百年河清⑨
「俺が剣で―」
「いや待て、俺の大剣で―」
「数が多いから私の魔法で―」
どうしてすんなり、素直に反撃へ移行できないのか。この状況かで揉め始めてどうするのか。チームワークが良いとは言い難いが、バランスはとれている気がしなくもない。結果、一緒にいて疲れないのだろう。さて、敵に包囲された状況で仕返しの権利を固持して譲らぬ3人。中ボスのことなど気にも留めていなかった。そりゃ骸骨だから表情の変化はなかったが、おそらくは呆気にとられ、無視されていることに腹腸は煮えくり返り、周囲に無警戒で隙だらけの敵に再び狙いを定めた。追撃の機会を逃すことはない。案の定、第2波が襲ってきた。
初弾と同じ攻撃。けれども奇襲に対して瞬時に360度の防御壁を作って事無きを得た3人にとって、120度ちょっとの壁と反撃を放つことは難しいことではなかった。3人が背中を合わせ(その中心にはスライム)、各人の飛び道具で骸骨共を撃破した。そう、ごくあっさりと倒してしまった。時間にして物の3分くらいか。魔王城の中ボスも大したことないのでは、という錯覚に戸惑ってしまう。決してそんなことはない。比較対象が適切でないだけ。一体どっちが化物なのか。魔王すらもという期待を抱かせる。敵モンスターのフォローをするつもりは毛頭ないが、先程の先制攻撃は決してぬるい様子見とかご挨拶ではなかった。終わらせに来ていた。実際、あの奇襲一発で壊滅したパーティーは数知れず。ここまで辿り着いた勇者一行でも、だ。
階段を昇り切ると、そこは屋上だった。誰もいない。行き止まりということは、中ボス戦は終了。いよいよラスボス戦ということになろうが、玉座にて魔王が勇者をお出迎えというわけではないらしい。誰もいない。何もない。相も変わらず奇怪な色を放つ空との距離が僅かに縮まっただけだ。天を仰ぐしかない。それが合図となってか、空から何かが降りてきた。いや、何かなんて回りくどい言い方はやめよう。この期に及んで我々の眼前に姿
を現す者などラスボス以外に考えられない。いよいよ魔王の登場である。第百三十六代魔王、名を『亡空』という。そうか、そういうことだったか。現魔王は竜族だったか。頭の片隅で腑に落ちた音がした。赤紫の鱗と翼をもつ、王道のドラゴン。闇に落ちた竜神。
着陸と同時に生じた突風程度では身も心も動じぬ3人。魔王降臨で屋上がかなり狭くなってしまった。面積の半分近くを魔王が持っていってしまったから。
「愚かな人間共が性懲りもなく、また殺されにきたか。」
こちらは流暢に人間族の言葉を喋ってきた。ローグが応じる。
「前半は賛同するが、後半は同意しかねるな。御託はいい、始めるぞ。」
語気が荒い。明らかに感情が高ぶっている。冷静さまで揮発しなければいいのだが。
神の力と言っても差し支えあるまい。その名に違わぬ能力である―滲んだ血が乾いたような空から雨が降ってきた。強くはない。小雨程度で邪魔にはならないが、ヒットポイントを削る雨である。長期戦は避けたいところだが、ラスボス相手に虫のいい話であることは百も承知。この環境下で強いられる大魔竜との戦い、迷うことなくローグが先手を取った。普段と異なるのは、本気で殺しに行ったこと。亡空の左眼球は剣を突き刺しに行った。ダークドラゴンよりも二回り、三回り大きな竜ではあるが、残念ながら体が大きいことと動きが鈍いこととはイコールではない。ローグの突進に合わせて亡空の左腕が横から飛んできた。けれどもローグも負けてはいない。空中で方向を転換。ローグを払い除けんとするドラゴンの左腕をさらに上空へ軌道修正することで回避した。そこから背中へ剣を突き立てにいく。急降下。遊び、様子見の類は一切ない。巨体ということは、背中が広いということは、死角が拡大していているということだ。
目元、耳元で蚊がさ迷い飛んでいたら、たとえ視界に入ってこなくとも感覚的に位置を把握し、払い除けんとする。この時実は驚くくらい正確に対象の居所を感知していて、反射的に抵抗しているのだ。人間族にできること、備わっていることが竜族に具有されていないとでも思ったか。さらに翼があって尻尾も長ければ、反撃手段も多彩になる。ローグは背中に到達する前に、尻尾できれいに弾かれてしまった。




