足元矢印で誘導。直線よりS字のほうが減速が滑らかで、列の圧が刺さらない。
世帯カードはA5の“見えるUI”**。
表:世帯名/人数/アレルギー/要配慮
裏:今日のタスク3つ(例:①水分補給 ②毛布受領 ③トイレ場所確認)
**“迷いの短縮券”**を、紙で配る。
【初期観察】
・入場1分後の“キョロキョロ”率:高
・受付前の“声の重なり”:大
・机の角での“肩ぶつかり”:多
机を横一文字に置くのをやめ、“鶴の嘴”配置にした。
一台を前に尖らせ、左右に角度15°で広げる。前の尖りで人が自然と一列になり、左右の翼で受け持ちが分散。
机の下に足元灯(電池)を高さ20cmで貼る。低い光は“机=壁”の錯覚を溶かす。
案内は立てる。A型サインを**“胸の高さ”にし、文字は三段ロジック**。
上:場所(名詞)/中:行為(動詞)/下:結果(名詞)
例:トイレ → 並びます → 早く終わります。
命令ではなく、因果の説明にする。
【中間ログA(30分)】
・受付処理:1人平均46秒 → 33秒(-28%)
・列の圧(主観UI):刺さる→鈍い
・“キョロキョロ”率:高→中
家族の“探索”を減らすため、“見つけたい物のアイコン”を天井から吊る。
毛布=□□□(折りの記号)、水=波線、充電=稲妻。
遠くからでも絵で指差せる。
子どもに**“宝探し役”を任命し、世帯カード裏に“アイコンチェック欄”**。
斉藤が駆け回り、稲妻を見つけて誇らしげに親に報告。「任務完了!」
役割がある子は、不安の速度が落ちる。
トイレ前の渋滞は、並び方ではなく戻り方に問題があった。
出待ちの合流が列に刺さる。
出待ちスペースを**“ぬけ道楕円”で描き、列の背後を回って戻るよう床矢印を途中から“点”に変える。
点は急かさず、方向だけを残す。
消臭ジェルを列の半ばに置き、匂いの理由を張り紙で説明**。「臭い=清掃周期の合図。いま強化中」。
説明は怒りの角を少し丸める。
【中間ログB(1h)】
・トイレ前ボトルネック:待ち8分 → 4分
・“割り込み誤解”発生:3件 → 0件
・戻りの逆流:多→小
休憩区画は**“島”のほうが強い**。
体育館の端から詰めるのではなく、中央に島状の区画を等間隔で配置。
**四周に“細い廊下”が生まれ、自然な回遊が起こる。
島の四隅に“共有小机”**を置き、誰でも置ける“共用品置き場”。
祖父のメモを思い出す。
〈“自分のもの”を置く前に、“みんなのもの”の居場所を作れ。 争いの根は、居場所の先に生える。〉
情報の耳詰まりを抜くため、“低い放送”を入れる。
70BPMの短いチャイムで時間区切りを作り、必要情報は紙+ピクトで要点。
長い放送は**“A型サインに要約”して紙で残す**。
耳は疲れる臓器だ。目と足にも情報を配る。
松永さんが差し入れのおにぎりを持ってきてくれた。
「冷気の回路の次は、人の回路か。ねえ新くん、非常電源の**延長の“流し方”も考えて」
「“電の川”ですね。高い所に一本『幹線』、地上25cmに『枝線』。足は電線を避けるから、“見える高さ”**に干渉を置くと転倒が減ります」
「幹と枝、魚の骨みたいだ」
「魚の骨配線は覚えやすい」
魚屋の目が、すぐ“現場の有効”を計算するのが好きだ。
ペット同伴エリアは壁際から入口近くへ移動。
理由は**“呼び戻し距離”。入口近くならすぐ帰れる安心がある。
犬猫の匂いは排気の上流へ。空気の川にも上流下流がある。
段ボールの“目隠し壁”を半透明ビニールへ。見える安心は吠えを半減**させる。
【中間ログC(1.5h)】
・“落ち着く”まで(初来場→深呼吸出るまで)時間:平均14分 → 6分(-57%)
・無駄移動(歩数):平均720 → 410(-43%)
・“困り顔→作業顔”移行:速
最後に**“逃げ道”。
体育館→駐車場→公園の二系統を蓄光テープで床低位に描く。
夜間停電を想定して足裏の点も点在。
玄関でやったことを拡大するだけだ。
出口の外に“雨天ボトルネック”が出るので、テントを“入口より細・出口より太”の逆くびれ**で設置。
**細い所で人数を“整える”**と、**太い所で“解放”**がきれいに起きる。
斉藤がアイコンチェックを終えて戻ってきた。
「波線、完了。稲妻(充電)、完了。□□□(毛布)、完了。犬猫、おとなしい」
「君の“役”が流れを作ったよ」
「役があると、こわくない」
「それ、大人にも効く言葉だ」
訓練の最後、模擬“混雑ピーク”を流す。
町内会が一度に20世帯を流し込む。
S字受付は圧を逃がし、鶴嘴机が左右へ分散。
島配置が歩く“間”を作り、点の矢印が足の迷いを削る。
声のボリュームは最初大→最後中。
疲れ顔に深呼吸が混じる。
【クリアログ】
・混雑指数:基準1.00 → 0.61(-39%)
・初来場→落ち着き時間:14分 → 6分(-57%)
・無駄移動:720歩 → 410歩(-43%)
・トイレ待ち:8分 → 4分
・犬猫の吠え:1時間10回 → 4回
・“割り込み誤解”件数:0
片付けのとき、床のテープを剥がす前に、祖父のメモがポケットから出てきた。
〈列は剣にするな。楯にせよ。 列は人を守る形にもなる。先の人が“次の人を迎える角度”で立て。〉
列が楯――その言葉が、今日のS字と鶴嘴を肯定してくれた。
体育館の空気が、“恐れの角”を少し落とした顔をしている。
帰り道、足元灯の低い星座がまだ路地で静かだ。
家に帰ると、押入れは相変わらず海の窓を揺らし、玄関の二段踏みは儀式の温度を保っていた。
剣は今日も切らない。守り、軽くし、うまくする。
次は――“コミュニティ回路”。意思決定を早く、角を丸く。町の脳にUIを敷こう。
――今回の成果――
二河川方式(人・物)/S字受付/鶴嘴机(左右分散)
世帯カード(A5)+タスク3/天吊りアイコン(遠距離視認)
トイレ“ぬけ道楕円”/点の矢印(急かさず誘導)
島配置の休憩区画/共用品置き場/低い放送+紙要約
出口“逆くびれ”テント/二系統避難ルート(蓄光+足裏点)
ドロップ:“体育館UIキット”設計図、祖父メモ〈列は楯〉
次のクエスト候補:①コミュニティ回路(意思決定速度+30%) ②学校の朝ボトルネック(遅刻-60%)