掌中之珠3
勇者ローグは優しい。美しいことにその優しさに打算がない。街で子供が泣いていたら迷わず声を掛ける。手を繋いで家まで送っていく。道端で猫が腹を空かせていたらわざわざ餌を買いに行く。3日分くらい。老婆が重そうな荷物を持っていれば代わりに運んでやる。楽しそうに話し相手にもなっていた。決して人を悪く言わない。毒を吐かない。陰口をたたかない。悪態を突かれてもローグが腹を立てた所を見たことがない。そもそもこんな聖人のような人間をバカにするのはガイアくらいのものなのだが。優しすぎて損をしたことも1度や2度ではないだろう。性格あ冒険者向きとは言えまい。よくぞ勇者になれたものよと、まさか人の良さだけでと懐疑の念を抱いていたが、ローグの戦う姿を目の当たりにして腑に落ちた。剣技に優れ、魔法の才もあり、多くの戦闘で先手を取れるだけのスピードを併せ持つ。言うなれば、勇者の理想像。遅かれ早かれ、勇者に推されることが必然だったのだろう。託してみたくなる、自分達の未来を。
そんなローグと対の性格なのが戦士のガイア。感情の赴くままに行動し、思ったことを裸のまんま口に出す。包んだりはしない。相手の感情は二の次。自分の考えを直球で伝えないと気が済まない。そのぶつける相手がローグだからパーティーとして成り立っているのであって、ローグ以外であれば喧嘩別れが関の山。
そんなガイアの戦闘スタイルは、恵まれた体格を活かした力押し。身長は2メートルに迫り、体重は100キロを超える。こだわりなのか素速さが足りないのか、まずは敵の攻撃を盾で受けて、大剣で叩き斬る。暴れることに快感を覚えるのか、実に楽しそうに戦う。敵にいたら気味が悪くて仕方ない。重装備ということもあってスピードは物足りないし、魔法も使えない。しかし、これらを補って余りある物理攻撃力。強固な防御力。近接戦闘のプロフェッショナル。
2人の出会いは酒場にて。ガイアからローグに声を掛けた。おい!俺を連れて行け、と。お前じゃすぐに喰われてしまいだから、俺が面倒見てやると。戸惑うローグの正面に座り、グラスと皿を次々と空けていった。無論お代はローグ持ち。品行方正とは言い難いが、戦闘の腕は申し分なかった。
そして紅一点の魔法使いティア。魔道一族の出身で、生まれながらにして魔導士として生きていくことを運命られていた。その中でもティナは攻撃魔法に特化し、頭ひとつ抜けて優秀な才を持っていた。法力と多様性―攻撃魔法の威力と属性の幅が、一般的な魔法使いとは比較にならなかった。ざっと与ダメージで1.5倍、扱える属性は2倍である、現時点で。火・水・風といった基本属性に加えて、毒や重力などの特殊属性。加えて本来は人間族には習得が困難とされている暗黒魔法まで。2人の前で詠唱したことはないし、今はそもそもマジックポイントが足りないのだが、早くして故郷を出てきた理由はそんな所にありそうだ、というのは鼻元思案か。ちなみに美人である。背丈はローグよりも少し高く、仄かに桃色がかった髪を後ろで束ね、擦れ違った男共はまず振り返る。余談だったか。
一方で杖による攻撃力はゼロに等しい。だから普段の戦いでは手を出さず、口だけ出す。ティナが黙っていても2人時々プラス1匹で、そこら辺のモンスターは十分に対応できた。彼女が魔法を唱えて参戦する際は、強敵との遭遇を意味する。
埒があかないと判断し、キュイー、キュイーと鳴きながら先を走ってやることにした。さして複雑な洞窟ではない。頭を悩ませるギミックもない。はてさて、これまでどうやって進んできたのやら、この先も不安しかない。魔族よりもよっぽど大きな障害になりそうだ。