第4話「玄関の迎撃:泥スライムを門前で仕留めろ」
朝いちばん、玄関のドアを開けて一歩出る。
戻って一歩入る。
わずか一歩で、床の表情が変わる。“外の土色”が“内の木目”に侵入する、この境界線の敗北。今日はここを戦場にする。
【第四層:玄関迎撃ライン最適化】
・現状:雨天時の掃除時間 1回あたり23分/平時7分
・問題:泥の一次遮断なし/水滴の行き先未定/靴底泥→廊下拡散
・目標:掃除時間 -30%/再汚染率 -50%/靴の出入時間 -25%
・初回達成報酬:二段マット“はさみ込み”設計図、祖父メモの断片
玄関土間を見下ろす。昨日の雨で、泥スライムが乾いて化石化している。あの、靴底のギザギザに固着する憎いやつだ。
UIが、敵の生態を提示した。
【泥スライム】
・弱点:刷毛状ブラシ/水流の方向決め/“二段踏み”
・耐性:中途半端な拭き上げ/外一枚だけのマット
・ドロップ:微細砂(掃除機で討伐が楽)
“二段踏み”、つまり外と内で二回に分けて泥を落とせ、ということだ。
僕は祖父の工具棚から“屋外用ブラシ・金属枠・ラバーマット・受け皿(昔のトレイ)”を召喚した。
まず、外側。
ドア前のコンクリに金属グレーチング(網)を据える。ここで靴底の“大きい泥”を落とす。
グレーチングの下には、プランター受け皿を流用した“泥の墓場”を置く。着脱式。雨が降ったら、そこに泥水が落ちて勝手に分離する構造。
横に立ちブラシを設置。柄付きの“靴底専用”。片足で踏むとブラシが横から噛む二重構造。祖父のラケットの柄がここで役に立った。
外の第一段マットは、硬めのブラシ系。流れを作るため、目の向きはドアに対して直角。進行方向に泥が押し出される。
次に、内側。
第二段マットは吸水系。ここで水分を一気吸い上げる。マットの下にごく薄の傾斜板(アルミテープ+段ボール)を敷き、ドア側→室内側へ0.8°の微傾斜。踏圧で出た水が室内へ行かず、土間の溝に戻る。
靴置きの角度は9°に上げる(端材でヒール側を持ち上げる)。靴底同士が触れず、乾きが早くなる。
傘の滴り場はバケツをやめて**“細長い受け槽”**に変更。祖父の防水トレーを再利用して、傘先が立てたまま差し込める“差し水路”。水は端のスポンジで吸われ、自然蒸発へ。
【中間ログ】
・泥一次遮断率(目視) 60% → 82%
・靴底乾燥時間 18分 → 11分(室温/湿度条件同)
・水滴床流入 15ml → 3ml(擬似雨テスト)
テストは大事だ。
擬似雨は、庭のホースで靴をびしゃびしゃにして再現。履いて突入、外マット10歩→グレーチング2踏み→内マット5歩の**“歩数ルーティン”を固定。
UIが、“ルーティン登録”**という新しいボタンを出す。押すと、天気が雨の朝にだけポップアップするらしい。やさしい。
ふと見ると、土間の空気が動いてない。
冷気は床に溜まり、湿っぽい匂いが逃げない。“空気の泥”。
玄関の小窓の網戸が目詰まりしていた。外すと、灰色の埃が花のように広がる。
洗って戻し、窓の対角線上に静音ファン(祖父DIYの遺作)を置いて斜め通風を作る。
空気が細く走るだけで、匂いの密度が下がる。鼻が“涼しい”と言うのを初めて意識した。
【通風改善】
・玄関CO₂濃度 980ppm → 700ppm(センサー借り測)
・匂いアンケ:重い→軽い(主観)
・冷気刃:足首刺さる→“鈍化”
そこでピンポン。
斉藤が、長靴で登場。「雨、また降ってきた。“二段踏み”、試していい?」
「いらっしゃい。外10歩→グレーチング2踏み→内5歩。口で言うとカッコよくないけど、足はカッコよくなる」
斉藤が実行。内マットでの“足ふみ”をテンポ70BPMで合わせる。
「音楽みたい」
「動作にもテンポがあるとね、脳が楽をする」
「脳を楽させるの、すき」
斉藤はニッと笑って、傘を“差し水路”に挿す。「これ、気持ちいい」
「差す快感は正義」
彼はランドセルの裾から、ぴょこんと出た泥を指でつまむ。「ここにも“泥スライム”いた」
「背負い物の泥、盲点だね。マットを壁にも貼ろう。縦マット」
祖父の古いドアマットを切り分け、壁の腰高に取り付ける。ランドセルやカバンがこすれる位置。泥は、横だけじゃなく縦にも拭う。
【追加ログ】
・再汚染率 52% → 24%(登校後の土間観察)
・“戻り泥”(廊下への侵入) 3足跡 → 1足跡
午後、松永さん(魚屋)から電話。「開店前の霜、明日見においで。あ、玄関、なんか“滑らん”になったね」
「**“滑らん”は最高の褒め言葉です」
「うちも“滑らん床”**にしたい」
「明日、冷気の流路、見ましょう」
商店街クエストが、遠くでじわじわ光っている。
夕方、祖父の靴箱を整理。サイズの合わない革靴が、三足。隅に、メモ。
〈“外の泥”は悪さをしてくるが、“外の土”は仲間だ。土を完全に忘れると、家はすぐ息切れする。〉
“泥”は敵、“土”は仲間。
僕は玄関の片隅に小さな鉢を置いた。祖父が好きだった南天。泥の墓場で出た微細砂を、天日に干して鉢土に少し混ぜる。
**“外と内のやさしい交換”**を、ほんの少しだけ作る。
UIが、ゆっくりと灯る。
【玄関の気配:硬い→やわらかい(主観UI)】
【来客の第一声:寒い→あったかい(予測)】
夜。雨脚が強くなる。
僕は**“ルーティン登録”をONにして、ドアの前に立つ。外10歩→グレーチング2踏み→内5歩。
この17歩は、僕の生活を守る儀式**になる。
儀式は、面倒の正体に名前をつけ、楽にする手を配っていく。
今日も、家は剣になった。刃は足元に向けず、外から来るものだけに向く。
――今回の成果――
掃除時間 雨23分/平時7分 → 雨15分/平時5分(-35%/-28%)
再汚染率 52% → 24%
靴の出入時間 -27%(家族実測)
水滴床流入 15ml → 3ml
CO₂ 980ppm → 700ppm(通風改善)
ドロップ:二段マット“はさみ込み”設計図、差し水路(傘ドリップトレー)仕様、祖父メモ〈泥と土を見分けろ〉
次のクエスト候補:①耐震パズル(安全ルート可視化) ②魚屋の“冷気の迷宮”(霜対策で売上+20%) ③路地の夜(足元灯で安心度+18%)
次回、「耐震パズル」。地震の“正しい逃げ道”を、家の中に光で描く。安全のUI、点けます。