晴耕雨読④
翌日、頭を摘ままれ強制連行。スラ坊も付き合ってな、ということだ。ローグの転送魔法による移動先・・・・・・ここはどこだろうか。魔王城ではないし魔界でもなさそうだが、どこかの山の頂上?人の気配がない。膝を交えて話をしたいのかもしれない(スライムに膝はないが)、というのは大きな勘違い。
「来た、来た。」
来たのは遥か上空から巨大な一匹のドラゴン、ローグの目の前に降り立った。私の知らないドラゴン。新しい族長だろうか。戦うのだろうか、スライムはその為の戦力か。状況が掴めない。無言のまま、どういうことか説明せいとローグを見上げると、当の本人はツーと空に昇っていった。
何やら話をしていたローグとドラゴンだったが、1分も経たないうちにローグは戻ってきて、ドラゴンは去っていった。迅速な展開というよりも、スライムは完全に無視。
「さ、次だ。」
話の内容を訊く間もなく頭を摘ままれ、再び転送魔法。お次の移動先はというと、そこは私も馴染みのある土地だった。転職の館、つまりはギードの所だ。
「こんにちはー!」
野球少年に負けない元気な挨拶で奥へと進むローグ。付いていくスライム。ここに来てやることはひとつしかない。
「来たか・・・準備はできておるが、本当にいいんじゃな?」
「はい、お願いします。」
「うむ、もう何も言うまいて。」
そしてローグが再び転職した、魔王に。
「どうも急なお願いで申し訳ありませんでした。さぁ、スラ坊、次だ。」
邪魔したな、ギード。
到着した場所はおよそ3ヶ月ぶりの林思城。魔王城に戻ってきた。
「お帰りなさいませ。おや、おひとりですか?ティナさん達は?」
「ちょっと着替えを取りに来ただけだから、またすぐに戻らなくちゃ。」
「そうですか、言って頂ければお持ちしましたのに・・・・・・あら、何か雰囲気が変わった様な。」
「え、そうかな・・・多分、毎日野球ばかりしているからかな。」
迎えに出たのは白魔女(ひとりではないだろう。スライムもいるぞ)。鋭いのか鈍いのかは分からんが、白魔女の方に変わった様子はなし。何も知らなきゃ、知らない方が良いかもしれぬ。スライムだけを連れて上に昇るローグ。さて・・・と。
食堂にて。ひょいとローグがスライムを椅子に乗せたが、スライムは机の上に顔を出すことができず、ローグはニヤつきながらテーブルに置いた。
「スラ坊、紅茶でいい?」
「うむ。」
しばしは沈黙の時間。水の音、ガラスの音、陶器の音、湯気の音、ローグの足音。広い食堂に2人きりというのは、いささか音が響きすぎて居心地が悪い。
「スラ坊・・・でいいのかな?」
「うむ、構わん。」
ローグはカップ、スライムはスープ皿。マナーも風情もあったものではないが、スライムということでお許し願いたい。
「あれ、何か薄いな。あんまり美味しくないや。」
「ふふ・・・まぁ、飲めんことはない。ティナのようにはいくまいて。」
「そうだね。」
ローグが切り出す、本題に入る。
「結論から言ってしまえば、人・魔・竜の共存だ。人間界、魔界、竜界の結界を破壊して、種族間の往来を自由にする。」
いい目をするようになったが、果たして未来は見えているか。
「何故、わざわざリスクを冒す?現状維持で良かろうて。人は人、魔族は魔族、竜は竜。何も問題はない、誰も疑問は持たない、世の平和は変わらない。ひとまず竜族は置いておいて、魔王のお前ならば魔族に命令を下すこともできよう。焦ることも急くこともない。人を襲うな、の一言で済むだろうて。」
否定の為の問いではない。真意を探る為の疑念。信じているからこそ、茨の道をわざわざ歩かせたくない。旅をさせるのは構わないが、その旅が命を短くするようなものであっては本末転倒。
「それだと今までと同じだ。また戦争が、間違いなく起こる。」
根本的に人は人間を信じない。性悪説というか、人間族は戦争をする生き物だという結論がローグの礎石となっているように感じられた。
「訊きたいことが2つある。」
うん、とローグが促した。
「結界はどうやて破壊するのだ?全てを消滅させるのはティナに協力を得ても骨が折れるぞ。相当な法力と時間がかかる。」
「魔導装置がいる。結界、障壁の破壊に特化した魔族だからね。問題なし。」
ちっ、知っておったか。にこやかに即答だった。そもそもこれを見込んで魔王軍に招集したのか、下手をすると誰かの入れ知恵の線もある。
「2つ目じゃ。まず間違いなく種族間戦争が起きるぞ。魔族や竜族に総攻撃を仕掛けられたら、力無き人間族など一溜まりもあるまいて。人間同士の戦争とは比べ物にならん。甚大な被害が出るぞ。」
ローグが魔王である限り魔族の活動は制御できようが、竜族は如何なものか。答えを待つ、詰まり無回答を望みながら。
「その交渉をさっき終えた所だ。」
あっさりと打ち砕くローグ。交渉・・・私の知らぬ竜族、新しい族長とのあれだろうか。1分もかからずに別れたはずだ。事前に手を打っていたか。
「相互に人質を取り、取られることで、戦争の抑止力にしようと思う。」
「人質、とな。」
妙な単語が出てきたものだ。
「そう。さっき、その了承を得た所だ。竜族は先程の新しい族長、名をアディリスというのだけれど、彼が魔族の人質になる。魔族からは白魔女が人質に、人間族からは俺が竜族の所へ行く。俺は魔族だけれどいいかなって訊いたら、人間族よりもよっぽど人質の価値があるってさ。」
竜族にどうやって条件を呑ませたのかと思ったが、魔王自ら人質になるか。言葉が出なかった。代わりに口から空気の塊が、目の前の紅茶を微かに波立たせた。
「尤も、人質といっても、相手の国で暮らすだけで、特別な制約とか禁止事項がある訳ではないんだけれどね。」
「白魔女はその事を知っているのか?」
「うん、了承してもらった。1週間程前に。」
伊佐微差にあった白魔女を特に変わらず、と評した己が恥ずかしい。真面目でコツコツ型のローグである、ひとつずつ着実に準備を済ませてきたのだろう、最後の関門を除いて。
「お前が人質になることを、ガイアとティナには話したのか?」
図星だ。ローグの瞳の焦点が数ミリ左下にズレた。困った時、痛い所を突かれた際に現われるローグの癖だった。やはり最後の一山が残っていたか。いや、それ以外に片を付けている現状を素直に褒めるのが真っ当か。お前の帰りを楽しみにしている人間もいるだろうに、力のある勇者はいつになっても、世界を救う勇者はいつの時代も、損な役回りである。戻って、しばらくしたら、機を見て、2人に話すということだった。
その後は、薄い紅茶と美味い菓子を口に運びながら懐かしい記憶を振り返った。
初めの頃、ティナの魔法は暴走気味だった。外から見ていても肝を冷やすくらいに未熟だった。援護射撃はもちろん助かるんだけれど、気を抜くと俺もガイアも丸焦げだったなぁ。
あの2人の酒癖は何とかならんのか、全く。酒場で腕相撲大会を開いたこともあったね。あったな・・・勇者一行が出禁になったら笑い話にもならん。
ガイアはずっとスラ坊を手合わせしたがっていたよ。いつかその日が来ると、ずっと大剣を振っていた。愚か者め、あの姿に変身するには少なくとも百年は必要だ。
知人や世話になった者への挨拶はいいのか、まだ時間はあろうて。直接会うと決意が揺らぎそうで・・・・・・・・・手紙を書いたんだ。説得されちゃうと困るから、手紙を出した。そうか、手紙か。人間族特有の、いい文化だな。文字が、言葉が物として残る文化は、心をもつ生物にとって胸に響く。




