第8話「洗濯の滝:風の吊り橋を架けろ」
朝、ベランダの竿が冷たくて、指が「今日は乾かない」と勝手に愚痴る。
濡れたTシャツは小さな湖、タオルは重い雲。
ここを風の峡谷に変えて、洗濯の滝を流す。乾きは魔法じゃない、流体だ。
【第八層:洗濯の滝(乾燥効率+25%)】
・現状:部屋干し時 乾燥6.5h/外干し時 4.8h(冬期)
・問題:風の通り道が細い/ピンチ密度過多/厚物の“蒸れコア”/干す順が天候と逆行
・目標:乾燥時間 -25%/生乾き臭 -80%/干し〜取り込み動作 -20%
・初回達成報酬:可変ハンガー“吊り橋”設計図、祖父メモの断片
まずは可視化。湿度計を三つ、(1)ベランダ外縁/(2)竿中央/(3)部屋側に吊るす。温度も取る。
軽く霧吹きして、“蒸散の道”を探る。
UIが“風の矢印”を描いた。外縁→中央→部屋側の矢が途中で洗濯物の壁に刺さって折れている。壁が厚い。空気は臆病だ、少しの隙間で逃げ出す。
風の吊り橋を架ける。
竿の手前側にサブ竿を5cm低く並走させ、両端を細ワイヤで吊る。
ハンガーはジグザグに掛け、“V字の峡谷”を作る。風はVの底を好む。
さらに**“切れ目”を入れる——ハンガー3→空白1の4拍子配置**。空白は風の休憩所。
厚物は**“裏返し+筒抜き”。袖は洗濯ばさみ2個で“口”を開ける**。
タオルは**“波干し”——ピンチの間隔を均等ではなく、波長可変に。端から8cm/12cm/8cm**……**“結露の節”**を避ける。
【中間ログA】
・外縁—中央—部屋側 湿度勾配:+12% → +5%
・竿まわり平均風速:0.6m/s → 1.1m/s(扇風機なし)
・乾燥シミュ(Tシャツ1枚):指触乾 2.4h → 1.6h
ベランダ“通風ゲート”も建てる。
室内側の掃き出し窓の網戸の目詰まりをブラッシング→網目の向きを風上45°に。
窓の左右を10cmだけ非対称に開ける(右3cm/左6cm)。圧力差でゆるい通気を作る。
足元にはバッフル(段ボール+アルミテープ)で**“風の取水口”。空気は足元から入ると素直だ。
サーキュレーターは“斜め上45°で向こう側の壁を撫でる”**。直接当てないほうが均一になる。
【中間ログB】
・室内→ベランダの流量感(紙リボン法):ゆらぎ→一定
・サーキュレーター直下の過乾燥斑:発生→消失
・騒音:+0.0dB(家内)
**“干し順プロファイル”**を天気と同期させる。
快晴・北風→軽→重。曇・無風→重→軽(重いのを先に風に預ける)。
太陽の道(冬は低い)を考慮して、背の高い物は奥、低い物は手前。
取り込み動作も未来から設計する。洗濯ネットごと→引き出し順に吊るす。
“しまう未来が今の配置を決める”。祖父の押入れで学んだやり方だ。
斉藤がやって来る。手には体育のジャージ(湿度98%)。
「学校で干したら凍った」
「氷魔法解除するね」
“ねじり脱水”を教える。ねじる方向は一定、肘の距離を短く。ねじりの最後の3回は弱く(繊維を潰さない)。
ハンガー肩に割り箸をテープで貼る。角を消す。
袖は“口”。斉藤が笑う。「服に口がある」
「口があると喋る、乾きが」
「喋る乾き、詩っぽい」
【ジャージ時短試験】
・部屋干し 5.9h → 3.8h(吊り橋+口+扇風微弱)
・生乾き臭 強→微(母判定)
室内干し版“吊り橋”も作る。
浴室の突っ張り+洗面所の框で“吊り橋B”。扉は2cm開け、換気扇連続弱。
足元に**“塩”——再生型シリカゲルを開口の小箱に入れて“湿気の仮宿”を作る。
湿気は泊まれる所があると素直に寄る。一晩で青→ピンク、翌朝レンチンで復活。
除湿機は朝だけ1.5h**に限定(夜は衣類の水分がすでに抜け、電力効率が悪い)。
【中間ログC】
・部屋干し全体:6.5h → 4.4h(-32%)
・電力:除湿運転 3.0kWh/日 → 1.4kWh/日
・生乾き臭 発生率:週3 → 週0(観察3日)
ピンチハンガーの“揺らしUI”を追加する。
0.3mmのナイロン糸でピンチの一部だけ吊り直し、微小な自由度を与える。
屋外の乱流で勝手に微振動→境界層リセット。
ずっと同じ空気に撫でられると乾きは鈍る。微振動は小さな換気だ。
松永さんがベランダを見に来て「漁師のロープ作業みたいだ」と笑う。
「風を獲る網ですね」
「うちのサバもここで干したら旨くなるかね」
「たぶん旨くなるけど、猫の売上が+100%」
「それはそれで町のGDPだ」
仕上げは**“取り込みアニメーション”。
物干し→カゴ→引き出しの手数**を数える。
靴下は二足で一動作、ハンカチは束ねて一掴み。
ハンガーは“帯”に挿してまとめ運搬。
洗濯バサミの“解放抵抗”を左右交互に配置し、親指疲労を均等化。
人間工学は家事のラスボスだ。
【動作ログ】
・取り込み〜収納 手数:平均62手 → 48手(-22%)
・ベランダ滞在時間:11分 → 8分(-27%)
・指の痛み自己申告:小
夕方、空気が乾いて、Tシャツが**“紙の音”から“布の音”**に戻る。
風の吊り橋はうっすら揺れて、目に見えない川を渡している。
祖父のメモ、竿の端からひらり。
〈濡れたものは、風に喋らせろ。 熱は急がせ、風は待たせ、光は譲り合いさせる。〉
夜、取り込んだタオルが**“山脈”にならず、“丘陵”**で収まった。
洗濯カゴの影が薄い。影が薄いと、ため息も薄い。
UIが静かに祝う。
【クリアログ】
・外干し(冬晴) 4.8h → 3.3h(-31%)
・部屋干し 6.5h → 4.4h(-32%)
・生乾き臭:ほぼ消滅(主観+母判定)
・電力 3.0 → 1.4kWh/日
・取り込み動作 -22%/ベランダ滞在 -27%
・猫の干物窃盗:0(監視強化)
――今回の成果――
“吊り橋”干し:並走サブ竿(-5cm)+V字峡谷+4拍子空白
厚物:裏返し+袖口開き/ピンチ波干し
通風ゲート:非対称開口・足元取水・サーキュ斜撫で
室内版:浴室吊り橋B+シリカゲル仮宿+朝だけ除湿
動作UI:帯運搬・交互ピンチ・束ね取り
ドロップ:可変ハンガー“吊り橋”設計図、祖父メモ〈風に喋らせろ〉
次のクエスト候補:①避難所の動線(混雑指数-35%) ②コミュニティ回路(意思決定速度+30%) ③学校の朝ボトルネック(遅刻-60%)
次回、「避難所の動線」。人と物の**“流す・ためる・渡す”を、体育館の床に描く。混雑というボスをUIで分解**しよう。