異端邪説①
【仲間モンスターとして勇者に同行するスライムと、異端邪説】
『始まりの詩』という曲らしい。ティナが夕食を作る際によく鼻歌で奏でていた。ローグが第百三十七代の魔王となって1週間。3人と1匹の拠点は魔王城。幸い、屋上以外は綺麗なまま残っていた。不慣れな自給自足に幾らか苦戦しながらも、一時の平和を満喫することができた。外を歩いていたってモンスターに襲われることもない。そりゃそうだろう、魔王やその側近がモンスターとエンカウントなんて話はきたことがない。何の気兼ねもなく城の周辺を散歩、探索できた(ガイアは退屈そうだが)・・・なんてことはどうでもいい。こういうシチュエーションだと、紅一点は九分九厘料理ができない。苦手とか不得手のレベルならば上達も期待できようが、壊滅的に才がないとか、味覚が地球七周半ぶっ飛んでいるとか、武器以外の道具が一ミリも使いこなせないとかetc...それがティナには当てはまらなかった。見事な腕前。どこで覚えたのかと訊いても濁されてしまうのだが、あのガイアですら皮肉が出てこず、黙々とムスッとつまらなさそうに食べていた。
「明日の10時から始めようかと思うんだ。」
本日フルコースはどこの料理だろうか。毎晩、毎晩見たことのない料理が並べられ、その全てが美味い。食べ方やテーブルマナーについては一切口を出さないティナだったが食事は必ず3人(プラス1匹)。1人でも欠けていれば、全員が揃うまでお預け。1度ガイアが外から帰って来ず、料理が並べられてから45分間、マテを喰らったことがあった。冷めていく料理。誰も一言も喋らない。喋れない。生き地獄だった。時間経過の遅いこと遅いこと。挙句、帰ってきたガイアの、先に喰ってりゃいいじゃねぇかの一言に、食後もティナは一言も喋らなかった。それ以降、誰ひとり1秒たりとも食事の時間に遅れることはなくなった。それ所か食事の30分前には食堂に入り、配膳の手伝いまでするようになった。
「さっさと終わらせちまおうぜ。体が鈍っちまう。」
毎日城の外で剣を振り回している奴の体が、そう簡単に弱体化するとは思えないが。
「ティナ、お願いしていた件なんだけれど・・・」
「準備できているわ。いつでもOKよ。」
「ありがとう。」そしたら、明日の10時から始めよう。」
食後のお茶まですこぶる美味い。何茶なのかも分からないが、果たしてお茶なのかも怪しいが、ふぅと心が落ち着くのだった。魔王就任から1週間。何が始まるかというと、世界の皆様へのご挨拶。史上最低、最悪の自己紹介。
予定時刻通り、魔王の挨拶が始まった。ただし御親切に顔を晒すようなことはしない。3人共、黒いマントと骸の仮面で正体を隠していた。知っている者からすると髪の長さや体格で、どれが誰だか簡単に見分けることができるのだけれども。
「ごきげんよう、人間族の諸君。私が第百三十七代目魔王、名をヴァグナードという。私と直接まみえるものはほとんどいないとは思うのだが、君達の世界の支配者ということになる。名前くらいは明かしておこうと思い、本日は君達の貴重な時間を頂くことにした。」
魔王ヴァグナードことローグの姿は、世界中の天空へ一斉に映し出された。あの嫌な空の色と共に。支配を宣言するローグと、そのかなり後方で待機するガイアとティナ。こちらの側近2人の挨拶はなしのようだ。
「単刀直入に用件だけ申し上げよう。私は歴代の魔王のように甘くはない。魔族に逆らうな。簡単なことだろう、ただ黙って我々に従えばいいだけだ。」
最初は緊張気味かと思われたが、徐々にエンジンがかかってくる。なかなかのはまり役だ。
「親切心で忠告しておくが、現魔王軍は歴代でも指折りの強さを誇っている。名ばかりの勇者では束になっても玉座まで辿り着くことはできない。そして反逆者と裏切り者は殺す。今日はひとつ、デモンストレーションを用意した。こちらをご覧頂こう。」
すると焦点が後方のガイアとティナに移った。そこには十字架に張り付けられたモンスター3体と人間3人―ためらいなくガイアが火をつけた。時短すべく油でも巻いておいたのか、あっという間に魔族も人間も、十字架ごと炎に呑みこまれてしまった。その直後、ティナが軽く左手首を動かすと爆発が起こり、後には粉々の残骸だけが散らばっていた。
「ご覧頂けたかな。」
再びヴァグナードが映し出された。
「刃向かった者、裏切った物はこうなるのだ。それと・・・配下には君達の住まいも襲わせる。町だろうと城だろうと村だろうと関係ない。ただし一気に全てを滅ぼしてはこちらもつまらない。ひとつずつじっくりと襲わせることにしよう。せいぜい頑張って抵抗してくれたまえ。」
こうして顔見せ(素顔は隠しているが)を終えた3人。空の下で天を仰いでいた人間族にとってはただただ恐怖でしかなかった。また、戦闘能力とその意思を相応の実力を保持する者達は、自身の足を早めることだろう。モンスターも人間も、全てがティナの人形。だから煮ても焼いても、痛いとも熱いとも反応はない。それでは不自然ということで、爆発で粉砕してごまかすことにした。
「ティナ、お前ぇ・・・も少し加減できなかったのかよ。俺の仮面、半分黒コゲだぞ。」
「ゴメン、ゴメン・・・ちょっとやり過ぎちゃった。失敗、失敗。」
ペロッっと舌を出すティナ。素直に謝るということは、本人も自覚はあったということか。
「俺じゃなきゃ遥か後方まで吹き飛んでたぞ・・・ったく。」
やれやれと困り顔のガイア。ニコニコ顔のティナとは対照的だった。
現在時刻は15時すぎ。ローグは人間界への挨拶の後、食堂に15時集合ということだけ言い残して、城を出て行ってしまった。30分程前に食堂を訪れたガイアとティナは、紅茶とカステラで優雅なひと時を過ごしながらローグを待った。
やがてトントンと扉が叩かれ、ローグが顔だけ出した。
「お待たせっ。準備ができたから、1階の闘技場に来てほしいんだ。」
そう言って、パタンと扉は閉じられた。
「ったく、慌ただしい魔王様だ・・・」
「ふふ・・・コワーイ魔王様よりよっぽどいいわ。さ、行きましょう、片付けは戻ってからでいいわ。」
スライムもついていく。どうして闘技場なのだろうか。ローグはモンスターの派遣先を調整すると言って出掛けたはずだ。2人を闘技場に招く理由は見当たらない。一体、何を始めるのやら。




