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第5話「耐震パズル:家の中に“逃げ道”を光で描け」

 夕立の名残りが屋根にまだ点々と残る朝、スマホが小さく震えた。

 緊急地震速報(訓練)。

 脈がすっと細くなる感覚。体が、昔の本震の記憶を勝手に再生する。玄関の泥は迎撃できる。でも、地震は? 家は剣になれるか? 今日は“耐震パズル”だ。


【第五層:耐震パズル(安全ルート可視化)】

・現状:家具固定 40%/避難動線 交差多/夜間停電時の可視性 低

・問題:本棚・冷蔵庫・タンスの“転倒トリオ”/寝室からの最短ルートに障害

・目標:転倒危険度 -60%/避難ルート2系統確保/停電時“導光”確率 100%

・初回達成報酬:“灯の回路”設計図、祖父メモの断片


 まずは可視化。家の平面図を頭の中から引っ張り出し、マスキングテープで床に1/50スケールごっこを作る。廊下は線路、部屋は駅。

 UIが**“障害物ヒートマップ”をふわっと重ねる。赤は凶、青は吉。

 赤いのは、居間の背の高い本棚**、台所の冷蔵庫背面の隙間、寝室の倒れそうなスチールラック。昨日まで便利だった子たちが、一夜でボス候補に見える。不憫だが、転職の時間だ。


 祖父の工具箱から、L字金具・耐震ジェルマット・ベルト式固定具・突っ張り棒を取り出す。

 1st:本棚。

 上部を梁にL字金具で固定。壁下地を探してビス止め。表に見せたくないので、背板側から“逆L”。

 2nd:冷蔵庫。

 前傾気味をやめ、微前傾→微後傾“0.5°”に矯正。底にジェルマット、壁と上部をベルトで結ぶ。取り回しは悪くない。

 3rd:スチールラック。

 重いものは**“下段重・上段軽”の原則へ配置替え。天井に突っ張り**、足キャスターはロック固定。

 ネジの手触り、金属の冷たさ、木のきしみ——音が少しずつ安心のほうへ寄っていく。


【中間ログ】

・転倒危険スコア:72 → 29(-59.7%)

・“落ちる危険物”個数:19 → 6(うち4は緩衝材設置)

・冷蔵庫移動後の動線交差:3 → 1


 動線に移る。

 地震中の移動は最小限。けれど**“揺れが収まった直後に出るルート”は、前もって決めておくしかない。

 寝室→玄関を最短と、寝室→勝手口の第二系統。

 床に“非常口の矢印”みたいな細い蓄光テープ**を貼る。低い位置に貼るのは、煙や埃が舞っても目に入る高さのため。祖父のメモが出てくる。


〈“足は視覚の下請け”だ。足に情報を渡せ。〉


 足へ情報。

 畳のヘリ、廊下の角、段差の**“踏む位置”に点状の蓄光を仕込む。目を閉じて歩いても、足裏の“点”が道案内してくれる仕掛け。

 停電対策として、非常用の自動点灯ランタン(人感・明暗センサー)を床から25cmの高さへ。低い光は転倒物の影になりにくい。

 さらに、ドアの開き角度を測る。倒れ物で塞がれた時の最悪角度でも、身体が“横逃げ”**できるよう、**ドア後ろの物量を-60%**へ削減。スリッパ、傘、箱——どけて別の駅に転勤。


【可視化更新】

・避難ルート:玄関/勝手口 2系統確保

・停電時導光:蓄光×8箇所+低位置ランタン×3=点灯確率 100%

・ドア後方クリアランス:最悪角 35° → 58°


 夜間を想定し、アイマスクをしてルートを歩いてみる。

 足裏が、“点”に触れる。

 ひとつ、ふたつ。小さな惑星を踏んで渡るみたいだ。

 耳の地図も更新する。廊下の足元灯を70BPMで淡く点滅——“こっちに行けばリズムが合う”という音楽の誘導。

 台所の食器棚の扉にはマグネット止め。震動で自然に開かない。

 ガスコンロの元栓は**“自動遮断”に交換……は今はできないので、目立つ赤いタグを下げ手順を3手**にまとめる。

 **“迷いの短縮券”**を、ここでも発行。


 午後、斉藤が来る。

「今日のクエストは?」

「耐震パズル。逃げ道を光で描いたよ」

「光る道!」

「夜に停電しても、足が覚えてる道。やってみる?」

 アイマスクを渡す。斉藤は楽しそうに装着。

「よーい、スタート」

 彼は壁づたいに歩く……と思ったら、足裏の点に気づいたようで、とん、とんと軽い足取りでいく。

「足が、道を知ってる! RPGで言うと、シークレットパス」

「そう。**“見えないけどある道”を、見えなくてもある道にした」

「ことばの魔法……。あ、これ」

 廊下の角で立ち止まり、ランタンの低い光に触れる。

「顔に当たらない場所に光があるの、いい」

「非常時は低い光が勇者」

 斉藤は、ふと真剣な顔になる。「うち、夜にタンスがちょっと揺れる音がして、母ちゃんが怖がるんだ」

「“転倒トリオ”**対策、一緒にやるか。下段重・上段軽、L字、ジェル」

「じぇる!」

「ぬるぬるじゃなくて、頼れるぺたぺた」

 笑い合う。笑えるのは、不安に手をつけたからだ。


 夕方、“二系統ルート”の第二を微調整。勝手口へ抜ける道に、折りたたみヘルメットとライト付ホイッスルを**“腰の高さ”**で固定。

 上すぎると手が届かない。低すぎると物が覆いかぶさる。腰は“手が自然に吸い寄せられる高さ”。

 祖父のメモが、引き出しの奥から現れる。


〈“怖い”は情報不足、“危険”は対策不足。 どちらも、“手が届くところ”から直せ。〉


 夜。

 停電テストをする。ブレーカーをいったん落とし、真っ暗を作る。

 ……静かな闇。

 0.8秒ののち、低い灯りが足元に点る。蓄光の点が星図になって、廊下を浮かび上がらせる。

 体は迷わない。指が勝手にヘルメットの紐を探し、ホイッスルに触れる。

 音は鳴らさない。緊張のための練習は、静かでもよい。

 ブレーカーを戻す。

 胸の鼓動が、70BPMに落ち着いていく。


【クリアログ】

・転倒危険スコア:72 → 27(-62.5%)

・避難ルート:2系統/停電時導光 100%

・“到達時間(寝室→玄関)”:夜間12.6秒 → 8.9秒(訓練)

・“手が届く高さにある重要品”:0 → 5(ヘルメット/ライト/ホイッスル/手袋/小型救急)


 達成の余韻に、冷蔵庫の小窓がコッと鳴る。

 松永さん(魚屋)からメッセージ。「明朝、霜の迷宮、たのむ。冷気が逃げる穴、見つけて」

 第二章の呼び声だ。

「行きます。冷気も、ルートがあるはず」

 返信を打って、玄関の**“二段踏み”マットに目をやる。泥はきちんと墓場へ落ち、南天の鉢が小さく光を吸っている。

 家が少しずつ“剣”になっていく。

 切るためじゃない。守るために、軽くするために。

 布団に潜り、足裏の星を思い出しながら、目を閉じた。

 UIが天井に、薄い線で“冷気の流路”を描く。

 魚屋の冷蔵迷宮。ドロップは……“霜ゼロの朝”**。


――今回の成果――

転倒危険スコア 72 → 27(-62.5%)

避難ルート 二系統確保(玄関/勝手口)

停電時導光 確率 100%(蓄光×8・低位置ランタン×3)

夜間“寝室→玄関” 12.6秒 → 8.9秒(訓練)

ドア後方クリアランス 最悪35° → 58°

重要品の“手が届く高さ”配置 0 → 5点

ドロップ:“灯の回路”設計図、祖父メモ〈怖いは情報不足、危険は対策不足〉

次のクエスト候補:①魚屋の“冷気の迷宮”(霜対策で売上+20%) ②洗濯の滝(乾燥効率+25%) ③路地の夜(足元灯で安心度+18%)



 次回、「魚屋の冷蔵迷宮」。冷気は逃げると損、回せば味方。霜ゼロの朝を、設計図でドロップさせに行こう。

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