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3.温泉と幻覚②

羽の生え際はかゆいという事実。

オセの登場とみんなの様子が一斉におかしくなった件




 朝食終了。

「建水さん、お茶のおかわりと梅干しもう一個もらえるかのー」

「では、私は制服に着替えてくる」

「おう、とっととしろ」

 クロセルは首を伸ばして、カイムが階段を上って見えなくなるのを見送ってから、彼が置いていった日本刀を手にとった。そして、黒白鳥の羽が生えた背中に、着物の襟から柄ごと突っ込んで掻き始めた。

「あー気持ちー。やっぱりこれが一番だわー」

「カイムに怒られるよ」

「羽の生え際ってかゆくなりやすいんですよね」

「その羽、なんとかならないの。お前がカウンターに座ってると、後ろのテーブル席にぶつかってるんだけど」

「まーこの羽、引っ込めろって言われたら、引っ込められるんですけどねー。ツノ引っ込めてるのとは、わけが違うんですよ。羽を消してる状態でいると、すんごく居心地悪いっていうか、落ち着かないんですよねー」

「どれくらい落ち着かないんだよ」

「そりゃーもう、耐えられないほど落ち着かないです。現代人でもわかる例えで言えば、パンツ履いてないくらい落ち着かないです」

「我慢しろ」


 午前十時、開店。

 ほうきを持ったカイムはカウンターに手をつくと、すました様子で席に座りっぱなしの和服の悪魔に向かって低い声を出した。

「おい、クロセル、あんまり羽を出したりしまったりするな。さっきせっかく私が掃除したのに、もうお前の羽が床に散らばってるじゃないか」

 店員姿の同僚の脅しに動じることなく、黒羽の悪魔は自分のティーカップに砂糖を二杯入れた。

「万が一、店が混んだ時だけ、サッと引っ込められるように練習をしてるんですよ」

「もう、ずっと引っ込めとけ。金輪際永久に出すな」

「えー」

 クロセルは目を閉じて紅茶を味わった。

「お前が、開店から閉店までそこに座ってバサバサやってるのを見てると、私が髪を焦げ茶に変えてこの店に溶け込もうとしてる努力が虚しくなるんだが」

「わたしは羽のことを聞かれたら『そういうバンドマンです』って答えるようにしてます。そしたらもう常連の誰も、わたしの方を見もしなくなりました」

「…それ、納得させたわけじゃないだろう。関わっちゃいけないと判断されただけだろう」

「あなたも諦めて銀髪で接客したらどうです? 髪の色をいじったところであなた、どうせ人間の少年としてはちょいちょいおかしいですよ。目の色もそうだし、犬歯もそうだし、耳にピアスをつけすぎだし…そして、この際だから言わせてもらいますけど、例えそれらを全てクリアしたところで、少年と言い張るには、あなたはちょっといかがわしさが滲み出すぎてる」

「そうか? 自分としては人間の学生とあんまり変わらんと思うのだが。今さら銀髪に戻すと事情を考えなきゃいけなくなるしなあ……」

「まあ、あなたは髪の色を変えてても、どうせ大した違和感は感じてないんでしょう。私なんて……」

 しばらく考えた後、クロセルはため息をついた。

「だめだ……例え人前で素っ裸になっても、堂々としていられる、あなたに通じる例えが思い浮かばない」

「クロセル……私をあんまり露出したがり屋みたいに言わないでほしい」

 小さい悪魔は、少し胸を反らしてまっすぐ相手を見た。

「私は、ここへ来てからは郷に従って、ずっとちゃんとパンツを履いているからな」

「え? 今まで履いてなかったんですか? 人間の下着が今の形に落ち着いて、一体何年経ってると思ってるんですか…」

 建水は、二人の会話を聞きつつため息をついて、お湯の入ったやかんをコンロに戻した。

 ガラス製の小さいポットにお湯を注いで温めている間に、ターコイズの帯にグリフィンが描かれた乳白色のティーカップに回転式茶こしをつけて、小皿に輪切りのレモンを用意。ポットが温まったらお湯を捨てて茶葉を入れ、またお湯を注ぐ。それら一式とひっくり返した砂時計を銀のお盆にのせた。

「カイム〜。ニルギリの注文、準備できたから運んで」

 お盆に乗せた砂時計から手を離す寸前、手元に落ちた影に気づく。顔を上げると、見知らぬ男。オーナーは思わず声をあげた。

 全身黒の正装。黒髪短髪で一見ふつうの日本人のようだが、つり目でよく見ると瞳孔が縦に長かった。目の色は、右が黄色で左が緑である。

「びっくりした……」

「おれがここに現れた形而上学的原因は、お前であっておれではない。おれはオルロフに属するソロモンの悪魔の一柱、オセ。吾輩は猫科である。名前はあるけど、好きなように呼んでください」

「……次から次へと……」

「にゃ〜」

 男は上等そうなスーツを着たまま、急にその場にカエルのようにしゃがみ、拳で自分の顔をこすった。

 クロセルは席を立ってかがみ、新しく来た同僚の頭を撫でた。

「彼はお聞きの通り、猫科の動物です」

 カイムは受け取ったお盆を片手に乗せると、眉間にしわを寄せて猫科の同僚を見下した。

「飲食店に動物はまずかろう」

「今日は天気もええし、朝めし食わしてやったら、外に出しておけば、ネズミかスズメでも追いかけて、勝手に遊んどるんじゃないかねー」

 いつの間にか調理場に入ったフォルカスは、勝手に平皿を出してご飯をよそい、カツオふりかけをかけていた。そしてそれを同僚に見せて手招きした。

「……ねえ、お前らは一体、俺にとってなんなの」


 数十分後。

「建水さん、建水さん、お手洗い借りていいかい。年取ると近くってのー」

 伝票とお金を受け取ったオーナーは、レジをたたいた。

「ニルギリとハーフパウンドケーキセット、850円です。1000ドルお預かりしたので、480㎥のお返しです」

 おじいさん悪魔が席を立つと同じ頃、クロセルは、指で店内のBGMのリズムを取っていた。

「マスター、ミュージシャンの自分としては、般若心経とレゲエをミュージカルに仕立てて、世界に新しいミュージックウェーブを起こしたいんですけど、地球の寿命に影響ありますかね?」

 カイムはテーブル席を片付けていた手を止めて、顔をしかめた。

「おい、なんかサファリパークみたいな臭いがしないか」

 店を出るお客が閉めたドアの音に、マスターは我に返った。

「なんだ……みんななんか変だぞ……」



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