泣斬馬謖➅
爆風に呑まれたガイアの体が上空に跳ね上がった。火力もなければ殺傷能力もないが、白き風は体の自由を奪っていた。全くの無防備。そこへホワイトドラゴンの追撃が入る。超低空飛行で急接近しながら尻尾をぶちかました。ここは見通しの良い離れ小島である。何十メートル、下手をすると三桁吹き飛んだガイアが落下したのは海辺の砂浜だった。障害物がなくて足場の良い場所がダメージを大きく軽減させた―この条件を願い出たのは白魔女だ―岩壁に叩き付けられ、石畳に落下したら致命傷になりかねない。白魔女の慈悲か考えすぎか。
「痛ってぇ・・・・・・」
まるでゾンビみたいに砂の中から這い出てきたガイア。砂浜に埋もれていたのはほんの数秒。呆れた頑丈さである。ダメージがないはずはないのだが、身体に異常はなさそうだ。獣みたいに体を揺すって砂を振り払うと遥か遠くの白い巨塔を目指して歩き始めた。その最中、もしかしたら初めて気が付いたのかもしれない。ホーリーナイトの自動回復という特殊能力。微々たるものだがHPが回復していく、アイテムや魔法を使わずとも。有益、有能な能力なのだが、当の本人にとってはどうでもいいようだが。というか、今のガイアにとっては邪魔者以外の何物でもない。火に油を注ぐだけ。
何やらブツブツ独り言。珍しくローグの野郎に注文つけやがるからやる気満々じゃねぇかなんて、とんでもねぇ勘違いだった。俺がくたばらねぇよう気を遣って・・・こうなることが分かっていて・・・情けねぇなぁ、弱ぇってのは・・・・・・
キレただろうな。配慮した白魔女に対してではなく、そうさせた自身の頼りなさに。悔しかろう。内に留めておくことしかできない怒りの扱いには慣れていなさそうだ。だからと言って心までは切れない。全てがどうでもよくなってしまうくらいに気落ちするような魂ではない。眼光が竜族のようにギラついていた。強さを誇示してきっちりわからせるつもりのようだ。のっしのっし、重そうに一歩一歩、遠くに見えるホワイトドラゴン目指して足を動かした。そんなガイアを白魔女はどんな気持ちで待っていたのか。ちょっと嬉しかったり、したのだろうか。
「待たせたな。」
普段よりも遅い足取りでホワイトドラゴンの眼前に到着したガイア。その間、ひたすらに待ち続ける中で白魔女はガイア同様、相手を倒すことだけに集中していただろうか。決着以外に戦いを終わらせる方法を探してはいなかっただろうか。
「礼は言わねぇぞ。」
そう言って構えた大剣にベールはかかっていなかった。傍から見ればどっちもどっちで、もしかしたら白魔女だってプライドを傷つけられたのではと、ガイアが思うはずもないか。こうなっては誰も止められない。ガイアが本気で仕掛ける・・・前にホワイトドラゴンが動いた。百人中百人が納得せざるをえない、勝つ為の一手。
相手に攻撃されず、自分だけが行動できれば負けることはない。敵の攻撃が当たらず、自分の攻撃が当たる状況を作り出せれば必勝。この手だけが届く環境を作るのだ。ホワイトドラゴンが羽ばたき、天高く飛翔した。正解だ。これまで数多の竜族がこの単純な一手を踏まなかったことの方が不思議でならない。天こそがドラゴンの主戦場であり、他種族不可侵の場。ブレスが十分に届くかは微妙な所だが、反撃を貰うことはない。魔導士相手ならまだしも、ガイアは空を飛べない。翼をもたない。手を伸ばせど届かない。届かなければ、諦めるしかない。
地を見下ろす竜と天を見上げる人。この一幕に伝説、神秘、神話性さえ読み取れるが驚くなかれ、これ・・・人間の単なるわがままなのだ。竜を見上げながら大剣を構えるガイアは見慣れた上段ではなく、剣を水平に持つ。下から切り上げるイメージだろうが、如何せん距離は遥か遠く。そんな足掻きを見せる人を天から見下ろす白き竜。最後のホワイトブレス。回避を許さぬよう、ガイアを中心に広範囲を白く染め抜いていく。それでもガイアは動かない。反撃の素振りもない。そこで戦いに終止符を打つべく、無抵抗の人間を仕留めるべくる竜が動いた。空から天へ向けて咆哮を上げる。尾でも声でもいいのだろう、白き衣をまとった大地が、火山でも噴火したかのように爆風を巻き上げた。
構えたままの格好でガイアが打ち上げられた。右腕を振り上げて待ち構えるドラゴン。思い描いた通りの線路を手負いの獲物が流れてくる。そこへ一押しすれば終了である。だがしかし、竜の右腕が振り抜かれる前に、ガイアの大剣が空を断った。水平に一閃。風の呪縛を強引に引き裂いたガイアは次の瞬間、竜の背後を取っていた。そこではもういつも通りの上段の構え。大きく振りかぶって大剣を叩き付けた、刃ではなく平で。ホワイトドラゴンは地上へ急降下。その大きな翼を羽ばたかせることなく、轟音と砂埃を巻き上げて墜落した。
ガイアも着地する。そこに竜の姿はなし。ホワイトドラゴンは白魔女の姿に戻っていた。仰向けで横になっているが、大きすぎるフードがやはり顔を隠していた。布をめくるなんて無粋なことはしない。人としての常識には欠けるとしても、男として格好良ければ見所はある。逆さの輩が多い世となった。
白魔女を抱えて歩き出すガイア。どこへ向かえばいいかなんて分からないだろうし、何よりここは無人島。残念ながら、どこまで行っても林思城には辿り着かない。それがどうした、と。迎えがくることを確信しているかのような、自身に満ちた足取り。胸を張り、意識して姿勢を正しているかのような、威風堂々のウィニング・ウォークだった。
ローグとティナはすぐに迎えに来た。転送魔法でガイアの20メートルほど先に到着し、駆け足。2人が怪我の具合いを訊く前に、
「コイツを治してやってくれ。軽いぞ。」
白魔女を受け取ったローグ。ガイア助言通り、重量感をほとんど感じることなく抱えることができた。
「ほんとにもぅ・・・とにかく城へ戻りましょう。」
ティナが呆れ顔で転送魔法の詠唱を始めようとした時、ガシャンと音を立てて地面にガイアが膝を付いた。◯せ我慢もここまで。世にも珍しい出来事に声も出せず、2人共息を呑む。
「チッ・・・大丈夫だ、何でも無ぇ。城についたら俺をギードの所に転送しろ。鎧の色が気に入らん。」
言っても訊かないのは知っている。そしてその扱いも承知している。
「分かったわ。」
すんなりと承諾したティナ。
「ギードの所に行くのね。でもその前に・・・お休みなさい。」
有無を言わさず、睡眠魔法で眠らせてしまった。




