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5. No demon,no life.(Because,he gives you death.)①

大正時代


 会社経営をしている裕福な家で育った「僕」は、自宅の大火事によって、それまでの日常をすべて奪われ、からくもその唯一の生き残りとなった。

 火事のさなか、「僕」は、燃え盛る自宅の屋根の上に、大量のツグミとともに、異国の銀髪の少年を見る。

 強烈な死の予感とともに、その不思議な少年に魅せられてしまった「僕」。

 入院先で、自分にかけられた呪いの発覚により、彼が悪魔だったと知る。


 数年後。

 銀髪の悪魔のことが頭を離れず、呪いに依存しながら暮らす彼のもとへ、天使レミエルが現れる。

 鳥、鳥、鳥。そして地獄の炎。僕を支配し続けている、とある出来事の記憶です。僕だけに起こった、僕だけの記憶です。真理の開示。そこで僕は、生まれて初めてはっきりと「僕」という仕方で身を置いたのです。

 


 その夜、僕は自分の寝室がある母屋を離れて、土蔵で寝ておりました。高等学校に通うようにまでなって、誰かに怒られたから、閉じ込められていたわけではありません。ちゃんと入り口の重い扉はもちろん、その次の裏白戸と呼ばれる防火扉も開かれたままだから、出入りは自由です。外界との隔たりを演出しているのは、上半分が格子状に組まれた木でできた網戸だけです。

 僕はそこで夜を過ごすのが好きでした。なるべく奥の方にござを敷き、暗闇の中、蝋燭一本でそこに佇んでいると、見慣れた火鉢や桐タンスなどがいつもと違う陰影で浮かび、自分を囲んでいます。網戸から時々流れる冷えた空気で影が揺れるのを眺めていると、それらは命が吹き込まれたようにも、逆に意味を奪われて幽霊になってしまったようにも見えました。

 特に今夜は、両親や使用人たちが話していた噂話を思い出し、それが非日常感を煽っていました。それは、ここ十数年に渡って繰り返し起こっている鳥の呪いの噂です。なんでも、うちの家業の同業者(卵とその加工品を扱う会社です)が、一定間隔を開けて、原因不明の火事に襲われているというのです。しかし新聞はなぜかまともに取り扱わない。今や国内の同業者は、うちともう一社しかなくなってしまった。

「おかげで、市場占有率が上がって、うちの会社は大きくなったが。鳥を製品としてしか扱わないから、鳥の化け物が怒って呪いでもかけてきてるんじゃないか。実際火事の現場で、大量の鳥を見たっていう証言もあるみたいだし。うちもせいぜい気をつけた方がいい」そう言って、大人たちは笑っていました。


 

 しだいに眠くなったので、いつものようにござの上で肌掛けにくるまって横になり、空想から夢の世界に落ちかけたころ、遠くから、甲高い叫び声が聞こえてきました。それは、何台もの壊れた扇風機が一斉に運転しているような音と一緒に、だんだん近づいてきました。僕は、最初、繁殖期を迎えた夜鳥でも騒いでいるんだろうと気にせず、そのままうとうとしていました。そのうち、僕のほおに柔らかいものが触れました。目を開けて確かめると、茶色と黒が混じった小さい羽です。身を起こして、網戸の方を見ると、温かい白い煙が喉を刺激しました。焦げているような匂いもします。気づくと、鳥の鳴き声と羽の音は異常なほど大きくなっていました。それに混じって、火の中で何かが破ぜるような音が聞こえました。

 僕は飛び起きて、網戸を開けました。可動しつづける機械ののような音と熱い空気が僕を襲いました。一面の炎。熱気とふりかかかる火の粉が顔にかかるのを袖で避けながら、僕は自分の家が燃えているのを見ました。そしてそこに、大量の小鳥、おそらくツグミが群がっていました。空の半分を埋める鳥たちは、悲鳴に似た鳴き声を上げながら、夜空に手を伸ばす熱い光に掴まれたように、次々火事の中に飛び込んで行きます。つい数時間前には、僕がそこで夕飯を食べていた場所は、鳥たちの自殺場所に変わっていました。

 僕は、辺りを見渡しました。しかし家にいたはずの人々の顔は見当たりません。鳥たちと共に火の中に閉じ込められた親しい人たちの骸が頭をよぎり、強烈な孤独感が足元から僕を襲いました。僕は、あまりの心細さで何も考えられなくなってしまいました。

 そして、この風景を凌ぐ、さらなる非日常的な体験が僕を待っていました。

 一人の少年に見下ろされていたのです。彼は、まだ火の周りが少ない、屋根の瓦に立っていました。どうやら銀髪で異国人のようです。右手には抜き身の日本刀が白く光っており、さやは左手に握られています。足下の炎と、月光の両方に照らされたその顔は、この世のものとは思えません。とんでもなく醜怪か、とんでもなく美しいかのどちらかでした。これまで僕が土蔵の中で繰り広げたどの夢想よりも、彼は浮世との結びつきが薄いように思われます。それにもかかわらず、圧倒的な説得力でそこに存在していました。風になびく長尺のコートとそこに落ちる火の粉、欠点のない青白い頬に映る火影、距離からいって見えるはずのない、長いまつ毛の一本一本まで見えそうです。彼が鳥たちを操り、この地獄の光景を支配している張本人であることを僕は確信しました。

 僕は棒立ちのまま、彼を見つめ返しました。そんなことをしている場合ではない。逃げなければならないのに。僕はあのツグミたちと同じでした。取り憑かれてしまったのです。取り憑かれたのは、炎でも異国の美少年でもなく、彼が象徴している死そのものでした。肉親たち同様、僕もまもなくこの子に殺されるという確信。抗えない死の予感。 

 そのうち、男の子の頭上を飛んでいた一匹の鳥が、先が細かく裂けている短い棒を落としました。彼は、日本刀を片手で一振りして、それを払い落としました。視線は僕に固定したまま、自分のしている動作には、目も向けようとしませんでした。

 短い棒は、僕の足元に落ちました。見覚えのある人の腕です。指には母の真珠の結婚指輪がはめられていました。僕は無意識に声を上げたような気がしますが、周囲の騒音で消されてしまい自分でもよく分かりません。酸欠になり、酔ったような感覚だけが残りました。

 寒気を感じて見上げると、彼は鞘におさめた刀を両手で持って前方にかざしていました。少年の口が動いているようです。僕は、誰かに押さえつけられたように硬直しました。視線を動かすことができません。膝に土の感触。立っていられなかったのでしょう。騒音の中にいるにもかかわらず、自分の心臓の音ははっきりと聞こえました。この時点で僕の身体からは、涙でも冷や汗でも、流せるものはすべて流れているようでした。


――まもなく僕は、この子に殺される。この世から消える。僕がこうして見て聞いている、この世界が終わる。


 恐怖が頂点に達した瞬間、僕に奇妙なことが起こりました。急に自分が冷静であることに気づいたのです。それと同時におとずれる、ある種の穏やかさ。感情も欲望もすべてが霧散してしまったようです。脳を拘束する極度の緊張によって、すべての言葉はすでに失われていました。僕の内も外も、世界はいつになく鮮明です。なんだかとても懐かしい。人生最上のこの瞬間に、僕はこのまま恐怖の対象にこの身を焼いてもらうべきだという、自然な帰結。一瞬身体が痙攣して、この帰結に抵抗を示す。しかし、それはすぐに奇跡の瞬間の一部として吸収されてしまいました。

 彼は何かを唱えてるようです。呪っているようにも、祈っているようにも見えます。彼の左右違う色をした瞳は、こちらを向いていましたが、遠くを見ているようでもありました。それでも彼と見つめあっている数秒の間、彼の祈りは確かに僕の生と死に向けられていたと確信しました。

 僕のその夜の記憶は、これでおしまいです。次の記憶は病院のベットです。つまり結局、僕は気を失って倒れただけで、死ぬことはできなかったのです。




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