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7. 好きなにおい
「“におい”って、どっちの漢字で書くんだっけ?」
冒頭と同じ疑問が、もう一度、頭に浮かぶ。
けれど今度は、答えに迷わなかった。
“母の作ったカレーの匂い”。
あの頃の私は、あの家も、あの食卓も、すべてが嫌いだった。
だけど、あの匂いがなかったら、今の私はここにいなかった。
逃げ出した先で壊れかけて、もう一度戻ってきて、やっと知った。
「におい」は、変わるのではなく、私の感じ方が変わるのだということを。
書き上げた原稿用紙の上に、私はそっと手を置いた。
窓を開けると、夕方の風が少しだけ揺れて、どこからか遠くに、カレーの匂いがした気がした。