晴耕雨読③
男子に笑顔をプレゼントする手段に、ローグは野球を選んだ。各国からの支援者が派遣される前からZ国で生活を始めたローグ、ガイアとティナ。まず手を付けたことが遊びと楽しさの提供だった。
ティナは子供も含めた女性陣に料理を教えた。包丁も握ったことがない(鉈は器用に扱うが)、食材は数えるくらいしか見たことがない、調味料だって1種、2種。これでは料理も深化しない。創意工夫も難しい。そこでティナは、各国から道具と材料を取り寄せた。なるべく既製品は避け、時間をかけて一から作ることを優先した。また1度作った料理はレシピを残し、以後誰でも確認できるよう記録を残した。Z国内で手に入らない食材は交易によって獲得する。輸入先は明記しておいた。ある程度の献立が溜まったら、お次は栄養素について。バランスの良い食事が大切なのだ―ここまでがティナの仕事。生きる為、生き残るための食から、健康維持の食へレベルアップさせるのだ。
将来も見据えるティナに対して、バカ2人はとにかく遊ぶ。男子を巻き込んでひたすら野球を楽しんでいた。ガイアと子供達はバットも握ったことがなかったから(今振っている物もバットといえる代物ではないが)、不格好な素振りだったし、下投げの球にすら満足に当てることができなかった。首を傾げながらローグを見ると、気持ち良さそうに布のボールを打ち返している。そのまま空まで届くんじゃないかという打球を自分でも打ちたくて、時間も空腹も忘れてバットを振るのだった。
子供の吸収力は凄い。遊びの野球として成立するまでに3日とかからなかった。得手、不得手はある。それでも皆で道具を使って経験した事のない遊びに没頭した際の子供の集中力たるや恐るべし。それをちょっとでも勉学にと嘆く母親の気持ちも分かる。セルフジャッジも含め。子供達だけでゲームを進められるようになれば、自然とローグとガイアの助力を卒業していく。自立していく。大人の役割を担うものが出てくる。そうなれば、後は最後の土産を残すのみ。平和に、3ヶ月の時が流れた。
蛇口をひねって水が噴射した時の歓声は、こちらも胸を打たれるものがあった。握手、抱擁、拍手が起こり、当然のように子供達は噴水の下、水浴びを始めるのだった。まだ泥水だと言っても訊きはしない。綺麗な水、安全な水までもう一歩。もうじきクリスマスだというのに、全くもって気温の下がる気配がない。苛酷な国である。
「なぁ、ローグ。本物のバットとボールを手配できるか?」
「うん、それとグローブだ。」
「ん、何だそりゃ?腕でも守るのか?」
「本物のボールに触ったらきっとみんな驚くぞ。硬いし、まん丸だしね。それとグローブの扱い方もまた一から練習だ。」
「2人共、サンタの格好をしたらみんな喜ぶわよ。」
「ティナ、女の子たちのプレゼントは何がいいかな?」
「実は欲しい物があって―」
お楽しみのところ申し訳ないが、お邪魔させて頂く。
「ローグ、ガイア、ティナ。お主達の最後の仕事だ。」
3人の談話がピタリと止んだ。3人以外に誰もいないはずのテントの中で、3人以外の声がした。ゾッとするだろう、怪談話によくありそうな設定である。無論、辺りを見回したって誰もいやしない。テントの中は3人だけだからな。
「おい、ローグ。変な声を出すんじゃねぇよ。」
「お、俺、何にも言ってないけど・・・・・・」
2人の視線がティナを刺す。
「バカ!私の声な訳ないでしょう!どういう耳してんのよっ。」
そりゃそうだ。男性の声だったし、なんて腑に落ちた表情でスライムの方に顔を向けた。
ぴょこぴょこ跳ねて、三人の輪に加わった。いや、加われてはいないか。三人と一匹の間には明らかな壁があった。
「お前達に残された最後の仕事―」
大事な局面で、意味深な切り出し、こういう時は黙って人の話を訊くもんだ(スライムでは通用しないのか)。
「スラ坊、お前喋れたのか?」
「お前ぇ、意外と爺みてぇな声してやがるな。」
「スラちゃん凄い!喋れるスライムなんて初めて見たわ。」
ぷにぷにしたり、両手で挟んで潰してみたり、今度はびよ~んと伸ばしてみたり。訂正、壁などなかった。ついでに緊張感の欠片も。人が真面目な話をしようとしている時に、意を決して言葉を発した時に、別れを迎えんとしている時に、勝手に一頻り盛り上がるのだった。やれやれ・・・・・・油断するとこちらの心が折れてしまいそうだ。このままでもいいかな、なんて。
「そろそろ・・・よいか。話がしたい。」
人を(スライムだが)おもちゃにする3人を静止、ようやく本題に入った。さすれば黙って耳を傾ける3人。子供達への贈り物について考えている最中に邪魔して悪かったが、こちらも時間が限られていた。スライムの要望は複雑でも何でもない。魔族を、現存するモンスターを全滅させること。別におかしなことを言っている自覚はない。そうだろう、勇者とその仲間ならば当然のこと。その為に戦い続け、相応の力を身につけた。繰り返す、理不尽な依頼、提言をしているわけではない。魔族を倒せ、至極当たり前のことを言っているだけ。レベル1の時の、どこぞの王様といっている内容は同じだ。単に実現性が低いか高かの違いだけだ。
魔族は遺伝子的に他種族を排除するように仕組まれている。魔王に従うことはあっても、勇者に戻ったローグ一行の下につき続けることはない。白魔女たちの記憶は直に消える。記憶が抹消されればお前達も敵の一人でしかなくなり、攻撃対象として認識される。予め伝えておくが、放っておこうと魔界に結界を張ろうと、いずれは人間族の敵となる。手に負えなくなる。魔族や竜族と比べて、人間族はずっと早く年を取る。そして残念なことに、現存する魔族を全滅させてもいずれは復活し、強い魔物も生まれ、やがては魔王なるものが誕生する。それでも時間を稼ぐことはできよう。後継者を育てると良い、これまでの勇者とその仲間達が繰り返してきたように。反対に手を打たなければ、あっという間に逃げ場がなくなる。選択を迫るのではなく、迫られる立場になろう。甘い考えは持たぬことだ。魔族とは、そういう種族だ。
水を差してしまったが、事実だ。クリスマスの後でも構わない。ただし、時間はあまり残されていない。
「1日、時間をくれないか、スラ坊。少しやっておきたいことがあるんだ。」
「1日で足りるのか?」
「うん、十分だ。明日1日、出かけてくる。」
そう宣言したローグに対してガイアがそっぽを向きながら忠告した。
「独りで片を付けるなよ。俺の分も残しておけ。」
ティナはしっかりローグの目を見て
「私の分もね。」
「ありがとう。」
これ以上スライムが話すことはなかった。その後ローグは明日1日、どこで何をするのか話さなかった。無理に効き出そうとしないガイアとティナ。熟、いいパーティーである。ローグの結論に異議なし、か。




