百年河清3
探している人物はあっさりと見つかった。ひとつ扉を開けた先が大部屋となっていて、その奥にひとりの老人が立っていた。その風貌は子供の思い描く仙人か神様。薄手の白い布切れ一枚という質素な恰好に、右手には棍棒と見紛うくらいの木製の杖を握っていた。加えておそらくは背中からだろう、大きな白い羽が生えていて、ダメ押しとばかりに30センチばかり宙に浮いている。ひとまず人間ではなさそうだ。
老人の立つ祭壇までは十数メートルの距離があって、ローグを先頭にゆっくり歩いていく。その間、モンスターとの戦闘とは一味違った緊張が走っていた。自分達の力の解放を楽しみにしている反面、己の能力、才覚、可能性に恐怖も感じているはずだ。お主の力はここまでだ、人外の者に、そう宣告されるやもしれない。
あちらも侵入者に気付いていようが、直立不動を崩さない。正体不明の輩に迫られ、あろうことかモンスターを連れているにも関わらず(スライムだが)、姿勢を崩さない。落ち着いたものである。魔界の住人にとってこんなことは日常茶飯事なのだろうか。
寝息が訊こえた。立ったままというか、ぶっ飛んだ状態で眠る老人。杖を片手に浮いたまま、すやすやと夢の中である。
「ど~しよ~、ローグ。起こしちゃっていいのかな?」
「俺がそっと起こしてみるよ。」
ローグが耳元でおはようございますと囁いた。1回目は反応なし。2回目は少しだけ大きな声でごめんください、おはようございますと呟いたものの、すぅすぅと寝息が止むことはなかった。ティナと顔を見合わせ、やれやれと三度起こしにかかる所をガイアが止めた。もちろんもう少し寝かせておいてやろうなんて優しさは皆無。左手をぽんとローグの肩に乗せ、右手の親指で自分を指していた。ガイアが優しく人を起こせるとは思えないという苦笑いがローグの顔にも出ていたが、ひとまず横に捌けるローグ。すると2、3歩前に踏み出すはずのガイアが5歩、6歩と後退した。にんまり笑い、目を閉じ、大きく息を吸う。やばい、とローグとティナが耳を塞ぐのとほぼ同時だった(残念がらスライムに抵抗する手段はない)。
「おはよーーーございます!!!」
言葉は間違っていないが、音量が大間違い。寄り目になって焦点が合わなくなり、意識が飛びそうになった。神殿中に響き渡ったモーニングコール。効果は覿面。老人の目がパチッと開き、30センチ程宙に浮いていた体もストンと地面に落ちた。
「な、なんじゃ?爆発か?」
まずは心臓が止まらなくてよかった。そしてその爆発の張本人はというと、後は任せたとそっぽを向いてしまい、全ての説明はローグに任された。
「お休みの所を起こしてしまい、申し訳ありません。」
ローグが詫びながら老人に近付く。一方で仙人のような老人は、ん、あぁ・・・・・・なんて長く伸びたあご髭を整えながら現実世界との適応を図っていた。寝覚めの悪さは同情するが、早いとこ仕事に取り掛かってもらいたくもある。
「力の解放をお願いしたくて伺ったのですが、お願いできますでしょうか。」
「うん、よいよ。」
あっさり答えた老人の体が再び宙に浮いた。神経質になるのはこちら側だけで、向こうは雑務処理でもする気持ちなのだろうか。
「解放は独りずつじゃ。誰から―」
お眼鏡に叶ったのはもちろんティナだ。
「そなた美人さんじゃの~。名は何と?」
「ティナ。ティナ・ティンバレンです。」
「ティンバレン・・・か。良い名じゃ。出身はロアンヌか、魔導士の里じゃったな。ほれ・・・他の者は扉の外で待っておれ。今からは2人だけの世界じゃ。」
様々な感情が入り混じり、ガイアが大声で起こした申し訳なさは疾うに冷めてしまった。
5分経っても10分待っても大部屋から出てこないティナ。次第にローグとガイアがそわそわし始めた。ガイアの方にはイライラも加わる。
「あのエロジジィ、何してやがる。おい、本当に信用しても平気なんだろうな。」
「さ、さぁ・・・何かあればティナが黙っていないはずだけれど、確かに遅いね。もっとこう、あっさり済むものだと思っていたんだけれど・・・」
「大体、俺達が外で待ってる必要があるのか?無駄にだだっ広い部屋なんだ、全員まとめて―」
ガチャリと扉が開いた。




