第7話「路地の夜:暗さの“角”を削れ」
商店街の裏手に一本、夜になると音のほうが濃くなる路地がある。
足音は小石に当たって跳ね、遠くの踏切がゆっくり息をする。暗さは色ではなく“方向の欠如”であることを、ここはよく教えてくれる。
今日はこの方向欠如UIを、足元の星図で上書きする。
【第七層:路地の夜(足元灯で安心度+18%)】
・現状:夜間の転倒ヒヤリ 週4件/通行“ためらい戻り” 体感多
・問題:照明の高さが高すぎる(顔は照らすが足は迷う)/影の角が鋭い/水たまりの縁が読めない
・目標:安心度 +18%/平均歩幅 +6%/“ためらい戻り” -70%
・初回達成報酬:低位照明“水路星”設計図、祖父メモの断片
松永さんと並んで、夕暮れの路地にしゃがむ。
「たしかに足が行き先を知らない顔してる」
「顔の照明は営業、足の照明は安全ですからね」
「営業ばかりやってたなあ」
まずは光の高さを変える。
既存の街灯は3.5m。これは**“歩く人の影を長く歪ませる”高さだ。影の角が鋭くなる。
僕らは膝下25cmを基準に、低位の足元灯を連ねる。祖父の倉庫から発掘したソーラー蓄電モジュールと拡散レンズ**、雨樋用のステンレスバンドを使って、地表から25cm・50cmの二段光。
二段の理由は、小さな段差と水たまりの輪郭を別個に見せるため。
【中間ログA】
・影の“角”評価:鋭い→丸い(主観)
・水たまり輪郭検出:目視困難→容易
・平均歩幅(実測10人):57cm → 61cm(+7%)
影の角が丸くなると、人の肩の力が少しだけ抜ける。
次に**“音の灯り”を仕込む。
足元灯のうち3基に微小スピーカーを忍ばせ、70BPMのごくわずかなクリックを“連続ではなく点”で置く。
連続音は疲れるが、点のテンポは“こっちで正解”をささやく。
クリックの方向は前へ2基、曲がり角に1基**。
音の半径は2m。猫しか気づかないくらいの音量に抑える。
路地の猫が耳をぴくりと動かし、すぐ飽きた顔をする。人間にもそのくらいでいい。
【中間ログB】
・“ためらい戻り”観察(1時間):4件 → 1件
・曲がり角での減速率:-18%
・猫の気分:平常(重要)
水たまり対策は光の回折でやる。
“水路星”――側溝の栓として透明樹脂の六角板をはめこみ、内部にドットパターンを刻む。
足元灯があたると、星図みたいな反射が路地に浮かぶ。
水が乗ると星が滲み、乾くとくっきり戻る。
住民はすぐ覚える。「星が滲んでる所は濡れてる」。
言語を介さない視覚の慣用句ができる。
【中間ログC】
・水たまり踏み込み率:13% → 3%
・滑りヒヤリ(雨上がり30分観察):3件 → 0件
・“ここ、好き”発言(耳コピ):2回→7回(謎のKPI)
配光のチューニングに入る。
光は**“線”より“点の連なり”が歩行に効く。
1.8m間隔で楕円の光斑を置き、楕円の長辺を進行方向へ。
歩くたび、足が“次の楕円の中心”**を拾う。
**“光の足型”**を一瞬ずつ踏む感じだ。
松永さんが「これ、盆踊りの足印に近いね」と笑う。
「踊りは最古のUIですから」
「最古のUIか、いい言葉だ」
壁面の反射も借りる。
暗いブロック塀に反射タイルを**“点”ではなく**“小さな矢印群”**で貼る。
←←みたいな強制ではなく、◜ ◝みたいな“流れ記号”。
指図しないが、誘う。
祖父のメモが、ポケットにあった。
〈**“こっちだ”は命令、“こちらへ”は誘い。夜は誘いのほうが足が速い。〉
誘いを増やすため、家の余り端材で**“腰掛け角”を作る。
路地の二ヶ所の死角に小さなベンチ**。座ると足元灯が1段明るくなる。人の滞留が**“明かりの保安”になる。
「座る人がいる路地は、座らせない路地より強い」。
斉藤がやってきて、すぐに座る。「クエストの途中でセーブできる感じ」
「それ好きな言い方だな」
「好き」
斉藤は足をぶらぶらさせ、ベンチ下の小さな反射板を見つける。
「これ、自転車のライトで光る?」
「光る。夜の自転車は足元灯を“拾って”走る**と安全」
「拾う、すき」
検証時間。
通行人を数え、歩幅と歩行速度を記録する(目視+スマホ)。
“安心して歩く速度”は速すぎず、遅すぎず、周囲と同期する。
音の点、光の楕円、壁の流れ記号が、70BPMに収束していく。
遠くの踏切のテンポとも、不思議に同調する瞬間がある。
町の拍が集まって、夜の路地が一曲になる。
【実測ログ】
・安心度(聞き取り5段階):2.9 → 3.6(+24%)
・平均歩幅:57cm → 61cm(+7%)
・平均歩行速度:4.3km/h → 4.5km/h(+4.6%/過剰上昇なし)
・ためらい戻り:-75%(路地入口での回れ右)
最後に**“雨の日プロファイル”を作る。
足元灯を色温度4000K→3000Kへ落として反射のギラつきを下げ、楕円光斑を一段濃く。
星の滲みが映える。
水路星のドレンを+3mm前傾に調整して水の退避を速める。
傘音がポツポツから、やがて細かい雨に変わる。
路地は濡れているのに“冷たくない”**顔をする。
「これで、帰りたくなる夜になった」
松永さんが言う。
「帰りたくなる道がある町は、出かけたくなる町です」
「言葉に税金をかけたいくらい良いね」
「安心税、0%にしておきます」
斉藤がベンチの下から小さな紙切れを見つける。
祖父の字。
〈“暗い”は目の仕事、“怖い”は足の仕事。 足に道を見せてやれ。目はついてくる。〉
夜更け、足元灯が低い星座になって、路地の端から端へ静かな川を描く。
猫がその上を、星を踏んで渡るみたいに歩いた。
剣は今日も切らない。
角を丸くして、道をやわらかくする剣。
【クリアログ】
・安心度 +24%(目標+18%達成)
・平均歩幅 +7%/歩行速度 +4.6%(良好)
・“ためらい戻り” -75%
・雨天すべりヒヤリ 0件(観察)
・猫の満足度:高(尻尾指数)
――今回の成果――
低位足元灯(25cm/50cm)設置:楕円光斑1.8mピッチ
“水路星”導入:濡れの可視化→回避率 13%→3%
音の点(70BPM)実装:曲がり角誘導
反射タイルの“流れ記号”:強制なしの誘い
ベンチ“腰掛け角”:滞留=保安
ドロップ:低位照明“水路星”設計図、祖父メモ〈こちらへ、で足は速くなる〉
次のクエスト候補:①洗濯の滝(乾燥効率+25%) ②避難所の動線(混雑指数-35%) ③コミュニティ回路(町内会UI:意思決定速度+30%)
次回、「洗濯の滝」。ベランダの風の吊り橋を架け、乾きの遅延魔法を解除する。洗濯物、時間短縮のドロップ取りに行こう。