掌中之珠15
ローグ、ガイア、ティナに課された王命は、国を堕とすこと。ザルバック王国が使役するモンスターの手助けをすること。その暁には好きなだけ褒美を取らせるという。希望とあらば、ザルバック王国直属の勇者として雇ってもよいという。
馬車まで我々を案内し、馬引に行き先を告げると、ギルガノフは城内へ戻っていった。ちなみに馬車を運転するのは人間だが、馬は馬でなくてモンスター。だから砂漠でも足を取られることなく、快適で迅速な馬車旅となった(ティナは暑いと13回呟いたが)。そんな中、馬引との会話で判明した事がひとつ。現在のザルバック王国は兵士、兵隊の類がほとんど戦争に参加していない。人間を使わない。必ず犠牲者が出るから。戦うのは飼育したモンスター。時間は要したが、ついに人の手を借りない術を完成させた。人を運ぶのも、血を流すのも、人を殺すのもモンスター。
ローグは口を開かなかった。砂漠を進む橇が砂を裂く音だけが雨音みたいに絶え間なく続く。じっと目を閉じて腕を組んだまま動かなかった。こっくりこっくりしているわけではないので起きているようだが、どこか話を拒んでいるように見えた。
ガイアも何も訊かなかった。戦場には小一時間で着くという。ザルバックが占領を図るのがクライン王国。ほんの数年前までザルバックの隣国として国交を持ち、貿易を行い、人々の往来もあった。平和な時に平和の危機を察知できたなら、それはあなたがその国の深い所まで知っている証だ。ある日突然、ザルバック王国が宣戦を布告。クラインからすれば寝耳に水だったろうが、ザルバックからすれば駒が揃ったということだったはずだ。
ティナもずっと黙っていた。戦争に参加しろということだ。兵隊になれということだ。それが嫌だから村を出たのに、これではおんなじだ。
どうしてこんなに晴天なのか。白い雲もちらほら見えるが、天空に対してあまりに面積が小さかった。あれでは太陽は隠せまい。
ザルバック軍の野営地に到着すると開口一番、ローグが大声を上げた。うるさい青空の下ではやはり耳に障った。
「ザルバック王からの王命である。兵士、医療班を問わず、人間族は至急ザルバック城に帰還せよ。クラインとの戦はモンスターと我々に任せよとのことである。繰り返す―」
ザルバック王国は戦争に人を使わない。戦地に赴いている人間はおらず、野営地に飼育係が2名、医者が1名待機しているだけだった。あとは全てモンスター。今し方、クラインへの最後通告が拒否されたことを受けて進軍を開始するという。
「好都合。モンスター全てを出動させて下さい。その戦闘に我々が立ちます。貴公らはその馬車にて即刻ザルバック城へお戻り下さい、戦争終結の報告と共に。」
残念なことに、こんなに自信に満ちたローグを見たのは初めてだった。
馬車が出立するのを見届けると、ローグは進軍するモンスター軍の脇を駆けていった。いつも通りの美しいフォームで無駄がない。そして未だ何も話さず、だんまりを貫いたまま。クライン城まではまだ距離がある。モンスター共は歩いて進軍しており、この調子であれば衝突前に先頭へ出ることになりそうだ。
この世界において、勇者とその仲間を結ぶ絆はたったひとつの契約である。酒場で大男に絡まれたとか、その大男が女に呑み比べで負けたとか(これは内緒だったか)、そんなことはあくまで話の種でしかない。座右の銘をひとつだけ用意しておくか2つ準備するかと同じ。カジュアル用とフォーマル用。契約の破棄は解散と同義である。その契約とは勇者の命は絶対。拒んだその瞬間から、仲間でなければ戦友でもない。喉元に刀を突きつけられても文句は言えないのだ。
ガイア、ティナ、スライムの順で先を走るローグを追うものの、この中にすばしっこさで奴に敵うものはいない。私の目からはその背中すら確認できない。バカ勇者はあっという間にモンスター軍の先頭に追い付き、敵陣へ向けて速度を緩めることなく突き放した。絡繰りは分からないが、ローグとガイアは砂地でも足を取られることがない。特別な訓練でも受けているのだろうか。バカだと砂地が柔らかいことすらも気が付かないのだろうか。ローグは誰よりも早く単騎、クライン城の目前に辿り着いてしまった。
「クライン城に告ぐ!!これよりザルバック軍のモンスターを相当する。クライン軍は兵を引かれたし!手出し無用、全て我々が引き受けるっ。繰り返す―」
その宣言はローグを追ってまだ走っているガイアとティナの耳にもしかと届いた。2人共に、肩の力がすぅっと抜けたようだった。待ち侘びた声、か。これより我等、反旗を翻す。




