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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

パルンタ パルティアール ナンバー8

作者: jima

まずここに死神がいる。

彼は狂気に蝕まれている。

この千年ほど誰彼構わず人の魂を喰らっていた。

寿命とは関わりなく、彼に魅入られた者は突然死ぬ。

どんなに理不尽であっても気の触れている死神にクレームをつけられる人間などいない。


今夜も『仕事』に必要な小指ほどの人形を8つポケットに入れ、地上に降り立った。

「ようやく終わりだ。すべてが終わる」


()の死神が持つ人形はこれが最後の8つとなった。

数百万体あった『魂を吸う人形』の残り8つだ。

本来死神の仕事は寿命が来た者の魂をここに封じ、天空に放つことだ。


この千年間、彼は寿命の残る人間の魂をも見境無く喰らっていた。

死神である自分が救われる(すべ)はそれ以外ないと誰かに教えられた。

今となってはそれが誰だったかは不明だ。

死神にとって只の記憶であり、だが宗教のような確固たる信念でもあった。


「長い長い旅だった」


死神の千年の旅路がどういうものだったのかはわからない。わかるはずもない。

「終わり」が何を意味しているのか本人にもわからない。





今夜死神が降り立ったのは7人家族の家であった。

2階にあるこの家の主の書斎に死神が現れた。


彼はある投資会社の経営をしている。

業界でも指折りの悪評が絶えない会社である。

書斎の机から顔をあげた彼は死神の姿に戦慄する。

死神は一見ごく普通の若い男だ。

だが現世の人々から見ればこの青白い顔の男は誰が見ても死神であるとわかる。


だから家の主は恐慌状態となりつつも弁明を始める。

「わ、私は確かに強引な買収をしたり、秘密情報を基に取引をしたりしたが、どれも合法…のはずだ。もちろん多くの人間が私を憎んでいることもわかってはいるが、同じくらい多くの者に富を与えた。違法すれすれであっても違法ではない。死神から罪を問われるような謂れは」

彼自身もその弁明になんの意味もないということはわかっていた。わかっていても弁明を止められなかった。


死神が小指人形のひとつを取り出し、その人形の鼻に針を刺す。


「あっ」

小さな声を出し、辣腕の経営者はあっという間に絶命した。鼻から多量の血を吹きだして。





机にできた血だまりに突っ伏して眠るように死んだ男の魂を吸い込んだ人形を死神がポケットに戻す。

それから2階の寝室へと移動した。


寝室で不穏な空気に眼を醒ましたのは先ほど死体になったばかりの男の妻である。

彼女は3人の男性と不倫をしていた。

「あ、あなたは…。許して。いけないことだとはもちろんわかっていたのよ。でも、主人と私はこの数年話もしていないわ。姑からもいじめられて。死神に殺されるようなことじゃないでしょ。ねえ、何か言ってよ。何か」


死神の眼は真っ黒なガラス玉のようだ。何の感情も浮かばない。

小指の人形を取り出すとその胸に針を刺す。


「な、何をするの。な」

彼女は胸を押さえてそこに倒れた。

もちろんもう動くことはない。




続いて(くだん)の姑の部屋に死神は移動する。

嫁いびりが得意という義理の母親がベッドにいて、死神を見て起き上がった。

「ヒイッ!な、何なの。あんたは。け、警察。やめて。あの嫁がいけないのよ。ツンツンして家事も大してしないくせに大きな顔で『お義母さんは子供の教育に口を出さないで』とか生意気に。ちょっと嫌がらせはしたかもしれないけれど、どこの家でもあるでしょ。近所に悪口を言いふらすとか、風呂の湯を冷たくするとか、洋服に染みをつけるとか。ねえ、悪いことは悪かったけど、私だけが悪いわけじゃ」


相変わらず真っ黒な瞳のまま死神が人形の耳に針を刺した。


「悪いのは嫁のほうよ。そうでしょ。ねえ。あっ」

すでに耳から大量の血が流れている。

彼女は両手でそれに触れ、顔の前で確認した。

「あああ」

その時点ですでに彼女は死んでいたが、それでもあきらめられない表情でその血を眺め、それからベッドに元の姿勢で寝転がった。死んでいる、先ほどから。





死神は寝室で耳から血を流して絶命した女の夫を探して台所へと向かった。

台所では年老いた男が酒を飲んでいる。

彼はとっくにアルコール中毒であり、死神が本物か自分の作り出した幻影なのかさえわからない。

「何だ、お前は。酒がないとまともではいられないと思ったのだが、飲み続けたら悪化したな。これはホンモノなのか?…幻覚でなければついにお迎えか。フン。意外と早かったな。まあいい。糞面白くもないこの世には未練もないさ。会社を譲った息子が最初に解雇したのは俺で、家内は家で嫁に文句ばかり。

孫達もろくでなし揃いだ。なあ、俺が悪いのか。俺が」


死神に話しかける無意味さは男もわかっているはずだが、人はそうせずにはいられないらしい。

死神は人形の口の部分に針を刺す。


「おおおっ」

口から大量の吐血をしてあっという間に男が死んだ。

顔には笑みが浮かんでいる。死にたかったのかどうかを死神が考えることはない。





『ろくでもない孫』の最初の一人は自分の部屋でノートPCに向かっていた。

この家の次男は死神よりもさらに(すす)けた瞳を画面からゆっくりとあげる。

「何だよ。僕がどこに何を書き込んだって僕の勝手だろ。みんなやってることじゃないか。調子に乗ってる奴とか少しくらいヘコませてやった方がいいんだ。だろ。誹謗とか中傷とかじゃない。意見の自由な表明だよ。だいたいネットでみんな叩いてる奴なんだから僕がもう一つや二つコメント加えたって変わんないよ。おい、やめろよ。ネットにあげるぞ。おい」


死神はもちろん何も聞いていない。そもそも興味がない。

人形に無表情で針を刺す。眼に二本の針が突き立てられる。


「うあああっ」

突然くり抜かれるように眼が黒い穴となり血が噴き出た。

次男愛用のPCが真っ赤に染まり、その血だまりに彼が突っ伏して倒れる。

痙攣した指がキーを叩き画面にコメントが表示された。

「@@@@@@@@@;@;@@@@;@;@@@」





隣に死神が移動するとそこには極度に肥満し無精ヒゲで顔を汚した長男がベッドに寝転んでいた。

持っていたスマホから眼を離し、わずかに身体の向きを死神に向けた。

「死神までニートは悪だって思うのかい。悪いのはどう考えたって社会だろう。僕のところに来る前に無能な政治家とかさ、あくどい経営者とかさ。…そうだ、うちの親父とか。だろ」

そう言って彼は寝返りを打って死神に背中を向け、またスマホに眼を落とす。

無視することで死神から逃げようとしたのか、それとも恐怖自体から逃避したかったのか。


死神は特に何の感想も持たない。黙って人形の股間に針を数回刺した。


「ん?なんだ?どういうことだ。ぐわあああっ!」

長男は股間を押さえて悲鳴をあげ、数秒後に絶命した。

数週間着たっきりのパジャマの股の部分が真っ赤に染まっている。





この家に残る最後の一人は中学生の娘だ。

死神が部屋に入ると机に向かって何やら書いていた少女が顔色を変えた。

「許してっ!もういじめはしません。私だけじゃないの。私がやってるのはノートに落書きするとか靴を隠すとか、大したことじゃないわ。ヨーコとかルミとかお金を取ったり、トイレで水をかけたりとか、もっとひどいことしてるわ。ねえ、私なんか全然」


死神の真っ黒の瞳からさらに光が消える。彼は人形の首に針を刺そうとして手元を狂わせた。

娘の首筋から血が噴き出すが致命傷とならなかった。

「ぎゃああああああ」


死神があらためて針を胸に刺す。娘からの出血を浴びたせいで、またも脇の方に場所がずれる。

娘は脇の下からも出血するがまだ死ねない。

「やめてええ!あああああっ!」


面倒になった死神は喉から胸、腹まで全身にグサグサと数十回針を刺した。

身体のあちこちから大量の血を出した娘がようやく絶命するが、しばらくはピクピクと動いていた。

少しだけ手元を狂わせた死神だが、それについても特に感想を持たない。






死神は魂が宿った人形七体をポケットから取り出しムシャムシャと喰らった。

すべてを咀嚼し終わり、死神は人形の最後のひとつを取り出した。

「これが最後だ」

彼は針をどこに刺すのか、初めて少しだけ迷った。


「完全な悪や善などない。漆黒もなければ、純白など勿論ない」

死神は自分が思わず呟いたことの意味を考えようとしたが、一瞬で諦めた。


彼は針を頭に刺すと、その頭部をパチンと引きちぎった。


死神は立ったまま動かなくなり、数分後に頭がポロリと地面に落ちる。

これまで彼の頭があったところから、スッと真っ白な魂が抜けて空に昇っていった。


この世でもっとも純白なものはそれだったかもしれない。













読んでいただきありがとうございました。

結末に悩んでしばらく未完成だった原稿です。

まだ悩んでいます。書き換えるかもしれません。

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