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4.失われた記憶の断片b

 以下の記述は、三千年も記憶を保持できる、悪魔や天使にすら忘れられてしまった、遠い昔の記憶の断片である。現在を生きる我々が、現在の地球をいくら調査しても、これらの記憶について、いかなる遺跡のかけらも見つからない。

 この世界は、神が見る夢である。夢の中では、歴史の集積すら、同一性を保ち続けるとは限らない。神は自身の夢の中で、誰にも気づかれないようにそっと、古代の地層や、遺跡、いにしえの文書を、書き替えてしまうことがある。

 天使や悪魔たちの、自分でも忘れてしまった遠い昔の経験は、我々が現在の地球を調査した結果、信じている歴史とは全く異なるものであるかもしれない。

 サリエルはよく、二人の弟子を連れて川へ釣りにでかけた。釣りの時間は、彼が弟子たちに世界の有り様を語る時間として、ちょうどよかった。

 ある時には、以下のように語った。

「この世界には、言葉を使う者が、三種類いる。天使と悪魔と人間じゃ。このうち人間は、天使や悪魔と大きく違うところがある。まず、天使と悪魔は、一度生まれたら世界の終わりまで彷徨わなければならない。しかし人間は違う、百年足らずで死を迎えるんだ。つまり、世界から消えて神様の元に帰る。そのかわり、人間だけは神様に頼らずとも、自分達だけで繁殖することができるから、彼らの数は今のところ少ないが、これから世界にどんどん増えていくだろう。

 天使と悪魔の違いは、世界に対する向き合い方じゃ。天使はこの世界にとどまり、世界を隅々まできれいにすることを目標とする。一方、悪魔は、世界の外へ出たがり、そのためだったら世界を壊しても構わないと思っている」

 サリエルとベリアルが川縁に座って釣り糸を垂らす中、一人、裸になって小川の中にしゃがみ、尻と足首を流れに沈めた状態で竿を振っていたカイムはつぶやいた。

「……せかいって何……どんぐりとちがうの……」

「世界ってのはなあ……神様の見る夢のことじゃ」

「ぼくはにんげんら」

 サリエルの横で、しがみつくように竿を握っていたベリアルが、独り言のようにつぶやいた。

「……いや……おまえらは二人とも……わしの見たところ……たぶん悪魔じゃな」

 カイムは、くしゃみを一つして岸に上がりながら聞いた。

「……サリエルも悪魔?」

「……わしは……どっちじゃろうなあ……」




 釣りを終えたあと、サリエルは、カイムとベリアルを色褪せた敷物の上に正座させた。そしてそれぞれの前に一本ずつ刀を置いた。鞘も柄もついていない、むき出しの刀身である。

「わしの弟子となったおまえらに、それを授ける。手に取りなさい。あ、尖っている方を握っちゃだめだぞ」

 二人が従ったのを確認して、師匠は続けた。

「そのまま目を閉じ、自分の名前を思い浮かべなさい」

 弟子は言われた通り、数秒間、目を閉じた。

「……はい、もういいじゃろう。手に持っている部分を確認してごらん」

 彼らが目を開けると、柄をつけると隠れてしまう、刀身のなかごと呼ばれる部分に、いつの間にか奇妙な印章が刻まれていた。二人の印章はそれぞれ異なっている。

「これでその刀はおまえらのもんになった。柄と鞘をつければ、もう自分以外の誰も引き抜けないし、離れたところにあっても、歌を唱えれば、たちまち自分の手元に現れるようになった」

「これ、何につかうの?」

「刀だからもちろん、護身用に使えるが、それだけでなく、神様に直接呼びかける時にも使える。天使や悪魔は、歌を唱えて、神様に直接呼びかけることによって、自分の手を動かさずとも、ある程度この世界の現象を自由に操れるんじゃ。

 神に呼びかける歌には、二種類ある。ひふみ歌と、いろは歌じゃ。ひふみ歌は、神が創り給うた世界の永続性を信じて、神に感謝する歌で、いろは歌は反対に、神が見る夢の移ろいやすさを見つめ、その不確かさを呪う歌じゃ。おまえら悪魔にぴったりなのは……まあ、いろは歌じゃなな。

 じゃあ、今から教えるから、わしの真似をして繰り返すんじゃぞ」

「あい」

「ふぁい」

「では、いくぞ。

 い、ろ、は、に、ほ、へ、と……」


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